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第36話 一切れのパン


「ほんと!?」

「ああ、じゃがな。このスキルを習得するには大きな危険を伴うんじゃ」

「どうしてなの?」

「強力すぎて、お嬢ちゃんの体が耐え切れないかもしれないんじゃ。最悪、死すらありえる」


 それでも良いのか?と、問いかけられる。


 物心ついた時から、ずっとひもじい思いをしてきた。それだけなら未だしも、変な連中に売り飛ばされ、更に劣悪な仕打ちを受けるようになった。


 やっと逃れたと思ったら、唯一優しくしてくれたお兄ちゃんは居なくなり、また元の村人時代の生活に戻ってしまった。更には、もう少しで再度、売り飛ばされる所だった。


 これから自分はどうすれば良いのだろうか。

 もしこのまま、お兄ちゃんを見つける事が出来なければ夢も希望も無い。


 一度、あの温もりを知ってしまった心は、もう後戻りは出来なかった。


 老人に覚悟の意を伝えると、差し出された魔石を飲み込んだ。さまざまな想いを胸に抱きながら、強く念じる。


 やがて体中がきしむような痛みに襲われ、その場でうつ伏せに倒れ込んだ。全ての神経が激しく暴れ出し、頭のてっぺんから指の先まであらゆる場所を内側から突き破るように責め立ててくる。


 つらくても痛くても、気を失う事すら出来ない。

 まるで意識があるままに体を包丁でみじん切りにされているかのようだ。


 時間の感覚など全くないが、それでも体感的に1時間くらい経っただろうか。痛みは全然引かないものの、さすがに意識を保つ事ができなくなってしまったのか、ユリエスは眠るように目を閉じた。


 今から死を受け入れようとしているのか、それとも、無事に試練に耐えてスキルが手に入ろうとしているのか、どっちだろうか?


「ふむ、やはりダメじゃったか……」


 動けなくなったユリエスの脳裏に、老人の呟く声が聞こえてくる。

 やがて彼女の意識は闇へ溶けるように消えて行った。


          ◆


 ジェイコブは再度、異空間トンネルを使って帝国領へと戻って来ていた。素材を集めるためだ。


 スキル生成にて色々な魔石を造りだす事は出来るが、とにかく失敗作が多すぎる。

 この特殊なスキルを手に入れてから、30年が経過した。肉体的にはもう老人と呼ばれる年齢だ。あちこちにガタが来ている。このままでは若返りのスキルを生成する前に寿命が尽きてしまうのではないか。

 

 もちろん、若返りのスキルを造りだせる保証はどこにもない。だが数多くの特殊なスキルを生成する事により、今ではもうSランクの冒険者に肩を並べるほどの力を手に入れる事が出来ている。更なる力を求めても良いが、そこに必要性を見出す事は出来なかった。それならば、いっそ若返りのスキルを探求した方がよいのではと思い始めたのだ。


 だがしかし、先日とある女騎士に後れを取った。

 まさか、ジェイコブを超える人間が居るとは思わなかったのだ。


 若返りのスキルを探しながらも、もう少し強力な戦闘スキルも研究した方が良いかもしれない。


 いずれにしても、素材を大量に集める必要がある。


 ジェイコブは素材となるモンスターを探すため、探索スキルを発動させた。

 すると、いくつかのモンスターに交じって人間らしき生命体の存在が確認できた。


 おかしい。

 この辺りは通常の人間が来る場所ではない。


 もしやと思い、気配遮断のスキルを発動させながら近づいてみると、やはり、レイチェルという女騎士だった。


 どうするか?

 見つかれば、また捕まえようとして来るだろう。前回はジェイコブの攻撃を全てシャットアウトされてしまった。もう一度戦っても同じ結果だろう。あやつは強すぎる。


 だが今なら不意を突いて倒す事ができるかもしれない。

 やるか?


 いや、余計な戦闘は避けるべきだ。相手が相手だけに。


 このままじっと岩陰に隠れたまま、通り過ぎるのを待つのだ。しかし、これほど執拗に探しているとなると、暫くの間は拠点を変えた方が良いかもしれない。それなりに素材が高確率で入手できる場所であるため、甚だ迷惑なのであるが。


 ジェイコブが忌々しそうにレイチェルを眺めていると、彼女のもとに一体のモンスターが襲い掛かって行った。強化クレムリンだ。Bランクのモンスターだが彼女にとっては赤子を捻るようなものだろう。


 と思って観戦していると、どうも様子がおかしかった。

 ひどく苦戦しているのだ。


 切り付けた剣は跳ね返され、何度もモンスターに殴り飛ばされている。


 毒を受けたか何かだろうか。

 しかし超S級の人間が、たかが毒程度でどうにかなるものでも無いはずだ。何か呪いのようなものだろうか。それとも伝説級のモンスターと闘った直後なのだろうか。


 もしかすると、これはチャンスかもしれない。


 ここから遠距離魔法を撃てば当たるかもしれない。だが避けられる恐れもある。避けられた場合、ジェイコブの存在を知られる事になり厄介だ。


 それよりも、このままモンスターにやられてしまうのが一番良い。

 

 しかし痛めつけられながらも彼女は必死に反撃している。なかなか死にそうにないのだ。本当にしぶとい奴だ。

 痺れを切らしてこちらから攻撃を仕掛けようかと考えだしたとき、強化クレムリンの爆裂魔法によってレイチェルが激しく吹き飛ばされた。


 飛ばされた先はジェイコブの目と鼻の先である。


 この距離だと、さすがに外れる事はないだろう。

 今しかない。直ぐに詠唱に入る。


 ほんの数秒で発動する魔法だ。当たれば強化クレムリンと共に葬り去る事が出来るはずだ。


 ジェイコブがスキル発動のために右腕を上げた瞬間、その腕は胴体から切り離されて宙を舞った。


 何が起こったのか分からない。

 右肩のあたりから強烈な痺れが伝わって来る。一体どうしたと言うのか。


 あまりの出来事に脳の回転すら追い付かなかった。


「ぎゃぁぁぁぁあああ!」


 一瞬遅れて自分の叫び声が爆発する。そして倒れ込もうとした体は誰かに支えられた。


 レイチェルだった。


「な、なぜじゃあ!」

「すまないな。少し演技をさせてもらった」


 彼女はそう言いながら強化クレムリンに掌を向けてスキルを発動する。


 一瞬でモンスターの頭が粉砕された。

 これが彼女の実力なのだ。


 ジェイコブはようやく理解した。嵌められたのだと。


 にわかに信じられないが、彼女はおそらくジェイコブが隠れている事を認識していたのであろう。普通に近づけば、また転移魔法で逃げられると踏んで策を施したと思われる。どこまでも忌々しい奴だ。


 だがとにかく重要なのは、この場から逃げる事だ。彼女はもしかすると体を痛めつければ転移魔法が使えないとでも考えたのだろうか。残念だがそんな事はない。転移魔法は念じるだけで発動できるのだ。意識さえあれば何時(いつ)いかなる時でも飛ぶことが出来る。


 ジェイコブは、あらかじめセットして置いた地点に無事転移した。先ほどの場所とは遠く離れた場所だ。


 転移魔法自体は問題なく発動し、成功した。

 だが転移した瞬間、ジェイコブはかつて味わった事のない程の魔力枯渇に陥った。


 何故だ?

 確かに転移は膨大な魔力を消費する。いつも、飛んだあとは魔力回復の魔石を使うか、しばらくの間休んでいないと活動に支障をきたす程に枯渇していたのは事実だ。


 だがこれ程までに体が悲鳴を上げた事は初めてだ。


 もはや立っている事すらできず、そのまま地面に倒れ込む。片腕を切り取られた上に何十年か振りに味わった死の恐怖。もしやそれが原因なのか?


「やはり私の睨んだ通りだったな」


 そんなジェイコブをあざ笑うかのように、聞き覚えのある声が頭上から降って来る。


「……な、な」


 なぜだ?と言う言葉すら発する事ができない。

 もう一度転移するだけの魔力は勿論残っていない。何より、もう立ち上がる事さえ出来る状態ではなかった。


「とにかく腕は返しておこう」


 彼女はそう言うとジェイコブの右腕をあてがい、治癒スキルで元通りにしてしまった。超高等スキルだ。こんな一瞬で治るスキルはそうそうお目にかかれるものではない。


「すまないが、手枷は付けさせてもらっているが、な」


 くくく、と彼女は小さく笑う。

 見ると自分の右腕と彼女の左腕は金属製のチェーンのようなもので繋がれていた。


「私も確信があった訳ではないのだがな。術者と物理的接触があれば一緒に転移できるのではないかと思ったのだよ。まぁ見事に成功した訳だ」


 それはジェイコブですら知らない事実であった。


 そもそも転移魔法自体、この世界で他に一度も見たことがない。なのに、その存在を把握した上で術者と一緒に飛ぶなどというジェイコブですら考えた事もないような仕組みを解明するなどありえない。


「まぁそう怖がるな。取って食ったりはしない。だがお前の言ったように大ごとになっているのは事実だ。残念ながら、な。……何故、私が残念だと思うか分かるか?」


 そう言って笑みを浮かべながらジェイコブの顔を覗き込む。

 この女は一体何が言いたいのか。


「私はお前に興味があるのだよ。コンラートと帝国のダンジョンを何やら不思議な仕掛けで転移できるようにしたのはお前だろう? それにお前の使う魔法も、見たことのないものばかりだ。私はな、そういった珍しいものに興味があるのだ」


 興味がある人間を捕まえたは良いものの、国に差し出さなければならない事が残念というのか。


 ということは、上手く交渉すれば開放される可能性もあるかもしれない。

 ジェイコブは慎重に言葉を選びつつチャンスを伺うことにした。


          ◆


「はああ。食料はあとこれだけか……」


 海斗が差し出した食料をみてパーティメンバが呟く。


「文句言うなって。むしろ、これだけの食料を持ってくれていてサンキューと言うべきだぜ。俺なんか何も持ってなかったんだからな」

「そうよね。長旅ならともかく、今回の依頼(クエスト)でまさか保存食が必要になるなんて夢にも思わなかったもんね」

「そう言うこと」


 海斗は空間収納(アイテムボックス)に保管していた食料を少しずつ皆に分け与えていた。

 

 が、それも尽きた。

 ついに今日、皆に配った分で最後となったのだ。


 白蛇王(ホワイト・バジリスク)の討伐を終え、いざ戻ろうとすると天井の岩が崩れており、閉じ込められてから早一週間。とうとう食料が尽きた。


「そろそろ俺のツレが探しに来てくれるはずなんだがなぁ……」


 この場で餓死してしまうといった恐怖が無くもなかったのだが、きっと誰かが不審に思って探しに来てくれるだろうという考えが大きかった。海斗も、もしかするとレイチェルが来てくれる可能性を少しは考えていた。

 

 だが、彼女は例の老人の捜索に出たきりだ。あまり期待はしていない。それよりも、他のパーティメンバの知り合いが来てくれるほうを期待していた。短期の依頼(クエスト)で何日も戻らなければ、さすがにおかしいと思ってくれるだろう、と。


 だから緊急事態にも関わらず、空間収納(アイテムボックス)の食料を皆で分ける事にあまり抵抗は無かった。


 しかし、今手元にある食料が最後なのだ。

 かなり遠くにいた死神が、ヒタヒタと近づいて来た感じがする。


 合成で何とかならないかな……?


 手元にある乾いたパンの一切れを選択し、もう一切れも選択する。選択した二切れのパンが赤く光った。


 これは合成できるというサインだ。


 合成すると量が増えるなら、やるべきだ。

 しかし減ってしまうならやるべきでない。


 この光景をみて、海斗は初めて合成を行った時の記憶が蘇った。あれは、確か地面に落ちていた石ころを2つ合成したのだ。結果は、1個の石ころになっただけだった。


 この食料も、単に1個になってしまうだけなら悲しい。


 そうか!

 岩の合成だ。試してみる価値はある!


 海斗は立ち上がるとスタスタと塞がれた通路の前に立った。

 パーティメンバからの不審そうな目線を無視し、目前の岩に照準を合わせる。選択すると、赤く光った。


 そして、もう一つの岩も選択する。


 岩は赤く光っている。合成できるというサインだ。海斗の期待値がMAXになる。

 そして合成と念じると、石ころで試した時と同じように1つの岩になった。


 成功だ。


 その後も次々と岩を合成していく。


「お、おい。一体何が起こってるんだ?」

「私にも分からないわよ! なんなの?海斗」


 後ろで騒ぎ出すメンバには構わず作業を続けた結果、トンネルは開通した。


「おおお、出口だ」

「やった!!!」

「なんなんだよ、お前! 何で今頃になって」


 出来るなら最初からやっておけよとばかりの非難の声も少しは交じるものの、結果オーライとばかりに騒ぎながら、一週間ぶりの太陽を皆で拝んだ。


「おおお、眩しいな。太陽の光ってこんなに明るかったんだ」

「だなー。って、あれ? 誰だ?」


 海斗達が久々に地上に出たところ、二人の人影が此方へと近寄って来た。その内の一人を見た途端、海斗は思わず身構えていた。


 ジェイコブだ。



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