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第51話 山小屋


 なんとユリエスは守護神達には目もくれずにジェイコブの元へと降り立った。

 爺さんを両手で包み込むように抱え、抱き起こす。一体どういう事だろう? 何故、ユリエスが爺さんを気に掛けるのか。


 しきりに爺さんに何らかのスキルを掛けている。おそらく治癒系のものだろう。

 体力自体は回復するものの、ケガがひどすぎて完治は難しそうだ。海斗達だって、さんざん上級回復(ハイ・ヒール)等を掛けまくったのだ。


 しばらくジェイコブを抱えて様子を見ていたユリエスだったが、またそのまま優しく地面に寝かせた。その様子を守護神ラハゼルが眺めている。何だコイツは?といった感じか。


 ユリエスはゆっくりと立ち上がると、守護神の元へと歩き出した。

 その体からは、白い闘気のようなものが噴出している。それはあたかも、怒りを表しているかのように見えた。


「もしかして、彼女はジェイコブから神獣化の魔石を貰ったのかもしれないね」


 ラーシャが思いついたように言う。


「どういう事ですか?」

「キミの話しが本当なら、あの子は元々は人間だったんだろ? なら、可能性高いんじゃないの?」


 魔獣化のスキル魔石なら見た事はあるが神獣化は見た事がない。

 そもそも、あの二人が知り合いであるハズもない。

 しかしラーシャは言う。


「そんなの分からないじゃない。魔獣化があるなら神獣化があってもおかしくは無いよ。それにね、あいつは良く子供に魔石を与えていたからね」

「えええ?」

「本当よ。でも意外というか、律儀というか、無理矢理飲ませたりはしてなかったみたいね。ちゃんと危険性は伝えてたみたいよ」

「嘘だ。そんな死ぬかもしれない魔石を飲む子供がいるもんか」

「残念ながらいるのよね、たくさん。貧しい村では餓死寸前の子供たちが一杯いるからねぇ。雑草を食べて餓えを凌ぐだけの毎日で、しかも運が悪ければ何処かに売られてしまう運命なのよ」


 そうだ。

 海斗は知っていた。この世界における僻地の村々について。何人も見て来たではないか。


 今の絶望的な境遇を変えるチャンスがあるのなら命を懸ける事も選択肢に入るのは想像に難しくない。もしユリエスが本当にその選択をしたのなら、それは海斗の責任だ。海斗がもう少し彼女の心に絆を結んで置けばよかったのだ。


 全てに絶望したとき、ジェイコブが希望をくれたのだ。そして恩人であるジェイコブが殺されかけている。


 今、彼女はジェイコブを助けようとしているのかもしれない。それとも単に破壊神として目についたもの全てを葬り去ろうとしているだけなのかもしれない。


 理由はどうあれ、守護神ラハゼルに向かって行ったのは事実だ。

 ラハゼルも破壊神ユリエスを敵とみなしたようで攻撃を開始した。


 ギャロットでも勝てないほどの強敵ラハゼルが繰り出す攻撃だ。それはもう、すさまじいという言葉で表す事のできるレベルを遥かに凌駕している。


 一瞬でユリエスの肢体はボコボコになってしまった。

 まるで紙粘土で造った人形を子供が無茶苦茶にしてしまったかのように、殆ど原型を留めない状態だ。


 しかし、一秒も経たず再生されてしまう。

 そして彼女の歩みは止まらない。

 少しずつ、着実に距離を詰める。まるで死刑宣告のようだ。マークライルによると守護神ラハゼルはライオンのような顔をしているらしい。ここから見ても、なんとなくライオンが恐怖しているような気がする。


 ライオンが恐怖する顔というのはどんなものか、少し近づいて見てみたい気もする。


 ラハゼルが結晶化のスキルを発した。

 ギャロットと同じように、ユリエスの両足がダイヤのように固まり地面に固定される。


 当然、彼女の歩みが一瞬とまる。しかし、足が固定されてしまった事を確認するやいなや、無理矢理足を引き千切った。


 結晶化した足は地面と一体化されたまま残っている。本体のほうは、一瞬で足が復元された。

 そして何事も無かったかのように、歩みが再会される。


 もう手がなくなったのか、ラハゼルが噛みつくような感じで向かってきた。窮鼠猫を噛むというが、まさにそんな感じだろう。


 そこへ破壊神の鉄槌が振り下ろされる。

 かくして守護神vs破壊神の戦いは、破壊神に軍配があがった。


 グレン達も、レジスタンスのメンバー達も、完全に言葉を失っている。


 そんななか、一人、海斗だけが冷静だった。今こそ自分の出番だとばかりに、岩陰から姿を現してユリエスの元へと向かったのだ。


 一度彼女と出会っているからかも知れない。それとも、今回もまた見逃してくれるだろうとの楽観的な想いからかもしれない。


 見逃してくれると言っても、このまま隠れていれば海斗以外は皆殺しにされてしまう可能性がある。だから先に姿を見せる事によって前みたいに別の場所に移動してもらうのだ。


 ガタン、と重たいものが倒れる音がした。

 ギャロットだ。

 彼の足に掛けられた結晶化が解けている。術者が死んだからだろう。


 彼は倒れたまま動かない。こちらも死ぬ寸前だったようだ。よくもまぁ、あれほどまでに執拗な攻撃を受けて死ななかったものだ。素人がボクサーに10ラウンドくらいサンドバックにされた感じではなかろうか。


 そうか!

 術が解けたのなら特殊スキルも使えるかもしれない。


 海斗はジェイコブに対して治療スキルを使ってみた。

 ……問題なく発動する!


 スキル発動は大丈夫なようだ。

 だが爺さんのダメージは大きい。治療スキルでも無理かもしれない。とりあえず、諦めずに治療スキルを掛け続ける事にする。今の海斗には、これしか手段が無いのだ。


 ふと、ユリエスと目が合った。

 彼女も大人しく海斗が治療する姿を眺めている。何をしているか理解してくれているのだろう。やはり、彼女はジェイコブに恩を感じているのか。ラーシャの言っていた事が真実味を帯びて来た。


 残念ながら二人同時に治療スキルの発動は出来ない。

 隣でギャロットの息遣いが少しずつ弱くなっているのが分かるがどうしようもない。

 

 まぁこいつは回復させたとしても、所詮は帝国の人間だ。しかもレイチェルの敵だ。

 ということは、海斗にとっても敵なのだから助ける必要はない。むしろ、この場でトドメを刺した方が良いかもしれない。


 そんな目で見ていると、なんとユリエスがギャロットにトドメを刺した。

 やはり破壊神か。

 目に付いたものはことごとく破壊していくのだ。


「ユリエス、言葉が分かるなら聞いてくれ。ジェイコブを殺そうとしたのは守護神ラハゼルだけだ。だから後ろにいてるオレの仲間達には手を出さないでくれないか」


 ダメ元でこちらの意志だけは伝えておく。

 彼女はわかったような、わからなかったような表情をしたままだ。


「……お、おおお。ユリエスか……。い……きて、いたのじゃな」


 ジェイコブの意識が戻った。

 それを見て彼女はジェイコブの頬に手をあてる。この感じは、やはり何らかの繫がりがあったのだ。


「それに……海斗……か。うっ」


 苦しそうにせき込みだした。

 やはりダメージが大きすぎたか?

 回復しないのか?


「たのむ……ワシを、うっ。ごほっ……。ダ……ダイスケという……ごほっごほっ」

「口を開くんじゃない!」

「ひ……人の所へ」

「わかったよ! わかったから、もうだまってろ。本当に死んでしまうぞ」


 大丈夫だ、とジェイコブは言った。

 とにかくその人の所へ連れて行けば、たとえ死んでいたとしても復活させてくれると。


 これが命綱だと言わんばかりにジェイコブは最後の力を振り絞り、海斗にダイスケという人物の場所を教えてくれた。そして、そのまま力尽きた。


 まともに会話できる状態ではなかったため正確には分からないが、単に生命の雫を使っても復活できないらしい。だから雫ではなく、かならずダイスケを頼ってくれと念を押された。


 海斗としても時空魔法の手がかりになるジェイコブが居なくなるのは痛手なので、とりあえず言われた通りにしようと思った。その人物はルマリア国に居るらしい。ルマリア城の北にあるヘブラ山に居るとのことだ。


 ふと見ると、ユリエスの目に涙が浮かんでいた。

 破壊神の目に涙。

 不思議な光景である。もしかして人間の心を取り戻したのだろうか。


 と思ったが、残念ながらそれは無かった。


 ひと段落着いたと勘違いしたメンバーが岩陰から出て来ると、ユリエスが威嚇して来たのだ。


 海斗は慌てて間に立ってユリエスを制した。


「ユリエス、ダメだよ。この人たちはオレの仲間なんだ。だから許してくれ」


 両手を広げ、必死に訴えかける。

 伝わっただろうか?

 分からない。


 仲間たちも彼女の威嚇を受けて、また岩陰に引っ込んでしまった。

 しかしまあ、存在を知りながらも攻撃してこないのであれば大丈夫だろう。きっと理解してくれていると信じよう。


 海斗は岩陰まで戻ると状況を説明した。

 ジェイコブを助けるためにへブラ山へ行くと。


「待ってよ。禁呪はどうするのよ」


 ラーシャが咎めるように言う。

 そうか。

 色々と突拍子もない事が起こったのですっかり忘れていた。元々は禁呪を帝国から奪い取るために来たんだよな。


「ぐずぐずしてると帝国の連中がまたやって来ちゃうじゃない。なんとかそれまでに、あの壁を掘削できないかねぇ」


 帝国が一生懸命組み立てていた掘削機らしきものは、先の戦いで大破している。

 海斗としては、とりあえずは禁呪の事は置いといて先にへブラ山へ行きたいと伝えた。


「ダメ。先にこっちを何とかしないと。誰か、あれを修理できない?」


 ラーシャが大破した掘削機を指さして言う。

 これは何を言っても聞いてくれなさそうだ。もう無視して強引に行くしかない。そうすると今後はもう彼女の協力を得る事はできなくなるかも知れないが。


 ん?

 いや、守護神が死んで特殊スキルが使えるようになったのだ。もしかしたらスキルで何とかなるかもしれない。


 帝国が途中まで掘削していた壁まで行くと、おもむろに空間切削を発動する。


 ……ダメか。

 範囲選択して発動させた時点で、すぐにキャンセルされてしまう。しかしこれは、強敵に対して広範囲の選択した場合と同じだ。

 

 なら念のため、もう少し小さい範囲でやってみる。

 すると、掘削できた!

 まぁ少し手間にはなるが、少しずつ削って行けば良いだろう。特にそれほど魔力を消費するスキルでもないし。それに、少しずつであっても帝国が行っていた時のスピードとは段違いに早いのだ。


 改めて空間切削のすごさを体感した。

 それはもう、ラーシャ達だって驚いただろう。帝国があれだけ人を揃えて臨んだ掘削がいとも簡単に実現できてしまったのだから。


 ほどなくしてトンネルが開通した。

 ラーシャ達が我先にと中に入る。洞窟の中では色々と歓喜の声が聞こえてくるが、海斗の心はダイスケという人物に向いていた。


 一体何者であろうか?

 ジェイコブがあれだけ必死に頼み込んでくるのだ。きっと只者ではあるまい。ものすごいスキルを持っていると見るべきだろう。もしかすると海斗にとっては禁呪よりも有効かもしれない。


 はやく会いに行かねば。もう海斗のミッションはクリアしたので出発しても良いだろう。

 目の色を変えて色々と物色しているラーシャ達に出発する旨を伝えたあと、ジェイコブを担いで馬車に乗せようとした。


 がしかし、ユリエスに拒否される。


「ユリエス、さっきの話しを聞いただろ? お爺さんを助けるにはヘブラ山に連れて行かないとダメなんだよ」


 彼女は相変わらず、良く分かっていない表情だ。

 再度ジェイコブを担ごうとするが、やはり止められた。一体どういう事なのか?

 やはり言葉は理解できてないのだろうか。なんとなく通じていただけなのか。


 しかし、これはマズイ。なんとしても連れて行かないと。

 といってもユリエスに勝てるはずも無く。


 仕方が無い。逆にダイスケという人を連れてくるか。

 生き返らせてくれると言うからには、味方なのだろう。もしかすると事情を話せば来てくれるかも知れない。というか、他に手は無い。


「グレンさん、オレ、ちょっとヘブラ山まで行ってきます」


 ちょっと行く、という距離ではないけどね。往復で10日くらいかな?

 するとグレン達も一緒に行くと言ってくれた。禁呪復活に立ち会えるかもしれないのに、一緒に来てくれるとは。まぁ心強い事ではあるが。


 一応ユリエスに助けてくれる人を連れてくるからね、と言ってから出発した。


 ルマリア北部も、特に強力なモンスターが居る地域ではない。

 だから馬車での移動もスムーズだ。

 時々、馬車から降りて討伐する必要があるってくらいだ。


「あの子がユリエスなのね。海斗が人さらいから助けてあげた子供だっけ?」

「そうだよ。でも……結局助けられなかったな」


 誰かに売られて奴隷のような扱いを受けたままの生涯か、それとも破壊神となって殺戮を繰り返すか。はたまた、レイチェル以上の人間が出現して討伐されるか。


 どれも最悪だ。

 助ける事は出来たはずなのに。


「海斗のせいじゃないわ。そんなに自分を責めないで」


 アンジーも自分の母親の事で落ち込んでいるはずなのに、逆に海斗に気を掛けてくれている。今はただ、その心づかいが心地よかった。


 ヘブラ山には2日半で到着した。なかなかのスピードだ。

 ナッシュも含め、遠距離攻撃スキル持ちの人間が複数人いたから、というのも大きいかもしれない。それほど強力なモンスターでなければ、馬車で走りながらスキルをぶち込むという荒業が出来るからだ。


 話に聞いていたとおり、小さな山だった。むしろ山と呼んで良いのか迷うところだ。例の緑の湖があった山よりも小さいかもしれない。


 だから迷わずダイスケという人物に会う事ができた。

 半分くらい山を登った所にその人は居た。


 山と言えば山小屋だが、煉瓦で出来た豪勢な家が建っていた。グレンが見た所、魔力強化された煉瓦とのことだ。それもかなりの強度がありそうだと。


 まぁジェイコブを助ける事の出来る人物なのだから、何が出て来ても驚かないくらいの心構えは必要だ。



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