第52話 帝国の動き4
驚いたことに、入り口には呼び鈴まで用意されてあった。
それはとても奇妙な事に、元の世界にある呼び鈴と非常に良く似ていた。そう言えば家全体の形も何故か懐かしい感じがする。
恐る恐る押してみると、家の中でベルが鳴る音が僅かに聞こえた。どうせ気配探知か何かで海斗達の接近は把握しているハズなのに、その男は『どちらさんかな』みたいな感じで、いかにもベルの音を聞いてから出て来たかのような雰囲気を醸し出していた。
ダイスケは、海斗やミカと同じようにアジア系の顔立ちだった。
30~40歳くらいのサラリーマンみたいな髪型をしている。
ジェイコブから頼まれて会いに来たと伝えると、中に入れてくれた。
グレン達は家の中に入るのを少しためらっていたが、海斗が大丈夫だというジェスチャーで促した。本当に大丈夫かどうかなんて分からないけど、単なる直感だ。
この家の形といい、呼び鈴といい、この男はもしや海斗と同じく異世界から召喚された人では無いだろうか。
名前も漢字で表示されている。
漢字で表示されることは、この世界ではほとんど無い。まぁ数人は居たが。
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Name:大輔
Caption:
- 職業:町人
- 所属:ルマリア
基本スキル:
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他の人にはどう見えているのか不明だ。
もしかしたら『ダイスケ』とカタカナで出ているのかもしれない。そもそもステータスウインドや鑑定結果等が他の人にどう見えるのか詳しく聞いた事もないので、皆、見え方は様々なのかもしれない。
玄関から中に入り、障子のようなものを横にスライドすると和室があった。
茶の間だ。
ちゃぶ台があって、座布団が敷いてある。
「すまんな。めったに人が来ないもんで、広い部屋は無いんだよ。窮屈だと思うが我慢してくれ」
大輔が申し訳なさそうに言う。
言いながら、あっけに取られている海斗の顔を可笑しそうに見ている。
大輔が座るのを見て、グレン達も適当に部屋の中に腰を下ろす。なんだか変な感じだ。
「残念ながら茶っ葉は無くてね。湯呑もね」
空間収納から、この世界で良く使われているコップを出し、液体を注いでいく。単なる水らしい。
ちゃぶ台には合わないコップだよな、と彼は言う。
「ちょうど今は趣味を兼ねて故郷の家を再現している最中でね。ここ一カ月くらいはずっと、寝室を作っていたんだ。僕の家は何故か、寝室だけは洋風なんだよね。だから布団ではなくベッドなんだ。でもお客さんが来るって分かっていたら、先に茶っ葉と湯呑を作っといたのになぁ」
大輔は、そも残念そうに言った。
海斗以外のメンバには、何の話しだかさっぱりだろう。
このひと、頭大丈夫?ってな感じかもしれない。
「日本人なんですね」
確信したように海斗は言った。
もう、疑いようもない。彼も海斗と同じように日本から転移して来たのだ。
「ん? 言っちゃって良かったのかな?」
大輔が他のメンバに目をやりながら心配そうに尋ねてくる。
まるで、キミのために黙っていたのに、という感じか。
「はい、もう彼らにもオレの事は話してありますんで」
「なるほど。うん、確かにそうだよ。この世界に来たのは、もうずいぶん昔の事だから何年前か忘れてしまったなぁ……」
遠い眼をしている。
それほど前に来たのか。もしかして何十年とか経ってるんだろうか。
「オレは2年くらいかな」
「そかそか。じゃあまだまだだね。僕はもう200年を軽く超えているからね」
海斗は目玉が飛び出しそうになった。
どうみても200歳を超えているようには見えない。というかそんな問題ではなく、そもそも人間の寿命を遥かに超えているのではないか。
「はははっ!驚いただろ? なんと不老不死のスキルを付けたからね。歳をとらないんだよ」
さも冗談っぽく笑っている。
もしかして、からかわれたのか?
ジェイコブの特殊スキルやらを目のあたりにして、さも何かすごい力を持ってそうな雰囲気を醸し出していれば信じて当然だ。
からかう事になんの意味があるのか分からないが。
「嘘じゃないんだよ。あ、そうだ。あれ見てよ」
大輔が指さす先には、一本の刀が飾られていた。
かなり実戦で使い込んでいるかのように、傷だらけである。
「100年以上前に南国パプリカで使われていた剣さ。日本の武器と良く似ていたから、当時、こそっと持ち帰ったんだ。今は使われて無いはずだから、証拠になるかな?」
でも皆はパプリカに行った事もないし、そもそも知らないから証拠にならないかと彼は自ら笑って言った。
彼の言う事が本当なら、200年以上前の日本から来たという事か?
200年以上前って戦国時代だっけ? 違うよな。少なくとも刀があった時代では無いはずだ。良く分からない。
「ああ、ごめんごめん。何だか僕だけぺらぺらと。用事があったんだっけ」
その言葉で海斗はハッと我に返った。そうだ、その通りである。
気を取り直してジェイコブの事や禁呪のこと、そして少しだけ海斗の事も一通り話した。故郷へ帰りたいと。
大輔は、うんうんと興味深そうに聞いていた。
特に禁呪の事なんかは少し身を乗り出していたように思う。200年以上も生きているのが事実なら、それくらいの事は知っていたのではないかとも思うが。
それとも不老不死のスキルを手に入れた上に、こうやって和式の部屋や家自体を造りだすスキルを持っていても、更なるスキルを欲しているのか。
人間の欲望は果てしないと言うし。
「まずジェイコブの事だが、残念ながら僕にもどうしようもないね」
彼はさらっと言った。
まるでどうでも良いかのように。
なんか、あれほど必死になっていたジェイコブとの温度差が激しすぎる。
「確かに、彼からすれば僕は何でも出来る人間に見えたかもしれないね。まぁ勘違いだよ」
ジェイコブに特殊スキルを与えたのは、やはり大輔らしい。だからジェイコブにとってみれば大輔は神様みたいなものなのか。しかし、生き返らせるスキルは無いと。
「なら、どうしたら?」
「普通に雫で復活できると思うけど。僕自身が雫で復活出来ない事を知っているから、自分も同じじゃないかと勘違いしてるんだと思う」
なるほど。そういう事か。
っていうか、大輔は雫で復活できないのか。どうしてだろう。
まあいいか。復活できるなら、雫で復活させよう。
カネはないけど。
ジェイコブから奪った……ではなくて、研究のために譲り受けた特殊スキルの付いた魔石を合成して売れば、何とかなるか。
「ん? もしかして大輔さんが雫で復活できないのであれば、オレも同じなの?」
「ははは。大丈夫だよ。僕は不老不死のスキルを使ったから、副作用で効かなくなっただけだよ。他にも色々副作用があってね。一番痛いのは、新たなスキルを付けれなくなったんだ。それが一番困るかな」
なので大輔は、不老不死のスキルを外したいんだと言う。
できればその方法を海斗にも調べて欲しいと。
「だから禁呪に興味があったんですか?」
「うん。禁呪って僕らが持っているような特殊スキルの事かなって思って、あまり気にしてなかったんだけど。もしかして有効なものかなって。ダメ元で調べてみようかなと思い始めてきた」
どうやら不老不死の事は本当らしい。
ということは、本当に200歳以上なのか、この人は。
ん?
不死ってことは、雫で復活する必要も無いって事かな。
それとも単に病気とかで死なないだけで、体を傷つけられたら死んでしまうのだろうか。
「で、キミの帰還についてだけど……」
来たっ!
何か情報があるのか。
「結論から言うと、可能だよ。っていうか、僕も一度戻ったんだよね」
「えええ?」
「うん、元の世界に戻ってから、またこちらに来たんだ」
すごい。
こっちの世界の方が良かったんだろうか。
いやまぁ確かに、良く良く考えてみると勉強はしなくて良いし、特殊スキルのお陰で大して苦労しなくても生活していけるし、悪くは無いのか……。
でもゲームとか無いしな。
テレビでドラマを見たりできないし。
何よりも食事が一番困るかな。
もしかすると、この人みたいに色々と造りだすスキルを手にいれれば解決する問題なのかもしれない。というか、何時でも帰る事ができるなら、タマに遊びに来るのも良いか。
ダイスケはそれから手順を追って帰還方法を説明してくれた。
まぁ単純だった。
結局は帰還するためのスキルを合成で造るだけだ。
「既に『空間切削』があるんだったら好都合だ。あとはそれに『空間跳躍』を合成するだけで済む」
だそうだ。
実は海斗の合成も良いところまで来ていたらしい。あと一歩だったのだ。
「で、そのスキルはどうやって?」
「通常スキル同士で造る事ができる。えーと……。ちょっと待ってて」
大輔は一旦奥の部屋に入ると、ノートを持って戻って来た。
向こうの世界からPC等の電子機器を持って来る事も考えたらしいが、こちらの世界には電気がないため、意味がないと断念したらしい。
彼なら電気も造りだせそうな気がするのだが。
ああそうか、不老不死のスキルを付けてしまったから、新たなスキルを付ける事が出来ないと言っていた。
「あった、これだ。メタルラビットとワイバーンが出すドロップから生成出来るな」
海斗も同様に、合成レシピはノートに記録していた。何といっても数が多いから、とてもじゃないが記憶だけに頼る訳には行かない。しかしすっかりPC操作に慣れた海斗にとっては、アナログなノートでの情報整理は大変だった。やはり表計算ソフトなどでデータベース化しておいて直ぐに検索とか出来るツールが欲しいところだ。
でも、こんな作業も間もなく不要になる。
これが最後の合成だ。
直ぐにでも素材を集めにいくとするか。
「メタルラビットというと、アレか?」
グレンが口を挟んできた。
「アレというと?」
「スキル『跳躍』の魔石をドロップするモンスターじゃないのか?」
「そうだな。『跳躍』スキルとワイバーンのドロップから付ける事のできる『ウインドカッター』を合成すれば出来るはずだ」
大輔がノートに書かれたメモを見ながら答える。
「今でも生息するのか?」
「記録ではコンラート、ルマリア、帝国辺りの草原に分布していたと書いているな」
自分で書いたメモのはずだが、もう忘れてしまっているらしい。
それほど昔という事か。
確かにノートはもうすっかり黄ばんでいて、博物館とかに置いてあるような物体と化している。彼が200年も生きている事はもう、間違いなさそうである。
しかし問題はそこでは無かった。
グレンが次に発した言葉で場は凍り付いてしまった。
「残念ながら、メタルラビットはもう絶滅していて姿を見る事はできないぞ」
◆
ラージニア大陸・北東方面司令官であるジェルヴァは、アダマン帝国の司令部を出てラスタ遺跡へと向かっていた。
遺跡発掘が失敗し、狩人は全滅、あろう事かギャレットさえも殺されたと言う。のんびりと司令部で指示を飛ばしている場合ではない。
部下からの情報も錯そうしている。
レジスタンスが現れた、あるいは、ジェイコブが乱入して来た、はたまた、守護神が暴走した、など。一体何が起こっているのか。
「状況を説明しろ」
遺跡に着くやいなや、兵士に詰問する。
「はっ。現在、遺跡の中心部は破壊神が陣取っております。とてつもなく凶暴なため近づく事ができません」
破壊神?
そんな報告はなかった。
「守護神ではないのか」
「はっ。守護神は、破壊神により倒された模様です」
訳がわからん。
やはり直接足を運ばねばならない。
「ジェルヴァ様、危険です」
「うるさい、どけ」
すっかり残り少なくなってしまった狩人とともに、制止する兵を無視して内部へと踏み込む。
遺跡というからには古い建造物なのだろう。あちこち崩れかかっている。もしここで大規模な戦闘が行われたのであれば、もっと被害が大きいに違いない。ギャロットが倒れるほどの強大な何かが働いた形跡は無さそうだ。
もっと局所的な何かが起こったと言うことだ。




