第40話 これだから作戦会議という物は
ルマリア国内の前線でキャンプ中のギャロットは、今まであまり縁の無かった作戦会議という物に出席していた。
武力オンリーの彼にとって、生まれて初めての行為でもあった。それは単にあれこれと考えるのが面倒なだけであり、彼の実力を以てすればいつだって正面突破で問題無かったからである。
しかし立て続けにミスを犯してしまった事もあり、一度は顔を出して見ようと思い立ったのである。
だが、会議に出席した事を早くも後悔していた。
「ちょっと待ってくれよ。もう一度聞くが、正規軍がブランカ兵と合流してルマリア城を攻めてるんだよな?」
「ええ、その通りです」
「戦力は、相手の10倍と言ってなかったか?」
「10倍以上です」
ギャロットは頭を抱え込んだ。
ブランカ兵がメインで交戦していたときは、かなり苦戦していたと聞く。
しかし数の暴力だ。
帝国が本気で兵を投入した今、戦局は完全に覆っている。どこからどう見ても圧勝だ。そしてルマリア城はもう、目と鼻の先である。天変地異でも起こらない限り帝国軍の勝利は動かないのではないか。
「なのに、正面からの10倍の兵士は囮に使い、お前らエリート軍団が遊撃隊として北側から攻め入ると?」
「ギャロット様、正面からの兵は囮ではございません。これは、あくまで被害を最小限にするための策なのです」
「策ねぇ……。俺が国民なら、こんなやり方で勝った国に仕えようとは思えないがな」
もちろんギャロットも、戦は正々堂々とお互いの戦力をぶつけ合うべきだ等とバカげた事を言うつもりは毛頭ない。
しかし物には限度があろう。戦力差がここまで歴然としている中で、2重3重の策をめぐらす事に何の意味があるのだろうか。
「その昔、帝国に伝説の軍師と呼ばれる人間がおりました」
「ああ知ってるぜ。帝国が、まだ帝国と呼ばれる前の話だろ?」
「はい。彼の考える計略は戦力を10倍にするとの当時の記録が見つかっています」
さすがにそこまでは知らなかった。
いや、聞いていてもきっと話が誇張されているだけだろうと無視していたに違いない。
それに、もし敵国ルマリアにそんな軍師が居るなら、今まで全くの無名で居続けるはずもないのだ。
遊撃隊の隊長は、なおも、この作戦が必要である理由を次々と述べてくる。
もうギャロットの頭の中は、ハテナマークで一杯だ。
「わぁーった! よーくわかったよ。頼むからもう勘弁してくれ。手を貸すと言ったのは俺だ。だから邪魔はしない。だがな、俺にもポリシーがあるんだ」
今更、遊撃隊を抜けて正面突破の部隊に加わるなんて不可能だ。だからといって、こんなチキンな作戦に本気で加わるのも御免だ。敵国とは言え、強大な敵を前に必死で闘っている人間に後ろから忍び寄って首を切るような真似はどうしても出来なかった。
だから、今のまま遊撃隊と行動は共にするが、よほどの事が起こらない限り自分は戦いに参加しない事にした。
隊長も特に異論は無いと言う事で、そのまま作戦は続行された。
そしてそれから一週間後、天変地異に並ぶ事態が発生したのだ。ギャロットの前には壊滅状態となった遊撃隊が居る。
10倍の戦力差をひっくり返す軍師という存在は居なかったのだが、少なくとも、数千人規模の兵力と同じ戦力があると言われている遊撃隊が、たった一人の人間により壊滅したのだ。
これにはギャロットも驚かずにはいられなかった。
「どういう事なんだ?」
「ギャロット様、奴です。レイチェルが切り込んで来ました」
「なに!?」
「既に我が隊の大半は再起不能です。もはや作戦を続行できる状態ではありません。至急、本体に連絡を!」
レイチェル=マルソリア。
聞いた名だ。
超S級と言われ数々のエピソードを聞く。
ギャロットも国内では同じように担ぎ上げられているが、彼女は世界中にその名を轟かせている。
「いけませんギャロット様。あなたまで倒れてしまったら、この事を本体に連絡する事が出来ませぬ。なにとぞ」
「俺が食い止めてる間に誰かが行けばよい」
「この戦場のなか、もはや一人で本体まで辿り着ける者はおりませぬ」
「言ったろ、俺だってポリシーという物がある。目の前でこれだけの事をされたんだ。黙って引ける訳はないだろ」
血が騒ぐとはこの事か。
目の前に未だかつて出会った事の無い強敵がいる。ギャロットは隊長の制止も聞かず、レイチェルの下へと突っ込んで言った。地走りのスキルで強化された突撃は、まるで飛竜が低空飛行した時のように砂煙を巻き上げて彼の軌跡を描いた。
笑みを浮かべながら颯爽と登場したギャロットに対して全く動じることなく女が呟く。
「ほう、やっと骨のある奴が出て来たか」
女騎士レイチェルである。
話に聞いていただけで見るのは初めてだ。
一見すると小柄な体格で大した威圧感も無く、豪華な剣や鎧を装備していなければそこらの兵士と見間違うほどである。
しかしギャロットは彼女の内に潜む強さの片鱗を確実に感じ取っていた。
コイツは強い。
今まで出会った敵の誰よりも強い。
名前を聞いただけで体は既に戦闘モードに入っていたが、こうして対峙すると更なる高みに到達する。
相手が強ければ強いほど、その実力を発揮する事ができる。
かつて彼の師匠に言われた言葉だ。自分ではそんな感覚を覚えた事は無かったのだが、師匠は彼の事をそう評価してくれていた。
十数年の時を経て、ようやくその言葉が理解できた。
体の芯が熱い。
ギャロットはパワーを一気に爆発させた。
初撃にこれだけの力を込めた事はない。様子見なんて必要なし。全力でぶつかる必要のある相手だ。
残像が残るかのようなスピードで放った一撃を、女は微動だにせず受け止めた。
そう、これは挨拶だ。
この落ち着きようからすれば、おそらく相手は十分に避けるだけの余裕があったはずだ。にも関わらず受け止めた。
まだまだ本気度が足りないとの催促なのであろう。
よかろう。望むところである。
ギャロットは剣に自らの闘気と魔力を流し込む。それを見て女も光を身にまとい始めた。
あれは聖なる光か。
強いバリアと共に身体能力を大幅に強化するスキルだと聞く。
バリアについては何の問題も無い。あの程度の強度であれば、紙を割くかのように切り払う事が出来るだろう。
厄介なのは、身体能力強化か。唯でさえ強靭な肉体が更に強化されるのだ。果たして数々の神獣をも打ち破ったという彼女の実力はいかほどの物なのか。これから自分が身を以て味わうのだ。
「!!!」
いざ踏み込もうとした瞬間、逆に彼女から切り込んで来た。
なんというタイミングだ。もう既に体は行動を開始し始めているのだ。避けれる訳がない。ギャロットは不覚にも奥の手である闘気バリアを発動し、彼女の攻撃を防いだ。
魔力と闘気を練り合わせて障壁を作りだすとっておきのスキルだった。世界中にその存在は殆ど知られていない。また、知られていたところで彼ほどの闘気を出せる人間にしか使いこなす事は出来ないものだ。
「くっ!何だこれは」
レイチェルの剣が闘気バリアに食い込み、その場で固定される。引き抜こうとしても、簡単に抜けるものではない。ここぞとばかりにギャロットは攻撃を仕掛けた。
「はぁぁっ!!」
彼の剣にも闘気と魔力が十分に練り込まれており、これを防げるものは知る限り存在しない。かの有名なジュラードという盗賊が持っていた盾も一撃で真っ二つに叩き切ったのだ。絶対に破壊出来ない盾だったと聞く。
レイチェルは剣を諦めたらしく、後方に飛びのいた。さすがに受けきれないと悟ったのか。だが直ぐに空間収納より代わりの剣を出した。
「不思議なスキルだな。見た事もない」
「とっておきだったんだがな。あんたのカウンターにやられて思わず出しちまったよ」
「ははは。それは儲けものだ。他にも楽しい物を見せてもらえそうだな」
「けっ。余裕だな」
「そうでもないさ。少なくともここ数年はお前ほどの人間に出会った事がない」
ってことは、ゼロではないって事か。
そう言うと同時に再度、彼女に対して切り掛かる。奥の手を出してしまった以上、もう作戦も何も無い。そうレイチェルに認識させるように。
戦いは一進一退だった。
この小さな体の何処にこれだけのパワーがあるのかと思うくらい、彼女の攻撃は重くて速かった。だがギャロットも負けてはいない。力と力のぶつかり合いで負ける訳には行かないのだ。ここは意地でも踏ん張る必要がある。
それは相手が女だからというちっぽけな理由ではなく、ポリシーなのだから。
戦争や戦乱で知恵をめぐらす事は否定しない。自分は馬鹿だから出来ないが、どこかの頭の良い奴が頑張って知略を巡らして勝てば良いのだ。「汚い手を使うな」などと、そんな綺麗事を言うつもりもない。どんな手を使ってでも勝たなければ、国は無くなってしまうのだから。
しかし純粋に人対人で決闘する上では、奇を狙った戦いをするつもりは無かった。そんな事をして勝っても、これっぽっちも嬉しくないからだ。それなら初めから策を巡らし、戦争として勝負すれば良い。1対1で闘う必要なんて無いのだ。
だから今は、純粋に世界一と言われる人間と真っ向勝負をしている最中であった。帝国最強と言われる自分がどれだけ通用するのかと。
通用しなくは無かった。
何度か彼女の慌てる瞬間も見れた。ダメージも少しは与える事が出来ているはずだ。
しかし、ただそれだけだった。
この女は強い。強すぎる。
全てを注ぎ込んでも、おそらく勝てないだろう。
認めよう。俺の負けだと。
決闘で負けるなんて何年振りだろうか。帝国最強と言われ、少し有頂天になっていたのかもしれない。上には上が居ると師匠からは何度も忠告されていたのに。
幸い、こちらも動けない程のダメージは負っていない。身体は十分に動く。
もう決闘は終わりだ。俺は俺の責任を果たさなければならない。
つまりここからは戦争なのだ。
隊長からの命令を無視して彼女に闘いを挑んだ責任は取らなくてはならない。
ギャロットは今まで以上に魔力と闘気を練り上げ、蓄積する。そして、すり足でじわじわと相手との距離を縮めて行く。チャンスは一度きり。失敗すると、今度こそ本当に後が無くなる。
あともう少し。剣を振れば届く間合いに入る必要がある。何か企んでいると伝わっているはずだが、向うから切り込んでくる様子は無い。彼女の性格なのか、あるいは何を仕掛けてくるのか見てやろうじゃないか、という余裕の表れなのか。
いずれにしても待ってくれたのは幸いだ。ギャロットはスキル『二神』を発動させた。剣に封じられていた神が降臨し、レイチェルに襲い掛かる。ギャロットの持つ剣は、太古の神々が宿っていると言われる12の神器の一つだ。
さすがのレイチェルも、これには驚いたであろう。
当然だ。
目の前の敵が突然二人になったのだから。それも至近距離である。そこらの達人なら、何が何だか分からないままにあの世行きだ。たとえSランクの冒険者であったとしても、突如出現した神の一撃と、ギャロットの渾身の一撃を立て続けに受けきる事は出来ないだろう。
だが彼女は違った。2撃とも防いでしまうとは、この女は一体何者なのであろうか。彼女こそ、神ではないか。
それがギャロットの率直な感想だった。
今までこのスキルを発動したのはたった一度きりだ。
5年前に南国パプリカと戦争状態であった際、相手国の闘将との対決になった。
その時は互角以上の戦いが出来ていたのだが、ちょうど神器を手に入れた直後とあって一度試し撃ちを行ったのだ。
結果は一撃である。
完全に騙し討ちのようなものであった。だからそれ以来は封印していたのだ。
いや、そう思ったのはギャロットだけであり、周の人間からは単なるスキルなのであるから、騙し討ちでも何でもないと言われたのだが。
やはりこれは、自分のポリシーなのだ。
これは決闘で使う技では無い。そう思って封印してきた。
「ふっ。これを防ぐのか。なんて奴だ」
ギャロットは自嘲した。これほどの相手に、自分のポリシーうんぬんでスキルを封印するなどと、俺は勘違い野郎だったのだと。
「いや、防げなかったな」
彼女は言う。そして、そのまま崩れ去った。彼女の背後には、もう一体の神が居たのだ。
そう。スキル『二神』
二体の神が同時に降臨し、相手の前と後ろから同時に襲い掛かる。やられた相手はなす術も無く、神の攻撃を受ける。本来ならそれで終わりだが、彼女のような強敵には、如何に神の一太刀といえど致命傷にはならない。
そこに、ギャロットの渾身の一撃が見舞われるという筋書きだったのだが、あろうことか彼女は神の攻撃を受けつつも全く怯むことなくギャロットの攻撃を防いだ。
「防いださ。このスキルは、あくまで俺が止めを刺すためのものだ。それが見事に防がれちまった。まいったねこりゃ」
致命傷にはなりえないと言っても背後からの神の一太刀を受け、もはや戦闘不能である事は一目瞭然だ。あとは上から剣を振り下ろすだけである。既に戦争モードになっているとは言え、この行為は流石に躊躇してしまう。
単なる殺戮だ。
そんな声が頭の片隅から聞こえて来る。
違う!
これは戦争なのだ!!
そう必死に自分に言い聞かせながら、力強く剣を振り下ろす。
「なっ!」
その剣は、バリアによって防がれた。
球体の薄い膜がレイチェルを覆っている。見たことも無いものだ。
ギャロットは、再度剣に闘気と魔力を注ぎ込み、力いっぱい振り下ろす。
しかしバリアはびくともしない。
「ありえん……」
「ギャロット様、我々も手伝いましょうか」
「無理だな。何のスキルかは知らんが、ジュラードの盾をも叩き切った俺の剣が全く通用せん。やるだけ無駄だよ」
「しかし……」
「みたところバリアの中では治癒術は使えないらしい。これだけの傷だ。治るには相当時間が掛かるだろう。見張りだけ残してルマリア城へ急ぐべきではないか」
仕留める事は出来なかったが、足止めは出来た。
今は彼女との決闘にこだわるべきではない。それに、バリアを破れない以上は手の施しようもない。
「いいか、万一バリアを解いて治癒術を施そうとしたなら素早く仕留めるんだ」
「はっ!」
「逆に回復してしまったなら、直ぐにこの場を離れろ。お前らでは手も足も出んからな」
「心得えております」
次に会ったらどうやって闘うかな……。
馬車の後方からだんだんと小さくなっていくレイチェルの姿を見ながら、ギャロットは小さく呟いた。
同じ技は二度と通用しないだろう。このままでは絶対に勝てない。
これはまた、師匠の所に出戻りかもしれない。きっとまたボロくそにこき下ろされるだけだと思うが。
気が付くとギャロットは笑っていた。




