第45話 ボエラさんの敷地
翌朝、予定通りカルミンを引き取り、そのままザザル村に戻った。
村長は本当に連れて帰ってくるとは思っておらず、非常に驚いていた。というか、連れて帰れなければおカネを返してもらえると期待していた感じがしないでも無い。全く、こんな人間が村長で良いのだろうかね。
ニッキとカルミンは村に残ってもらい、約束通りアムルと緑の湖へと移動した。
馬車の中でアムルから名前の由来を聞く。
「へぇ~グリーンポーションの素材が採れるのか」
「そうだよ。だから緑の湖って呼んでるんだ」
「んじゃオレも集めてみるかな」
回復スキルはそれなりに充実して来たので不要といえば不要なのだが。
万一の時のためだな。
魔力切れとか。
「ダメだよ。ボエラさんの土地だから勝手に採れないんだよ」
「えええ? マジかぁ。それは残念」
「よく罪人達が盗みに入るらしいけどね。でもあっという間に殺されちゃんうだ」
なんと。
ボエラさんと言う人は結構ハードな人のようだ。
「オラも何回か行った事があるんだよ。素材を採りに」
「よく殺されなかったね」
「中までは入らなかったからね。運が良ければ敷地の外で素材が見つかる事があるんだ。だから時々行ってみるんだよ」
でも急いで歩いても1日近く掛かるから最近はあまり行ってないらしい。そりゃそうだな。モンスターを倒せるなら、村の近くで稼いだほうが効率が良い。
「あれ? んじゃもしかして、オレも中に入れないのかな?」
「たぶん」
がーん。なんという事だ。はるばる訪ねて来たのに門前払いになる可能性があるのか。
いや、神獣は緑の湖付近に出たと聞いた。
中に入らなくても良いのかも知れない。とにかく行ってみるしかない。
しばらく進むと、小高い山の麓に到着した。
アムルによると、ここが緑の湖らしい。湖なのに山とは、これ如何に。
「オラは入った事ないから知らねぇんだけどさ、上に登ると湖があるらしいんだ」
なるほどね。
で、入り口にはガードマンらしき人達が数名待機していた。きっとボエラさんと言う人に雇われた人たちなのだろう。
海斗が近づくと、ギロリと睨んでくる。
盗人と思われては困るので丁寧に挨拶をしてから神獣の事を尋ねてみる。
「貴様、何故それを知ってる?」
いかにも怪しい人物だと言わんばかりの勢いで聞き返してきた。
何故も何も、ギルドで聞いたんだが。
そう答えると少し意外そうな顔をされた。噂が広まっているとは思ってなかったのだろう。
「それでオレは神獣に会いたいんだけど、やっぱり山の上に居るんでしょうか?」
「そうだ。ちょうど素材が採れる場所に陣取られちまったから困ってるんだ」
「見るだけだから。絶対に素材を取ったりしないから。だから入れてくんない?」
そう言いながら、銀貨10枚ほど男の手に滑り込ませる。
まんざらでもなさそうだ。だが、男の腰は重い。
「実はな、もう少ししたらAランク冒険者達が来ることになってるんだ。旦那が雇った人間でな、もうそろそろ来るはずなんだが……」
鉢合わせすると困ると言うことか。
しかし討伐対象になったというのはマズイ。
神獣が本当にユリエスと関係なければ討伐されても問題ない。逆に、彼女だったとして冒険者が討伐に失敗すれば、これまた問題ない。
冒険者の名前を聞いてみると、ブゥーレーンと紫々花だそうだ。海斗も名前は聞いた事がある。二人揃えばSランクの依頼だって問題なく処理するくらいの実力者だったはずだ。討伐に失敗する可能性は低いだろう。
海斗は更なる賄賂として銀貨を散財する事になってしまった。
3人も居るから、額も三倍だ。ホントそのうち貯金が尽きる気がする。
だが何とか中に入る事ができた。
教えてもらった通りの道を進んでいく。アムルはどうしても一緒に行きたいと言ってきたが、もし神獣が危険な個体だった場合は海斗だけで守り切る自信が無い。というか、自分自身も大丈夫かどうか怪しいくらいだ。良く言い聞かせて置いて来た。
神獣ユリエスは、こちらから手を出さなければ襲い掛かって来ないらしい。
だからもしかすると連れて来ても大丈夫だったかもしれない。
道端には所々、緑のコケみたいなものが生えている。
グリーンポーションの素材だ。
しかし、コケを毟って生成したところで大した量にはならないらしい。この山の神髄は頂上にあると聞く。頂上には結晶があり、一かけらで大量のグリーンポーションが生成できるとのことだ。海斗はどちらにしても生成方法を知らないので盗んだ所で役立てる事は出来ない。
そんな事を考えながら歩いていると頂上に辿り着いた。
それほど高い山ではないから、あっという間である。アムルからも聞いていたとおり、湖があった。そして湖の一角に岩肌があり、そこに大きな緑色の塊が見える。
結晶だ。
しかし海斗の視線は結晶よりも隣に座っている少女に釘付けだ。当然、速攻で鑑定を行う。
「ユリちゃん!」
まさに聞いていたとおり、神獣ユリエスだ。
どういう事だ。
どこからどう見ても、彼女である。どうして神獣という称号が付いているのか。
いや、そんな事はどうでもいい。こうして無事で居てくれたのだから。
海斗は全てを忘れて駆け寄った。
まるで長い間離れ離れになっていた恋人に再開した時のように。
そしで『ガツンッ』という音とともに見えない壁にぶちあたり、弾き飛ばされた。
ユリエスが障壁を出したのだ。
「近寄らないで」
「ユリちゃん、本当にごめん! 一人にしてしまって。だけど仕方がなかったんだ。緊急事態で」
氷のような表情で接近を拒否った彼女に語り掛けるも、受け入れてくれる素振りは無い。
それはそうか。
約束を破って彼女の前から黙って居なくなってしまったのだから。
ミカに聞くところによると、想像を絶するトレーニングを行っていたらしい。だから短期間で信じられない程に強くなっても不思議ではなかった。こうして海斗の接近を防ぐ位の障壁だって造りだせるのだ。もしかすると、一緒に旅する事も出来るかもしれない。
海斗はあらためて彼女を鑑定する。
===============
Name:ユリエス
Caption:神獣
基本スキル:
- 鉄槌
- 再生
===============
先ほど繰り出した障壁もあるはずなので、他にもハイドスキルを持っている事だろう。本当に数カ月のうちに急激に強くなったものだ。そもそも鉄槌や再生など見たこともないスキルがある。どうやって手に入れたのか。
「放っといて」
再度近づこうとした海斗を見て、彼女が制止する。
「勝手に居なくなってしまって、許してくれなんて言えないな。だから無理に連れて帰ったりなんかしないよ。本当にごめんね」
でも、ここに居たら強い冒険者が来て殺されてしまうんだ、と海斗は説明した。
一緒に来てくれなくても良いが、とにかくこの場所からは移動しようと。
「……」
彼女の反応は無い。
それどころか、海斗の話しを聞いているのかさえ疑問だった。
いや、そんな生易しいものではない。
最初は単に、置き去りにした海斗に対して怒っているだけかと思っていた。しかし色々と語り掛けてみるも、どうもそんな感じではない。
「もしかしてオレの事、忘れてしまったの?」
「……」
「まさか、嘘だよね?」
「……」
「ユリちゃん……」
何と言う事だ。演技ではなさそうだ。本当に海斗の事を認識していない。
ユリエスが記憶喪失になってしまった。もしかして、あまりに過酷なトレーニングを行ったがゆえに体に支障をきたしてしまったのだろうか。
それとも本当に神獣になってしまったのか。
分からない。どうして良いか、さっぱり分からない。
「旦那、ここですぜ」
そうこうしているうちに、Aランク冒険者達が到着してしまった。
見ると、確かにブゥーレーンと紫々花、Aランク冒険者の登場である。
間に合わなかった。
彼らが来る前にユリエスを説得して逃げて置きたかった。それが出来なかった今、何をすべきか。どうすればユリエスを救う事ができるのか。
当然ながら今の海斗にAランク冒険者2人を止める実力は無い。ましてやSランクに近いと称される人たちだ。刺し違えても止める事はできないだろう。
頼み込んで亡骸をもらい、後で蘇生させるか。
レイチェルに更なる借金を追う事になるが、事情を話せば協力してくれるだろう。戦争の後処理で会うことすら出来ないかもしれないが。
考えがまとまらない内に、ブゥーレーンが接近した。
先ほどと同じように障壁が放たれる。
しかし彼は、邪魔だとばかりに斧で薙ぎ払った。
さすがにAランク冒険者である。わずか一撃だった。それを見てユリエスは攻撃に転ずる。おそらく鉄槌というスキルだろう。素手のまま腕を振り下ろす動作をしただけで、派手な音を立てて地面が破壊された。スキル名のとおり、鉄槌が振り下ろされたかのようだ。
地面には1メートル大の窪みが出来ている。まるでクレーターのようだ。あれだけヘコます事が出来るのであれば、海斗が受ければ無事では済むまい。盾でブロックしても持たないだろう。
ブゥーレーンは一度距離をとって紫々花に目くばせした後、再度、ユリエスに接近した。紫々花は特に動く気配はない。今の合図は、一人で何とかなりそうだという感じか。
再度振り下ろされた見えない鉄槌を、今度は盾でがっしりと受けるとそのまま距離を詰め、斧で薙ぎ払う。
ユリエスの右腕が飛んだ。
それはあまりにも軽く小さく、まるで人形の腕みたいだった。
やはり地獄のようなトレーニングをしたと言っても、所詮は数カ月の実績だ。とてもじゃないがAランク冒険者を相手に何かできるはずも無い。
続けて攻撃を仕掛けようとするブゥーレーンの前に、海斗は思わず空間障壁を作りだしてしまっていた。
「なんの真似だ?」
薙ぎ払った斧が見事に空間障壁に遮られたため、怪訝な表情で海斗に視線が集まる。
「いや、その……。この子はオレの知り合いでして」
しどろもどろになりながら告白する。
「ふざけるな。人間が神獣の知り合いなんて話は聞いたことは無い」
「違うんだ。彼女は……ユリちゃんはほんの数カ月前まではちゃんとした人間だったんだ」
「口から出まかせを!」
「嘘じゃぁない! 証人だって居るんだ」
じゃあ連れて来いと言われても無理なんだが。
考えがまとまらない内に戦闘が始まってしまい、海斗にもどうして良いかさっぱり分からない状況だ。
「ブゥ、見て! 奴の腕が」
紫々花の声につられてユリエスをみると、なんと彼女の腕が元通りに治っていた。
そうか。彼女のスキルに『再生』というのがあった。
あれはこういう事だったのだ。
「ちっ。面倒な奴だ。おい貴様、次やったら殺すからな」
ブゥーレーンは海斗をギロッと睨んだあと、再度ユリエスに向かっていった。
さっきと同じように斧で切り掛かるが、今度は彼女も防御態勢になっており、なかなか簡単には腕が飛んだりしていないようだ。
それでも流石に無傷な訳はなく、体中に切り傷が刻まれていく。
むしろAランク相手にこれだけ耐えられる事は称賛に値するレベルであろう。きっと海斗ならとっくの昔に死んでいるレベルだ。
「どぉして?」
体を切り刻まれながら、ユリエスは呟く。
「どぉして放っておいてくれないの?」
彼女の体から、黒い靄のようなものが立ち込める。
一瞬、闘気なのか?と思った。だが少し違う。それよりも、以前にジェイコブという老人が使っていた杖から出ていた霧に似ている。
ブゥーレーンは異常を察知したのか、一旦距離をとった。
黒い靄はその後もどんどんと増え続け、やがてユリエスの体が丸ごと包まれてしまった。
「まさか逃げるのか? まぁ依頼はこの場所から退ければ良いだけらしいので、それでもいいんだがな」
ブゥーレーンの呟きを聞き、海斗に一筋の光明が刺した気がした。
それならやはりユリエスを説得して何とか移動させるのだ。それで全て丸く収まるはずなのだ。
逃げてくれるなら、それが一番良い。
あの黒い靄が収まっても、まだ逃げていなければ説得を再度チャレンジだ。それしかない。
いや駄目だ。先ほどと同じやりとりの繰り返しになるだけである。
ここは逆にブゥーレーン達に交渉を持ちかけるべきか。ある程度抵抗が出来なくなる状態になったら海斗に身柄を渡して欲しいと。
再生スキルがあるので、海斗も彼女を受け取ったら急いでこの場から逃げる必要があるが。空間回帰で飛べば大丈夫だろうか。パーティに入ってないため、そのまま飛ぶとダメだが、もしかするとジェイコブのスキルみたいに体が物理的に触れていれば一緒に飛ぶ事もできるかもしれない。試しておけば良かった。
Aランク冒険者なら銀貨を渡したところで交渉に応じてくれる訳はない。最低でも金貨何枚かというレベルになるだろう。
空間収納から金貨を取りだそうとした時、黒い靄が晴れてユリエスが姿を現した。残念ながら逃げてくれなかったようだ。




