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第54話 相対的


 ヘブラ山までは馬車で一日も掛からない。

 世界各地を回ったレイチェルだが、ヘブラ山には登った事はなかった。特に素材となるようなものも無いし、神獣が居るわけでもなく、言ってみれば何の用事もなかったのだ。


 山のどの辺りにいるかまでは書かれてなかった。

 小さな山なので、とりあえず入れば見つかるだろうと思って登り始めると、なんと山の中腹あたりに家が建っていた。


 魔力強化された立派な家である。

 もしやこれは、例の不思議な魔石で造った家なのだろうか。それとも、魔石に詳しい知り合いとやらの家なのか。


 少なくとも海斗が自分の足で踏み入れたのだから危険は無いのだろう。

 そのまま入り口に向かい、扉の前に立つ。


 不思議な材質だ。

 気配も完全に遮断されており、中に人が居るのかどうか全く分からない。

 家の形も見たことがないものである。


 とりあえずノックしてみる。

 出て来たのはルマリアの町人(まちびと)だった。


「えっと。ここに海斗が居ると聞いたんだが……」


 その町人(まちびと)は少し怪訝な顔をした。

 それもそうか。海斗はまさか知り合いが訪ねてくるなんて話しをしてないだろう。突然、知らない人物が会いに来たら警戒するのは当然だ。


 さて何と説明すれば良いか。


「レイチェルさん!」


 と悩んでいたら奥から海斗が顔を出した。

 お陰で怪しまれる事なく、家の中へと招き入れられた。


 変わった家だった。

 色々な町で色々な宿に泊まり、変わった部屋も沢山見て来たが、こんな雰囲気は初めてだ。


 一見すると貧しい人々が暮らす村に建てられた家のようだ。

 なのに全くの別物だ。

 村の家と違って隅々まで意図して精巧に造られており、それぞれにこだわりが感じられる。一言で言うと、美しい。


 これは白金貨を積んででも買いたいという貴族が沢山いる事だろう。

 それ程の部屋であった。


「オレが住んでいた世界と同じような部屋なんですよ」


 海斗が教えてくれた。

 なるほど。

 これは異世界の美しさか。海斗が住んでいた世界は、非常に美術的なセンスがあると思われる。


 この大輔という町人(まちびと)も同じく異世界人との事だ。

 だから、こんな家を作ったのか。


「ふむ、で、元の世界に戻る方法が断たれてしまったと?」

「そうなんですよ。でも他に方法があるかも知れないので、大輔さんが調べてくれています」


 メタルラビットは確かに絶滅したと聞く。

 少なくともレイチェルは一度も遭遇していない。ドロップが有効すぎてここぞとばかりに狩られてしまい絶滅したと言われている。


「うっ……この異世界の茶は、変わった味だな」

「ははは。確かにこの世界のものと随分違いますよね。オレは両方の味に慣れてるんで」

「茶菓子は上手い!」


 この大輔という人物は、何者だ?

 海斗と同じ異世界人というのは分かるが、家といい、この食べ物といい、こんな場所で埋もれさせて置くのは非常に勿体ない。是非とも異世界の文化を広めてもらいたいものだ。


「で、大輔は何処へ行った?」

「書庫です。オレが帰るための方法をずっと調べてくれていて……。もう一カ月以上になるかな。なんか色々申し訳ない思いです」


 メタルラビットのドロップからスキルを作る方法がダメとなって、他に手段が無いか調べているのか。


          ◆


 さらに一カ月が過ぎた。

 まだ海斗の帰還目途は立っていない。


 レイチェルは、その間に色々と海斗から近況の報告を受けた。禁呪のこと、レジスタンスのこと、守護神のこと、ギャロットのこと、海斗の知り合いが破壊神になってしまったこと。


 そしてジェイコブのこと。


「そうか。奴は死んでしまったのか」

「はい。でも雫で復活させようと……あっ!!!」


 海斗が声を上げる。

「どうした?」

「確か死んでから2カ月以上経つと復活できないんじゃ?」


 やってしまった、みたいな顔をしている。

 それほど、あの爺さんを復活させたかったのだろうか。


「気にするな。雫を使うほど大事な人間でもないだろう」


 まぁレイチェルとしても、残念は残念だ。

 あの特殊な魔石を造りだす力はもう少し見てみたいかもしれない。だが大輔が居る。彼が居ればジェイコブは不要だ。道徳的にも、あの爺さんは存在しない方が良いだろう。


「おーい! 見つけたぞ!! 帰還方法を」


 書斎から大声で大輔がやって来る。

 途端に海斗の顔色が変わる。


 ついに来たか。この時が。

 レイチェルとしては海斗が帰ってしまう事が残念で仕方が無いが、さすがに引き止める訳には行かないだろう。


「大輔さん!!」

「喜べ海斗。あったぞ」


 彼が本を広げて説明し始めた。

 が、レイチェルには良く分からない内容だ。


 見ると、海斗の顔にもハテナマークが浮かんでいる。


「えっと、オレが既に持っている『空間切削』で帰れるって事?」

「そうだ。『空間切削』は、それ単体で異世界へ空間を転送するスキルなんだ。『空間跳躍』はあくまで、転送先を指定し易くするだけで」

「……つまり?」

「つまり、『空間切削』で自らを切り取れば良いだけだ」


 やはり、良く分からない。

 海斗からは、モンスター等を空間ごと削り取るスキルだと聞いている。削れば異世界へ戻る?? 良く分からないな。


 だが海斗は少し理解できたらしい。

 大輔に対して色々と質問している。


「今までモンスターも何体か切り取ってしまったんだ。なら、向うの世界では突然モンスターが湧いたりしているのかな」

「大丈夫だ。この本によると、通常は異世界の物質は受け入れられず、転送した瞬間に消滅すると記載されている」

「えええ? なら、オレも消滅してしまうじゃん」

「海斗は元々向うの人間だから問題ないよ」

「あ、そっか」

「というか、こちらの体は消滅して魂だけが元の世界にある体に戻るって感じかな。残る問題は、何処に転送されるか分からないって事だけだな。それも本によると訓練出来ると書いてあるぞ」


 すごいな。この大輔という人物はどうやってこんな本を手に入れたのか。

 数万年前に存在していた書庫を時空魔法で持ってきたらしいが。


 この男の存在は、もはや禁呪以上の物かも知れない。ルマリアに仕えてくれれば兄上は涙を流して喜ぶだろう。


 その日から海斗の特訓が始まった。

 といっても外に出て適当な枯れ葉や雑草などを切り取って異世界に転送するだけの事である。事情を知らない人間がみると、単に変なスキルで掃除をしているだけに見える。


 海斗は僅か数日でマスターした。

 空間を切り取ったあとに転送する先をイメージできるようになったとの事だ。


 これでとうとう、海斗は元の世界に戻ってしまうのか。

 あまり実感が湧かない。

 目の前の人間がフッと居なくなるなんて。


 思えば、ラダマンからの紹介だった。

 変わった剣を手に入れたとの連絡をもらい、会いに行ったのだ。それが海斗との出会いだった。


 あのときも、確かに僅かな期待があった。

 もしかするとこれから楽しい事が起きるかもしれないと。


 だが、まさか異世界まで話しが膨らむなどとは露程も思わなかった。いやはや、本当に楽しませてもらった。いくら礼を言っても足りないくらいだ。


 ここは笑顔で送り出してやろう。

 そう考えていたが、何故か海斗の表情が優れない。


「どうした? 嬉しくないのか?」

「……ユリエスの事が気になって」


 ユリエスというのは海斗が助けたという女の子だったか。

 破壊神になってしまったという。

 このまま残して異世界に戻るのは気が引けるという事か。


「だがどうする事もできまい?」

「はい。でも彼女は言いました。自分を止めてくれと」


 止める。

 その言葉には重みがあった。


 殺してでも止めてくれと言うことだろう。


「わかった。私が何とかしよう」

「あの……もしかしてギャロットよりも強いかもしれません」

「心配するでない。確かに前回はやられてしまったが、次は必ず勝つ!」


 その言葉で海斗の決心も着いたようだ。

 彼は順番に仲間達と別れの挨拶を交わしている。


「アンジー、申し訳ないけどコレをギルドに渡して欲しいんだ」

「これって手紙?」

「そう。前にパーティを組んでたメンバ達宛てのものなんだ。アンジーも知ってるよね。ミカ達だよ」


 一通り挨拶が終わったのか、海斗が歩き出す。

 他人を巻き込まない様に少し距離を置くのか。


「海斗、転移のスキルはちゃんと身に着けたよね?」

「はい、大輔さん。向うに行っても、本当にスキルが使えるんですか?」

「僕も戻って来たと言ったろう? 大丈夫だよ。でも海斗の世界で使えるのは転移のスキルだけだからね。あっちには魔法なんて無いから、手から火を出したりなんで出来ないんだよ」


 そうか。またこの世界に戻ってくる事もできるのか。

 ならまた会う事もあるかもしれない。

 彼が戻って来る気になればの話しだが。


「そっか。もしかして大輔さんは魔法を使いたいから、この世界で生きて行く事にしたの?」

「ははは、違うよ」

「じゃあやっぱり、こっちの方が楽しいから?」

「……うーん、半分はそうかな。まぁ海斗も同じ気持ちになるかも知れないね。帰ってみたらきっと、驚くと思うよ」


 きっと驚く?

 それはどういう事だろうか。

 海斗も気になる顔をしている。


 が、大輔は何に驚くかは内緒だと言っている。教える気はないようだ。

 何にしても海斗と再会できるかどうかは、彼の気分次第だ。


 いよいよ海斗の表情が変わった。

 スキルを使い始めたようだ。発動は一瞬だ。あっと言う間に、彼は目の前から居なくなることだろう。


 皆の息を飲む音が聞こえてくるようだ。


 ……。


 しかし、なかなか海斗が消えない。

 もしかして名残惜しくてスキル発動を躊躇しているとか?


「どうした?」

「……」


 スキルは発動しなかった。


「ダメみたいです」

 海斗が肩を落として言う。


「まだ他にも心配事でもあるのか?」

「いえ、発動しないんです。スキルが。まぁもしかしたら、そうかもと思っていたんですが……」


 もともと空間切削のスキルは対象の強さによって発動しない場合があるらしい。


 彼自身が色々と試した結果の推測との事だが。

 対象の強さというより、自分と対象の相対的な強さが関連しているのでは、というのが海斗が出した結論だ。


 今回は対象が自分自身であるため、相対的な強さはイコールである。

 これで発動しないという事は、対象物よりも強い必要があると言う事だ。

 それはつまり、今後更なる修行をしても変わらないという事を意味する。すなわち、この方法での帰還は無理という事だ。


「ごめん海斗。僕のリサーチ不足だったようだ。また書庫に籠るよ」


 大輔は諦めずに調べてくれると言う。

 海斗の表情は沈んでいた。



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