第53話 スパイ
更に内部へと足を踏み入れると、その答えが見えて来た。
兵士から報告があったとおり、遺跡の中心部に沢山の人間が倒れていた。そして、真ん中に居るのは紛れもなく破壊神だ。
「ジェルヴァ様、あれを」
狩人が指さす先に、ギャロットが倒れていた。報告通り、既に死亡している。速やかに回収し、蘇生させなければならない。
しかし近くには破壊神がいる。
「破壊神ユリエスか……。厄介だな」
「はい。報告どおりだとすると、これ以上接近するのは危険です」
その名のとおり、近寄るものは全て破壊してしまうらしい。
何名かの兵士がギャロットを回収しようとしたが一瞬で殺されたと聞く。
「何とか貴様たちで奴をおびき出す事はできないか?」
別に倒す必要は無いのだ。
とにかく場所さえ移動してもらえれば、ギャロットの体は回収できるし遺跡の内部も入る事ができるだろう。
「やってみましょう」
「十分に気を付けてな」
これ以上、狩人を失う訳にはいかない。
駄目なら早々に諦めて別の手立てを考えるのだ。
狩人達が横から回り込み、ユリエスへの接近を試みる。彼女は直ぐに反応した。ある程度知能があるのか、まずは威嚇とばかりに稲妻のような軽い攻撃スキルを放ってきた。
当然、戦闘のエリートである狩人達には効かない。
稲妻が降り注ぐ中、少しずつ距離を縮めて行く。
これで、簡単に引くつもりは無いという意志が伝わったのだろう。破壊神は立ち上がると本格的に攻撃を開始してきた。それに対し、狩人達も応戦する。といっても距離をとったままの遠距離攻撃のみだ。
幸いなことに破壊神には強力な遠距離攻撃がないのだろう。
ちくちくとスキルを放ってくる狩人に対し、しびれを切らしたように破壊神が動き出した。
破壊神が一歩詰め寄ると、狩人も一歩下がる。
まるでボルトで固定されたかのように、その距離は一定だ。
キィーーーーン、と空気を切り裂くような音が破壊神から発せられる。と同時に白い霧が彼女の体から吹き出した。もしかして怒っているのだろうか。
やがて背中の羽を使い空中へと飛び上がったかと思うと、一気に狩人達の元へと急降下する。急降下しながら腕を振り下ろすと巨大な何かが地面に穴を穿った。
これが破壊神の鉄槌か。
狩人達は、間一髪避けていた。確かにあんなものを食らえばひとたまりも無いだろう。
「今だ、行けっ!!」
ジェルヴァが叫ぶと同時に側にいた狩人がギャロットの元へ走り、その身を確保する。
「確保したぞ! 引けぇぇっ!!!」
あんな化け物相手にいつまでも付き合っていられない。
何はともあれ、ここはギャロットの救出を優先させるのだ。
囮になった狩人達とも合流し、一旦はこの場所から退却する。禁呪のほうは後で考えるしか無いだろう。今は手立てがないのだ。
まぁギャロットを復活させたところで何とかなるものでも無いかもしれない。
既に破壊神には一度負けているはずだから、もう一度戦えと言っても無駄だろう。とりあえず、現場で何が起こったかを詳しく聞いてから考えるしかないか。
そう思ってギャロットの姿を見た瞬間、彼は爆ぜた。
あまりにも突然の出来事だった。
彼を抱えていた狩人は、モロに爆発に巻き込まれて即死した。
ジェルヴァは別の狩人が咄嗟に張ってくれたバリアで何とか無事だった。
どうしてこう、次々と災難が降りかかってくるのか。
育成に莫大な資金と年月が掛かる狩人は、もう既に残り5人となっていた。
どこで間違えてしまったのか。
最善手を尽くしてもなお、この結果なのか。
ここまでバラバラになってしまうと、さすがにもう復活も出来ない。
ギャロットはもう諦めるしかないだろう。
「残念ね。まとめて退治できるかと思ったのに」
唐突な声に振り向くとそこにはレジスタンスのリーダーであるラーシャが居た。
さも可笑しそうに笑っている。
「やっぱり狩人さんは厄介者ね。でも残り少ないみたいだし、今がチャンスよね」
彼女が手を上げると、どこからともなくレジスタンスのメンバーらしき人間が現れた。
全部で5名か。
「これは、お前の仕業か?」
「ふふふ。どうかしら?」
「ふざけるな! ただで済むと思うなよ」
ジェルヴァは怒鳴りながらも内心は怯えていた。
今までラーシャが面と向かって立ち塞がった事は無いのだ。それは帝国の狩人達の存在が大きかったからだ。彼の知る限り、レジスタンスのメンバーには狩人程の手練れは殆ど居ない。居たとしても数名だ。
だからいつも、真正面からの攻撃はなかった。こうして堂々と姿を現したのは初めての事である。それが故に不気味だ。加えて先ほどの不思議な爆発の事もある。
「まぁあなたとは一度ゆっくり話しをしてみたかったのよね」
「……」
「だって私たち、長い付き合いじゃない?それなのにお互いに顔も知らなかったのよ」
「……」
ラーシャが次々と言葉を発する。
これではまるで、ジェルヴァが捕らえられてレジスタンスの牢にでも入れられてしまったかのようだ。
確かに取り囲まれてはいるものの、人数だけで見るとお互いに変わらない。
こちらに狩人が居る事を考えれば、本来なら簡単に突破できるはずだ。
果たして大丈夫なのか。強引に突破を試みても。
「ウルグスアイルの谷では見事にしてやられたわ。あれは、どういう仕組みだったのかしら?」
3年前の戦いの事か。
何故、今更そんな話しをする?
確かにあの戦いは、帝国にしてみれば快勝だった。見事にこちらの策がはまった形になったのだ。
……!
やはり、これは時間稼ぎだ。
ジェルヴァは狩人に目くばせすると、すぐさま逃走体制に入った。
それを見たラーシャの表情が僅かに歪むのが分かった。
「マーク! やりなさいっ!!」
「し、しかしまだ調整が……」
「いいのよ、仕方が無いわ」
「はっ!」
てっきりレジスタンスのメンバーが向かってくると思いきや、ジェルヴァ達の逃走経路を開いた。
やはり狩人には勝てないメンバーばかりなのか。それとも何かの策略が間に合わなかったのか。
ふと後ろを振り返ると、レジスタンスのメンバーが一カ所に集まった所だった。
身を寄せ合うその姿に僅かな違和感を覚える。
まるで何かから身を守るように。
彼らの周りに結界のようなものが出現した。それは徐々に大きくなり、大きくなるにつれてその速度も急激に増した。まるで爆発のようだ。
「は、離れろ~!! 全力で逃げるのだ!!」
足の速い狩人に担がれてその場を飛ぶように離れるが、それでも間に合わない。
やがてジェルヴァは光に飲み込まれて意識が吹き飛んだ。
◆
レイチェルは久々にルマリア城に足を踏み入れる事となった。
もう何年前か忘れたが、まるで絶縁状を叩き付けるかのように城を飛び出したのだ。二度と此処に戻る事はないだろうと思っていた。
といっても称号はルマリア国で騎士のままである。
意見の相違だとは言え、ただの騎士が国に盾突くなど許されるはずがない。本来なら称号をはく奪される所だろう。だが何故か国はレイチェルの称号を消さなかった。
まぁ予想通り「これでは他の騎士に対して示しが付かない」などと議論が飛び交った事は兄のデレクから聞いた。
だが今やもう、国王も居ない。
騎士団は、新たに帝国から派遣された人間が仕切っている事になっている。
実際には帝国の人間は居ないが。
何故か奴らは、この国をまともに統治する気はないらしい。
レイチェルは政治の事にはあまり関心が無いため、それほど気には留めていないのだが。
コンコン、と既に開け放たれている扉をノックする。
部屋の中ではデレクが一人で書類の処理に追われていた。
「レイチェルか?」
彼は顔を上げることなく言った。
「ああ」
「すまんな、まぁ入ってくれ」
ちょうどキリの良いところまでやりたかったのか、レイチェルが適当に腰かけてからも暫くの間は顔を上げずに書類に何やら書き込んでいた。
戦争で大量に兵が失われ、人手が全く足りてないのだろう。
デレクは疲れた顔をしていた。
「戦時中よりも大変そうだな」
決して結果は良くなかったが、それはあくまでも国対国の話しだ。
今はこうして身内が無事で居る事を喜ぶべきだろう。
そう思ってわざと軽口を叩いた。
「ふっ、そうだな。俺も剣を振り回している方が性に合ってるかもしれん」
「まあ書類整理で死ぬ事はないがな」
「はははっ。レイチェル、何にせよ無事でよかった。死にかけたと聞いた時は俺も自分の耳を疑ったよ」
「兄上も無事で何よりだ。しかし王が居なくなったとたん此処に呼び寄せるとは流石の私もバツが悪かったぞ」
国王には、もう顔も見たくないと言ったのだ。
そこまで暴言を吐いておいて、いざ相手がいなくなったら元の鞘に戻るなんて自分の気持ち的にも許せるものではなかった。
「本当にすまない。なかなか抜け出せる時間がなくてな。それに、ちょっと伝えておきたい事もあってな」
ルマリアの騎士団は、水面下で国を取り戻そうとしているらしい。
幸いにも帝国は戦後処理をあまり積極的にやっていない。であれば、元々同盟を結んでいたザルビアとコンラートに協力してもらえば再度取り戻す事は難しくない。
ただ、レイチェルにとってはどうでも良い事だ。
借りがあった国王は既に亡き者となっており、自分は既に騎士団とは決別した身だ。誰が国王になろうと問題ではない。ほとぼりが冷めればまた放浪の旅に出るのみである。
レイチェルは、ありのままに本音を語った。
「お前ならきっと、そう言うと思ったよ。だから無理にとは言わない。もし、決起する時に少しでも手伝う気になれば、是非とも手を貸して欲しいんだ」
デレクはダメもとで頼んでいるのだろう。
レイチェルが居なくてもちゃんと出来るように動くはずだ。しかし既に一度大きな戦争を経験したこの国には、資金も人材も余裕が無いのだ。できれば参戦して欲しいというのは正直な気持ちなのであろう。
レイチェルは、曖昧に返答しておいた。
これも腐れ縁というやつか。
いや、兄妹でその言い方は無いな。家族なのだから可能な限り力になろう。
「と、言う事で私は失礼する。まぁ兄上も頑張り過ぎないようにな」
「待ってくれレイチェル。まだ話は終わってないんだ」
デレクはそう言うと一枚の手紙を取り出した。
それは、ある男を追跡した記録だった。
帝国にあるドトロフ城下町から始まり、ルマリア国を抜けてザルビア国へ入る。その後、またルマリアへ入国し、現在はヘブラ山に居ると言う。
「……これが、何か?」
「本当に偶然なんだが、先日スパイらしき人物を捕まえたんだ。そいつが持っていた。レイチェル、君に関連のある人物だよ」
「良く分からんが」
「海斗という男だ。知ってるだろう? ジェイコブ捕獲の際に君がパートナーにした男だよ」
「まさか兄上! 彼の事を――」
「おっと。勘違いしないでくれ。これは我々の仕事ではない。帝国の連中だ」
もしやルマリア国が何かの勘違いで海斗に危害を加えようとしているのかと思ったが、そうでは無いらしい。
だが、帝国が?
何故だろう。確かに彼をつれて一度帝国に行った事はあるが。そこで特に何もしていないはずだ。単に冒険者として色々と依頼をこなしただけと聞いている。
「という事は、原因は私か」
レイチェルは独り言のように呟いた。
帝国にとって自分が邪魔な存在であることは承知している。今回仕留められなかった事も伝わっているだろう。だから自分に関連のある人物を片っ端から当たる、という可能性はある。特に海斗とは二人で長期間行動を共にしたのだ。ほんの少しでも手がかりになれば、という事か。
しかしデレクは否定する。
「いかに帝国といえども追跡のための部隊を揃えるのは簡単では無いはずだ。しかも既に戦争は終わっている」
「他の理由があると?」
「ああ、それが何かわからんが」
ルマリア国にとっては、海斗の動向を調べられたところで痛くも痒くもない。だから怪しい人間を捕まえて、目的が海斗だったと分かった所で何の対処も必要ないだろう。
これは単にデレクの気遣いなのだ。
「すまない兄上。恩に着る」
「いいさ。でも万一、国に関係があると分かったら知らせてくれ」
「もちろんだ」
手紙によると、海斗は現在ルマリア城の北にあるヘブラ山に居ると記載されている。そこに何があるのか。とにかく行ってみるしかない。そして、もしかすると帝国に狙われているかもしれないと教えてやらなければならない。
「!」
そうか。ジェイコブか。
帝国もあの爺さんを捕らえようとしていた。狩人まで動員して。きっと海斗がまた接触するかもしれないと考えているのだろう。それならあまり脅威ではないかもしれない。
だが念のため行ってみる事にする。
そういえば別れ際に魔石の事が分かったと言っていたような気もするし。




