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第35話 迷い迷って


 モンスターを狩りながら、あてもなく歩き続ける。

 こんなにも町を遠く離れたのは初めてだ。見たこともないモンスターばかり遭遇する。それでもユリエスは歩き続けた。まるで行き場を失った孤児のように。家出してしまったので、実際に孤児なのだが。


 ちょうど喉が渇いていたところに、湖が姿を現した。うっすらと霧が掛かっているが、歩いて進む分には問題ない。モンスターが襲撃してきたら、少し厄介かもしれない。ユリエスは深くは考えずに湖のほとりまで進み、屈んで水をすくう。


 乾いた体に冷たい水が染み渡り、ほっと一息つく。このまま少し横になって眠ってしまおうか。そう思ったときにモンスターが現れた。


 ポイズンスネイクだ。

 毒をもっているため、戦ってはダメとお姉ちゃんから何度も言い聞かされていた。だがユリエスは一度だけ戦ってしまった事がある。その時の印象は、思ったほど強くなかったと言うものだ。


 しかし今回は、6匹も居る。

 大丈夫なのだろうか。


 とりあえず一番近くにいる蛇に剣を振り下ろす。

 一撃だ。

 以前は何度か攻撃する必要があったが、あれはお兄ちゃんに剣を強化してもらう前だったのかもしれない。


 とにかく何とかなりそうな事が分かったので、続いて2匹目、3匹目と仕留めていく。だが、残りのモンスターが同時に飛びかかって来てユリエスの体に噛みついた。


「いやっ。放して!」


 慌てて引き離したあと、全ての蛇を葬り去る。

 直接的なダメージは負わなかった。しかし、次第に体の節々が熱く灼けるような痛みを発して来た。体中が痛く、重い。吐き気もする。


 最悪の状態だ。

 本能が危険を知らせて来る。ユリエスは重い体をひきづるようにして、その場所を離れる。早く安全な場所に行かなければならないが、近くに村や町は無い。勘を頼りに少しでも弱いモンスターが居るエリアへと体を進めた。


 こんな状態になっても、もちろんモンスターは容赦してくれない。

 ゴブリンやシルバーウルフなどが次々と襲い掛かって来る。ユリエスは、ふらふらになりながらも必死で剣を振るい退治しながら逃げた。もちろん、いつもより多量に反撃も受け、蓄積したダメージは相当なものになった。


 よりによって、こんな危険な状態のときにグレーターベアと遭遇してしまった。

 強敵だ。表面を覆う毛はまるで鋼のように固く、人間の何倍もあろうかという様な腕力で鋭い爪を振り回してくる。唯一、足が遅い事だけが救いだ。いつもなら姿を見たら直ぐに逃げるようにしていた。


 だが今はポイズンスネイクに受けた毒により、走る事すらままならない。


 あっと言う間に追い付かれ、大きな爪を振り回してくる。


「痛っ!!」


 意識が飛んでしまいそうな衝撃を受け、はじき飛ばされる。這うようにして逃げる姿が面白いのか、グレーターベアは、まるで玩具で遊んでいるかのように、ユリエスの体を何度も何度もいたぶった。


 たすけて、お兄ちゃん……。


 声にならない言葉を発したが、もはや唇すら動いていなかった。


 やがて動かなくなってしまった玩具をつまらなく思ったのか、グレーターベアはいたぶるのを止め、大きく吠えた。


 勝利の雄たけびだ。

 止めを刺さんとばかりに、口を開けてユリエスの咽を噛みつこうとしてくる。


 だがユリエスの中の精神力は尽きては居なかった。

 幼少より厳しい環境で育った心と体は、すこぶる頑丈であった。


 剣を握っていた手に再び力を込めると、グレーターベアの大きな口めがけて力いっぱい突き出した。


 それは見事にモンスターの喉に突き刺さり、グレーターベアの悲痛な呻き声が響き渡る。更にユリエスは剣に精神力をぶつけた。それは、どんな境遇にあっても生きようとする強い意志が為した技なのかもしれない。今まで上手く使えなかった衝撃波のスキルが、初めて発動した。


 喉奥に深く剣を突きさされ、更に衝撃波を内部から受けたモンスターはパニックになった事だろう。その場でもんどり打って倒れ込んだ。


 今しかない!

 

 そう察したユリエスは半分千切れかけた手足で無理矢理立ち上がると、痛みを通り越して気が変になりそうなのを我慢しながら、再度、衝撃波を叩き込んだ。通常攻撃だとびくともしない鋼の肉体も、衝撃波を何度も受けると流石に無傷とは行かなかった。


 ユリエスの魔力と精神力が尽きると同時にグレーターベアの命も尽き、そこには通常ドロップである熊の肉が残った。


 ……お兄ちゃん。

 勝てたよ。お兄ちゃんのくれた、この剣のお陰で。


 もはや指一本動かない。もし、今別のモンスターが現れたら終わりだ。コボルトにすら勝てないだろう。


 と思ったが、剣に付与された回復スキルが僅かながらもユリエスの体に移動するだけの体力を補充してくれていた。


 剣を杖の様にしながら、ひたすら歩き続ける。

 もはや回復スキルだけでは治らない程の深刻な傷が体を覆っている。どこか安全な場所へ早く向かわなければならないが、方向が分からない。


 もし今向かっている方角が強敵の住むエリアだったら、という心配が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。今はもう、自分の勘を信じて一刻も早く進むべきだ。


 どのくらい、歩いただろうか。

 次に遭遇したモンスターは、兎だった。


 ユリエスは一振りで兎を仕留める。

 また僅かながらも体力が戻って来る。ほんの僅かだが、今は貴重だ。

 

 その後も兎やスライムに次々と遭遇した。どうやら方角は間違ってなかったらしい。傷で失われる体力も、低レベルモンスターから吸い取れる体力回復で補う事が出来るようになってきた。


 更に歩き続けると、どことなく見覚えのある景色が見えて来た。


 自分の生まれ育った村だ。

 偶然にも故郷に戻って来た。


 故郷の村では、いつも山菜を集めてすり潰し、スライムゼリーと混ぜて食していた。だから、食する事のできる山菜が何処にあるかも覚えていたのだ。それと同時に、薬草がとれる場所もあった。


 ユリエスは痛む体に鞭打って山菜や薬草を採取すると、村へと入って行った。

 とは言っても、きっと自分の家は無いのだろう。分かってはいるものの、とりあえず中に入ってしまえばモンスターは襲って来ない。数日かけて薬草で手当てを行えば回復するに違いない。


 倒れ込むようにして村へと入ったユリエスを、村人たちは奇異の目で眺めていた。


「お、おい。あれはユリエスじゃねぇか。何故戻って来たんだ?」

「わからん。逃げて来たんじゃないか?」

「それってヤバいじゃないか。もう金はもらってんだぞ」

「知るか。逃がしたヤツが悪いんだ」

「確かにな」


 誰も助けようとはしてくれない。

 しかしそれは分かっていた。村にいた時から、大人たちはそうだった。いつもガウン君と二人で食料採取に行って飢えをしのいでいたのだ。


 ユリエスはそのまま路上で眠りにつき、翌朝、また食料と薬草採取のため村を出た。体は少し回復したものの、まだ剣を杖がわりにして歩かなければならない状態だった。


 何日かそれを繰り返すと、ようやく体が回復してきた。

 もう、モンスターに襲われても大丈夫だ。このまま村に居ても居心地が悪いし、どこかに移動する方が良いだろう。ランソールの町に戻るのは嫌なので、どこか別の町、エイベンとかが良いかもしれない。


 そうだ。

 エイベンの町のギルドでお兄ちゃんの行き先を聞いて、探しに行こう。


 ミムの村からエイベンの町に行くには、南西へ進めば良いはずだ。詳しい場所までは分からないが、歩いていればいつかは辿り着くだろう。途中には強いモンスターも居ない事だし、何とかなるばずだ。


 馬車で2、3日掛かると聞いた事があるので、歩いて行けば何週間も掛かるかもしれない。でも、この辺りのモンスターは恐れる事はないし、適度に森や林があるので適当に草を刈って食べながら進めば良いのだ。


 そう覚悟を決めて歩いていると、誰かが馬車に乗って近づいてくる。


 ミムの村の住人だ。


「ユリエス。お前、もしかして逃げて来たのか?」


 ひどいケガを負って村に逃げ込んだ時には無視していたクセに、今頃何の用事なのだろうか。

 曖昧に首を振って答えると、もう一人の村人も馬車から降りて来た。


「まぁ何にせよ良かったぜ。今年は農作物の状態が悪くてピンチだったんだ。悪いがもう一度、一緒に来てもらうぜ」

「すまんなユリエス。これも村の総意なんだ」


 そう言って腕を掴もうとして来た。


「いやっ!」

「言う通りにするんだ! お前さえ我慢してくれれば、皆が助かるんだよ」

「やめてっ!!」

「くっ! 聞き分けの無いやつめ! おいっ掴まえろ」


 逃げ出したユリエスを、もう一人の村人が追っ掛けてくる。だがさんざん鍛えられたユリエスの足に敵うはずもない。ぐんぐんと距離を引き離していく。


 逃げきれたのかと思いきや、村人たちは馬車に乗って追いかけて来た。いくら早く走ろうとも、所詮は馬には敵わない。それは、スピードも、体力も、だ。


 一時間ほど走った所でユリエスの息があがり、再度追い詰められた。


「なんの真似だ?」


 剣を構えて戦闘態勢に入ったユリエスを見て、村人たちが怪訝そうに詰問してくる。


「来ないで! 嫌よ。もう戻りたくないの!」

「あきらめるんだ。痛い目に遭いたくないだろう?」

「おい、できるだけ傷つけないようにしろよ?」

「大丈夫だって。見ただろ。コイツのケガの治りが早いのを」


 力づくでも捕まえに来る勢いだ。ユリエスは覚悟を決め、村人に切り掛かった。


「なっ!? こいつっ!」

「気を付けろよ! 滅茶苦茶振り回して来やがるぞ」


 何度も死にかけながら狩りを続けたユリエスの実力は、相当なものになっていたらしい。大人たち三人掛かりで向かってきたが、全く手ごたえが無かった。


 あっと言う間に三人とも戦闘不能状態になり、まるでユリエスの事を化け物でも見るかのように恐れおののいていた。


「……し、信じられん。お前、一体何があったんだ」

「こ、殺さないでくれ。な! 俺たちも生きる為に必死だったんだよ」


 口々に勝手な事をのたまっている。

 自分が生きるために、子供を平気で差し出した。その事実が全てであるはずなのに、あろうことか、逃げ出してきたユリエスを再度売りに出そうとしてきたのだ。


 心の奥底から、今まで感じたことがない黒い靄のようなものが込み上げてくるのが分かった。怒りとも違う何かだった。


「帰ってよ!!! もう放っておいて!!」


 黒い靄を吹き飛ばさんとする気持ちが叫びとなって、目の前の男たちにぶつけられた。だが男たちは動こうとしない。このままだと気が変になってしまいそうだったので、ユリエスは自らこの場を立ち去ろうとした。


 そして後ろを向いた瞬間、羽交い絞めにされた。


「おいっ今だ!! 剣を取るんだ!」

「わ、わかった」


 一人が剣をもぎ取ろうとしている間に、腹部に強い衝撃を受けた。もう一人の男が蹴り飛ばして来たのだ。胃の中の物が逆流し、呻き声と共に口から吐き出される。


 その後も殴る蹴るの暴行を加えられる。

 ユリエスは体中に与えられる強い痛みよりも、心の奥底から出て来る『何か』に恐怖していた。


 ――自分が自分で無くなってしまう。


 やがてユリエスの意識は遠くなった。


 次に目を覚ましたとき、目の前には3人の村人が転がっていた。ユリエスを襲った村人たちだ。


 鑑定すると、既に死亡していた。

 一体何が起こったのだろうか。無意識のうちに倒してしまったのか?

 だがあの状態からは、さすがに反撃出来たとも思いにくい。


 モンスターに襲われたのならば、自分も死んでいるはずだ。


「気分はどうじゃ?」


 パニックになっていると、後ろから突然声が発せられた。慌てて振り返ると、そこには老人が一人、佇んでいる。


「随分とひどい事をされたようじゃな。お嬢ちゃんのケガは治しておいたよ」


 そう言われて、はっと気が付くと確かに暴行を受けたはずの体は、何の傷も残っていなかった。


「おじいちゃんが助けてくれたの?」

「まあそうじゃの。あまりにも酷い仕打ちじゃったからな」

「……ありがとう」

「ふむ。どうやら売り物にされたようじゃの? いや、すまん。聞くつもりは無かったんじゃが、いきなりワシの近くでお(ヌシ)らが騒ぎだしたんでな。せっかく逃げ出したのに、また売られそうになったんじゃな?」


 こくり、とユリエスは頷いた。


「あのう……ジェイコブ……さん?」

「ふぉっふぉっ。おじいちゃんでいいんじゃよ」

「これはおじいちゃんが?」


 村人たちを指さして尋ねる。


「そうじゃな。やむをえんじゃろ。……ああそうか、ワシのような老人がどうやってコイツらを倒したのか不思議なんじゃろ?」


 こくり、と再度ユリエスは頷く。


「まぁちょっとしたスキルがあってな。内緒じゃよ」

「そ! そのスキル……」


 焦り過ぎて思わず声が裏返ってしまい、一旦言葉を切った。


「そのスキル、ユリも欲しい……」

「ほう、どうしてじゃな?」


 ユリエスは、捕まっていた時にお兄ちゃんから助けてもらい、その後、離れ離れになってしまった事を説明した。


「お兄ちゃんとやらを探しに行きたいと?」

「……うん」

「その為に、もっと強くなりたいと」

「うん」


 なるほどのう、と老人は考え込んだ。

 思わず勢いでお願いしてみたものの、通常は強力なスキルをそうそう簡単に他人に譲ってもらえるとは思えない。かなり無茶なお願いをしてしまったのだ。


 だから、そうやって老人が考え込む姿をみて、ユリエスは徐々に落ち着きを取り戻していった。どう考えとも断られるだろうと。


 しかし老人からの答えはイエスだった。



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