第39話 任務完了?
「ちょっと小耳に挟んだんだが、レジスタンスの女頭領に苦戦しているらしいな?」
「ふんっ。貴様に迷惑は掛けとらんわ」
「そんなに突っかかってくるなって。んで、そいつの娘を人質に取る作戦なんだろ? 相変わらず頭だけは回るようで。さすがは大老というだけの事はある」
「その呼び名は止めろと言っておるだろう」
ジェルヴァは別に大老という地位に就いている訳では無い。この男がふざけて勝手に呼んでいるだけなのだ。
皇帝の側近であり、己の能力に絶対の自信がある彼は、この世に怖い物なんか無いとでも思っているのだろう。まさに傍若無人である。
だがそれよりも気になったのは、ラーシャの娘を人質にする作戦が漏れてしまっている事だ。まぁこの男が権力を笠に無理矢理聞き出しただけだろうとは思うが。
「俺も手伝ってやろうと思ってよ。拉致っておいたぜ」
「なに!? ラーシャの娘を?」
「そそ。まぁ礼には及ばねぇよ。この前しくった詫びだ」
ジェルヴァは頭を抱え込んだ。
なんて事をしてくれたんだ。まだラーシャの行方は分かっていない。なのに先に娘を拉致してしまえば、奴は余計に警戒してしまうではないか。
折角の良コマを、みすみす無駄にしてしまった。
ジェルヴァは目の前で得意そうに胸を張っている大男の鼻をへし折ってやりたくなった。
「おおお、なんだ? うれしくないのか?」
「ギャロットよ。最悪だ。物事には順序と言うものがあろう。お前の軽率な行動のせいで作戦は台無しだよ、全く……」
「おいおい、一体何だって言うんだ。奴の親父が見かけによらず強敵だったんで、お前の部下だけじゃあ手を焼くだろうと思って手伝ってやったのによ」
「手をこまねいて居た訳では無い。タイミングを見計らっていただけだ」
ジェルヴァは説明するのもアホらしくなったので、ギャロットに皮肉たっぷりの礼を言って退出させた。
奴もバカでは無いらしい。
珍しく場の空気を感じ取ったのか、大人しく部屋を出て行った。心なしか、その背中が小さくなったような気がする。
その背中を見てジェルヴァは考えた。
皇帝直属の配下である彼に対し、本来ならジェルヴァが命令する事は出来ない。だが今なら大きな引け目を感じているはずである。
いや、案外しばらく時間が経つとすっかり忘れてしまっている可能性も無くはないが。
だが今回の一件も彼は『この前しくった詫び』だと言った。
ちゃんと前回の失敗を覚えてくれていたと言う事だ。なら、失敗が2つ重なったらなら更に引け目を感じるだろう。
ギャロットの武力は非常に使える。
……武力だけは。
そして、武力が大きく物を言う場がある。
戦場だ。
それも特別な駆け引きなんか無く、単純な力と力のぶつかり合いとなった戦場では彼の存在はまさに鬼神である。
「おい」
ジェルヴァは部下の一人を呼ぶと、そっと耳打ちした。
ルマリア攻略において戦力不足で大変苦戦しているとギャロットにそれとなく伝えるのだと。
大切なのは形だ。ジェルヴァは何も命令していない。単に作戦と状況を少し伝えただけだ。それによって勝手にギャロットが戦場に赴いても何らお咎めを受ける事はない。
最悪、彼に何かあったとしても自分の部下でも何でもないため、痛くも痒くも無いのだ。
かくしてジェルヴァは一騎当千の力を手にいれる事が出来た。
◆
海斗はレイチェル達と共にコンラート国の拘留所でジェイコブの引き渡しに立ち会っていた。
できればさっさと引き渡してランソールに帰りたい所なのだが、残念ながら3日後から始まる審議会に参加せよとの命令が下っていた。本来なら、この老人と闘ったチェストン達も参加すべきなのだが、既に詳しく状況は聞いている事だし、海斗だけで良いと言う事になったのだ。
3日後なら何とかランソールまで一旦帰れない距離ではないが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
レイチェルが付けていた金属製の鎖のようなものを、城の兵士に手渡す。これは単なる鎖ではなく、魔力付与されたもので簡単に切断できる代物ではないらしい。
この鎖でジェイコブと城の兵士3名が繋がれる。
「ふぅ。仕事とは言え、他人と鎖で繋がれたままの生活は苦しかったぞ」
「お疲れ様です、レイチェルさん。でも、どうして拘留所に入れたのに兵士の人と鎖で繋ぐ必要があるのですか? しかも3人も」
「言ったろう? こいつは転移魔法を使うからな。私の見たところ、一緒に飛ぶ人数に比例して魔力を消費するらしい。多分、兵士を2人繋いでおけば転移出来ないだろう。3人にしたのは念のためだ」
そういえばコンラートに移動中に色々と話しを聞いたのだ。
ジェイコブの転移魔法は、術者と物理的に接触していると、接触している人間も一緒に飛んで行ってしまうらしい。
空間回帰が馬車ごと飛ぶのと似ているようだ。空間回帰と違って、人数によって魔力消費が増えるらしく、レイチェルと2人で飛んだ際は、ジェイコブは魔力が極端に枯渇してのたうち回っていたと聞いた。
ということは、これから3日間ずっと兵士たちは不自由な生活になる訳だ。可哀想に。いや、まあ交代すれば良いのか。
海斗が憐みの目をもって兵士をみてると、魔術師らしき人達がぞろぞろと拘留所に入って来た。
鑑定すると『結界師』と出た。
そんな職業もあるのか。
というか称号は結構自由に付ける事が出来るから、あまりアテに出来ないかもしれない。帝国の狩人のように。
「来たか。早速初めてくれ」
「はっ」
レイチェルが促すと、3名の結界師が詠唱を始める。
まるでお経のようだ。
「レイチェルさん、これは?」
「結界だよ。こいつは強力なスキルを使うからな。いくら転移魔法を封じた所で強引に突破される可能性があるからな」
そうか。今までレイチェルの存在が、それを抑止していたのだ。彼女が居なくなれば別に転移魔法を使わずとも実力で十分逃げる事は出来るのだろう。もしかするとAランクの冒険者が数名居れば大丈夫かも知れないが、レイチェルでも結構苦労したと聞いたので、ダメかもしれない。
爺さんを中心に、魔法陣がうっすらと浮き上がる。
結界が完成したようだ。
「3人で大丈夫なのか?」
「問題ないでしょう。1人でも十分かと」
「一応試してみるぞ。少し離れて居てくれ。」
レイチェルはそう言うと掌を魔法陣に向けて詠唱を始めた。
きっと適当な攻撃スキルをぶつけてみるのだろう。魔法陣の中にはジェイコブも居るのだが、もし結界を突き破ってしまったら、ヤバいのではないだろうか。
そんな海斗の心配をよそに彼女はスキルを発動させる。赤い光線のような光が掌から飛び出したかと思うと、なんと結界を突き破り、ジェイコブの頬をかすめて拘留所の壁を破壊した。
ダメじゃん。
結界師たちも口をあんぐりだ。
まさか破られるとは微塵も思ってなかったという顔をしている。
ジェイコブは、なんて危険な試し方をするのだと激しく抗議している。
そりゃそうだ。
まぁレイチェルの事だから、ちゃんと方向はコントロールしたのだろうが。
「……おい、大丈夫ではないじゃないか」
「いえ、レイチェル様のスキルが強力過ぎるだけです」
「何を言うか。こいつを侮るんじゃない。とんでもないスキルを使ってくるんだぞ。とりあえず倍の人数でたのむ」
「倍ですと? それでは殆ど総出の体制になりますぞ!」
「良いではないか。今のところ、他に結界が必要な事案が発生している訳でもあるまい」
「彼らにも休息は必要ですじゃ」
結界師のボスらしき人物が一生懸命抗議している。見たところ10人も居るようには見えない。一日中張り続ける必要があるのに、2交代すら出来ないというのは確かに大変そうだ。
「気の抜けるような事を言うでない。普段何もせずに唯メシを食らってるんだ。こんな時くらい頑張ってもよかろう」
歯に衣着せぬとはこの事か。だが彼らが言い返さない所をみると、普段は本当に何もしていないのだろう。もちろん魔術の訓練はやっているだろうが、今回のように結界を張るような事態が発生しない限りは何もしていないのだろう。それこそ冒険者や町人たちが支払っている税金で生活しているのであれば、頑張ってもらいたいところだ。
しぶしぶと言うか、無理矢理納得させられた結界師たちは、6名体制で結界を維持し続けた。人数が倍になったのだから単純に考えると威力も倍になったのか。それとも相乗効果で更に強力になったのか。特にレイチェルは2度目の試し撃ちはしなかった。
◆
ジェイコブが拘留されてから3週間が経った。
海斗は相変わらずコンラート城で足止めをくらったままだ。そろそろ結界師たちの体力と魔力も限界に近いのではないだろうか。
コンラート国は良くも悪くも紳士的な国のようである。ジェイコブに対して拷問のような事はしていなかった。だが、それを良い事にジェイコブも確信に迫る質問にはのらりくらりと返答を避け、なかなか審議が進まない。
「あの爺さんも、早く吐いちまえば良いのに。じゃないと、いつまでも拘留され続けるだけなのになぁ」
「どうせ悪い事をしてたんだろ。吐けば有罪になって、どのみち罪人になるじゃねぇか」
「んじゃもう、有罪でいいだろ。俺はもう疲れたぜ」
兵士たちも遅々として進まない審議に業を煮やしているようだ。
海斗はランソールに残したままになっているユリエスの事を心配に思いながらも、どうする事もできないために仕方なく、魔石の整理を行っていた。
ジェイコブの家から入手した魔石だ。
国から依頼を受けたレイチェルから正式に任されたのだ。だから、海斗が合成しても罪人にならないはずである。
念のため、スキル合成と念じて照準を合わせても、特にステータスウインドウが光る事はなかった。問題なさそうだ。
とりあえず手頃そうな『魔力増幅』あたりを付けてみると、予想通り『特殊スキル』のほうに付いた。『基本スキル』のほうには店で購入した『魔力強化』を付けているため、重複して効果があるのかどうか確認したいところだ。
他にもいくつか強化系のスキルを付けて、城の周辺で試してみた所、問題なく効果は上乗せされていた。あまり城から離れないようにと注意されているので、弱いモンスターでしか試せておらずイマイチ効果が分かりにくいのだが。
それなりの収穫にホクホク顔の海斗ではあるが、何といっても目的は時空魔法である。
これが出来ないことには意味が無い。
だいたいスキル名から推測ができるため、時空魔法になりそうな魔石を探して片っ端から付与を行い、合成を試みる。
相変わらず失敗作が多いものの、何個か掘り出し物もあった。
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特殊スキル:
- 時刻表示
- 時間促進
- 空間固定
- 空間切削
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時刻表示は単に時刻を表示するだけなので大した事ない。この世界では時計も魔道具だからそれなりに高価なため、一応合成せずに残しておくことにする。
時間促進は、試してみたところかなり有効だ。
自分の時間が早く進むという代物だ。相対的に周りが遅くなるため、素早い動きが可能になる。
ただ、長く使えばそれだけ早く歳を取ってしまうような気がしないでもないため、すばやい敵と闘う時だけ使うようにした方が良さげだ。
そして一番の掘り出し物が空間切削である。
一度モンスターで試してみたところ、モンスターの体ごと、空間を切削した。
つまりモンスターの体の一部がゴボッとえぐれてスプラッタ状態になった。
すごいスキルだが、ちょっと使い方は注意しなければいけない。まぁモンスターは死ねば消えてしまうので気持ち悪いのは一瞬だけなのであるが、その瞬間はどうしてもエグいビジュアルになってしまう。
空間固定は文字通り、その場所で固定が出来るものだった。何もない場所に仕掛けると、見えない壁のような物が出来るので空間が固定されたという事だろう。モンスターに掛けると、その場に固定されて動けなくなった。
これは非常に有効なのではと心が躍ったが、1秒くらいで効果が切れてしまった。残念ながらこれでは、あまり利用価値は無い。今後素材が手に入った場合に合成の素材になるかもしれない。
内緒にしておきたいところだが、表向きは魔石の調査依頼を受けた事になっているため、これはレイチェルに報告しなければいけない。
こんなスキルが付いたと知れ渡れば、ドえらい騒ぎになりそうだ。
翌朝、報告のために例の拘留所を訪れると、まだ何も報告していないのに、ドえらい騒ぎになっていた。
ジェイコブが脱走したというのだ。
すぐさま現場へと掛け付ける。
そこで海斗が見た物は、爺さんの『手』だった。
「……これは?」
恐る恐る、近くの兵士に尋ねてみる。
「じじいめ、腕を切りやがった」
「は?」
「腕を切断して物理的な接触を失くした上で、転移したのだ」
ジェイコブは、複数の兵士達と鎖のようなもので繋がれていた。レイチェル曰く、転移スキルの消費魔力の関係で、複数人と鎖で繋いでおけば転移が出来ないらしい。だからジェイコブは逃げる事が出来なかったのだ。
接続されている鎖は特殊なもので、そう簡単には切断出来ないらしい。しかしそれを強引な方法で文字通り断ち切った。
おぞましすぎる。
自分で自分の手を切断するなど、とてもじゃないが海斗には怖くて絶対出来ない。
果たしてそんな事が出来る人間が存在するのか。
アニメなどで怖い職業の人が自分で指を切断するのは見た事があるが。
腕を自分で、は無いな。
そもそもノコギリか何かで切断しようとしても、そうそう簡単では無いはずだ。無理矢理やっても余りの痛みに途中で辞めてしまうと何かの本で読んだ事がある。しかしスキルを発動して一瞬で、とかなら可能かもしれない。
それとも麻酔効果のようなスキルがあるのかも知れない。
ううう。気持ち悪くなってきた。
「おお海斗、ここに居たか」
レイチェルが声を掛けて来た。
彼女も少し慌てているようだ。なんといっても苦労して捕らえた人間が脱走したのだから。
と思ったら、そうではなかった。
「さっき本国から連絡があってな。緊急で戻らねばならん」
「本国ってルマリアですか?」
「ああそうだ。どうも戦局が怪しくなったらしい」
最後のほうの言葉は、小声でささやくような音量だった。先日まで特に問題ないと言っていた気がするが、戦局と言うものはそれほど急に変わるものなのだろうか。
「オレはどうすれば?」
「お前の任務は完了だ。ランソールに戻って良いぞ」
どうも気持ちの良い終わり方ではないが、とにかく晴れて自由の身にはなった。
「わかりました。ではレイチェルさん、緊急の用事が終われば、また声を掛けてください。実は例の魔石について少し分かった事がありますので」
「おおそうか! さすがだな海斗。その件は引き続きお前に一任する。ではまたな」
あのレイチェルが。
自分の興味のためとあらば、国のミッションよりも優先する彼女が。
なんと、魔石の話題に大した反応なく行ってしまった。
もしかすると、単に戦局が怪しくなったというレベルでは無いのかもしれない。
とは言うものの、海斗が手伝える問題ではないのは明白だ。
ここは彼女に任せておくしかないだろう。




