第41話 彷徨い彷徨って
何か月か振りにランソールへと戻った海斗を待ち受けていたものは、ユリエス行方不明というショッキングな知らせだった。
ミカはひたすら謝り続けたが、事情を聴く限り、悪いのは海斗だ。
海斗に置いてけぼりをくらったのは、自分の実力が無いからだとユリエスは考えていたらしい。そして、一日でも早く一緒に冒険の旅に出る事ができるように、毎日毎日、いつ死んでもおかしくない様な狩りをしていたとの事だ。
いや、マリンの治癒スキルがなければ本当に死んでいたかもしれない。
まさかそれほどまでにユリエスの心に焦りがあったなんて思ってもみなかった。
……気づくべきだった。
ミカ達が居てくれるから大丈夫と思っていた。
しかしユリエスにしてみれば、突然知らない親戚の家に放りだされたような感じだったのかもしれない。
海斗は、ひたすらユリエスを探した。
町の周りから小さな村々や森の中まで。
ミカが制止するのも聞かず、毎日毎日、日が暮れるまで探し回った。
だが海斗も分かっていたのだ。
すくなくともDランクに近いの実力が付いた彼女の行動範囲は広い。コンラート国ならほとんどの地域をまわる事が出来るだろう。
生きていたとしても見つかる可能性は、ほぼゼロだ。
彼女の無茶な戦い方を聞く限り、そもそも無事で居てくれるかどうか。
――忘れよう。
どうせ、帰還スキルを手に入れたら別れ別れになるのだ。別れが早まっただけだ。
そう自分に言い聞かせた。
自分で自分の心を欺くのは、何と難しい事か。
忘れる事なんて出来そうになかった。
◆
ルマリア陥落。
そんな知らせを海斗はどこか遠い世界の出来事のように聞いていた。
ユリエス失踪で心も体もボロボロになった状態でなければ、飛び上がって驚いていたに違いない。
レイチェルはどうなったのか。
そんな思いすら、どうでも良い事案の一つとなっていた。
ここ数日は部屋すら出ていない。ユリエスを探すべき場所も、もうなくなった。
だが全く動かなくても、体の組織はそれなりに活動しているらしい。
とにかく何か食料を口から入れろと体がサインを出してくる。
あまり気は進まないものの体からのサインに負けて海斗は3日ぶりに宿の食堂に赴いた。途中で受付に追加の宿泊費を支払いながら。
もう長い間、働かずに宿に泊まり続けている。
それなりに貯まっていた資金もいずれ底をつくだろう。
ユリエスの事は、まだ気持ちの整理が付いていない。
もう無理して忘れようとせず、この気持ちを深く押し込んだまま生活していくしかないのかもしれない。
そう考えながら食事を摂っていると、隣のテーブルで同じく食事を摂りながら商人らしき人と商談している男たちの会話が聞こえて来た。
聞くともなしに聞いていた海斗だったが、とあるキーワードに激しく反応してしまった。突然席を立ち、男たちのテーブルに歩み寄る。
「すいません! もう一度さっきの名前を言ってもらえますか?」
「な、なんですか……。突然びっくりするじゃないですか」
「帝国領に新たに出現した神獣の事ですよ」
商人らしき男は海斗のあまりの迫力に、今にも逃げ出しそうだった。
それをもう一人の男が制してくれた。
「まぁ落ち着けよ、兄さん。とりあえず座ったらどうだ?」
もう一人の男性が席を勧めてくる。
壮年の冒険者風の男だ。年齢から来る貫禄か、海斗の突発的な接近にも全く動じた感じは無い。
「すいません急に」
「気にするな。まあ多少驚いたのは事実だがな。で、ユリエスという名に心当たりがあるってことかい?」
ユリエス……。
やはり聞き間違いではなかった。何故行方不明の彼女が神獣ユリエスと呼ばれているのか。しかも帝国領で、だ。確かに1~2カ月あれば帝国へは十分に移動できるのだろうが。実力さえあれば。
「はははっ。兄さん。それはさすがに別人だろうよ。ってか、そもそも神獣は人間では無いしな」
海斗が事情を話したところ、冒険者風の男に一笑されてしまった。彼らも話に聞いただけで実際に姿を見た事は無いらしい。
確かに普通に考えれば別人だろう。だが新たに出現した神獣と言っていた。タイミング的に一致しているのではないだろうか。
もしかして、何らかの理由で称号を書き換えたのかもしれない。であれば、それを見た人間は彼女の事を神獣と勘違いしてしまうだろう。ルミネの森で見た神獣は本物だったが、見た目はまるで人間の子供であった。神獣といえど、皆が皆、モンスターのような姿では無いはずだ。
どのみちコンラートでは、もう探す場所のアテは無いのだ。
なら可能性が低いとはいえ帝国に行ってみる価値はあるのかも知れない。
海斗はさっき追加の宿泊費用を支払ったばかりであったが、身支度を整えると直ぐに出発の準備をしてチェックアウトした。良心的な宿だったためか、支払った費用は返してくれた。
ギルドで借りた馬車を直ぐに走らせる。目的地は帝国だ。
ルート的には以前グレン達とブランカから戻って来た道を逆に辿るのがやや近道だと思われる。しかし、海斗には道が分からなかったので、ルマリア国を通る北回りのルートで進む事にした。
こちらのルートも以前ミカ達と一緒に通った道だ。色々と目印となるものが多く、海斗一人でも道を間違えたりしなさそうなルートだ。
そこで、はたとルマリア陥落のニュースを思い出した。
そうなのだ。思考回路が半分死んでいたため完全にスルーしていたが、実に重大な事件が発生していたのだ。
果たしてルマリア国を通過する事は出来るのだろうか。
この世界では国境を超える際の制限等は無いから問題は無いはずだが、国の中の状態が心配である。国家が陥落して悪人が大量に暴れ回っているとかが無ければ良いのだが。
レイチェルの安否も気になるところだ。
いや、さすがに安否は気にしなくて良いか。彼女がやられるシチュエーションが思いつかない。それよりも時空魔法の事とか、ユリエスの事とかを相談したいが今はきっとそれどころでは無いだろう。居場所が分かったところで、とてもじゃないが面会する事は出来ないと思われる。
馬車を走らせること3日、最初の難関であるガザム山脈へ突入した。
いつかは一人で越えねばと思っていた箇所だ。Cランクパーティ複数人が必要と言われるこの山脈を、果たして一人で超える事が出来るだろうか。
早速、モンスターの群れが襲い掛かって来る。シルバーゴーレムが1体とクレイゴーレムが4体、その他こまごまとしたモンスターが数体。
気を付けるべきはシルバーゴーレムのみだ。他のモンスターは、今の海斗にとってあまり脅威ではない。
稲妻で一気に雑魚たちを片づけると、シルバーゴーレムの打撃を空間障壁で防ぎつつ、クレイゴーレムを各個撃破していく。
弱い。
やはりラ=バラで鍛えられた海斗の基本能力は大きく上昇していた。
もしかするとBランクにも手が掛かる程ではないかと思われる。気を付けねばと思っていたシルバーゴーレムでさえ、1体であれば何の問題も無かった。
モンスターも1体になった事だし、ここは新スキルを色々と試してみるチャンスだ。
まずは強敵の殲滅に一番効果が高そうな空間切削だ。
以前試した限りでは、モンスターの体ごと空間を切削した。当然、モンスターの体はえぐれて内臓があらわになるという、とても正視できないスキルである。
だが目の前にいるのは鉄の塊のようなモンスターだから、きっと大丈夫だろう。グロく無いはずだ。
「おっと」
でかくて重そうなくせに、意外と動きが素早いためになかなか照準が当たらない。空間切削という名前だけあって、照準は空間に対してセットされる。
だからセットした後にモンスターが移動してしまった場合は、当然、照準は付いて行ってくれはしない。照準セット後に時間を置かず発動させなければならない。
意外と難しい。
スピードの遅いモンスターに対してしか使えないかもしれない。
何度か試している内に、やっとモンスターにヒットした。
ちょうど心臓のあたり――鉄の塊に心臓があるのかどうか不明だが――を狙ったのだが、移動されてしまい、当たったのは左の拳だけだった。それも、指の先くらいだ。まさにギリギリである。
ギュオーというモンスターのうめき声が聞こえて来る。
あんなに大きな図体をしてるくせに、指の先が切断されたくらいでこんなに痛がるのか。
いや、体の大きさは関係ないか。そりゃあ指を切断されたら痛いよな。
このスキルは本当にエグい。下手したらトラウマになりそうだ。緊急時以外は使わないほうが良いかも。
だが緊急時に使えないのも困る。
ある程度は訓練しておき、素早い敵でも確実にヒットできるようしておかなければ。
とりあえずシルバーゴーレムはあまり内臓が見える心配が無さそうだから、もう少し訓練する事にする。
よくよく考えると、セットする範囲が狭いから逃げられるのだ。
モンスターの体よりも大きく囲ってしまえば少々移動されても簡単にヒットするだろう。
海斗は照準を広くとり、モンスター全体を飲み込むようにしてみた。
「あれ?」
発動しない……。
何故だ。
もう一度試してみる。
何度やっても同じ。広範囲を選択してもちゃんと発動する事は確認済みなので、考えられるとすればモンスター等が居る場合は広範囲の適用が出来ないという感じか。
いや違うな。
以前ビッグウッドという巨大な植物のモンスターで試したが、ちゃんと発動した。
ビッグウッドは必ず薪をドロップするため、体全体を空間切削した場合にちゃんとドロップが出るのかテストを行ったのだ。
結果、残念ながらドロップは出なかったのだが、スキルはちゃんと発動してビッグウッドは何処か異次元の彼方に消えてしまった。経験値が入ったのかどうかも分からない。
他に考えられる事はモンスターの強さとか。
なら色々なモンスターで試すしかない。
とりあえず海斗は他の新スキルも少し練習したあとシルバーゴーレムに止めを刺した。その後も次々とモンスターが襲い掛かって来たが、もはや海斗の敵ではなかった。
思ったよりも楽に山脈を抜ける事が出来た海斗は、グレンやアンジーが住むユーグリの町へと入った。アンジーの夫であるナッシュは、コンラートの騎士団と繫がりがある。きっとルマリアの情報も色々と入手できるに違いない。
まずは情報収集だ。
と、思ったが良く考えるとアンジーが何処に住んでいるのか知らなかった。
どうするか。
前の世界のように交番のようなものは無いし、有ったとしても他人の住所までは教えてくれないだろう。
だがこの世界には騎士団がある。
思ったとおりランソールの町と同じように、この町にも騎士団の詰め所があった。
海斗はそこでナッシュの名前を出し、彼と連絡が取りたいと伝えた。
関係性などを色々と聞かれたが、ありのまま正直に話しをすると特に不審がられる事もなく、待合室のような部屋に案内された。
しばらくすると、かしっとした身なりの男が部屋に入って来た。
鑑定すると、ユーグリの騎士でラアザという名前だ。
「あなたが海斗君ですか?」
「はい」
「いつも兄のナッシュがお世話になってます」
なんとナッシュの弟だ。
あまり似ていないので最初は冗談かと思ったが。
注意深くみると各々の顔のパーツは似ているので、話し方や身なり、雰囲気が異なるだけで紛れもなくナッシュの弟だ。
弟のほうは全くキザな様子もなく、コンラート国に仕える真面目な騎士という感じだ。
「実は我々も海斗君に連絡を取ろうと思っていた所なのですよ」
「ええっオレに?」
「はい。でもその様子だと君も兄の居場所を知らないみたいですね」
どうもナッシュは行方不明になっているようだ。
そして以前パーティを組んでいた海斗なら何か知ってるかもと思ったらしい。
詳しく話を聞いたところ、ちゃんと伝言をしてから行方をくらましたみたいなので、誰かに連れ去られたとかでは無いみたいだ。
「アンジーも一緒に出て行ったんですね?」
「はい。彼女の父親も一緒のようです」
「えっ!? グレンさんも?」
驚きだ。グレンも一緒に行方をくらましたとなると大ごとかも知れない。
海斗はふと、彼らと別れ際に感じた違和感を思い出した。
ブランカから脱出してユーグリに戻った日の、アンジーの様子を。
どうも元気が無かった。
そして急にグレンもユーグリに残ると言い出したこと。
「どうかしましたか? 何か気になる事でも?」
「あ、いえ」
突然考え込んでしまった海斗の様子を見てラアザが問いかけてきたが、思わず誤魔化してしまった。
ちと不審に思われたかもしれない。
だが知らないものは知らないのだ。海斗にはどうする事も出来ない。
「ま、まあ大丈夫だと思いますよ。グレンさんが一緒なら。なんてったって……」
元Aランクの冒険者だから、と言いかけて口をつぐんだ。
言ってしまって大丈夫なんだろうか。彼も何か理由があって隠していたのかも知れないし。




