第31話 現場検証
Bランク冒険者が2名以上居るパーティで、たった一人の老人に手も足も出ず――この出来事はギルド内はおろか、コンラートの国、はたまたルマリア国までも波紋を及ぼした。
海斗がそれを知ったのは、1カ月後の事だったのだが。
惨劇から1カ月後にギルドから呼び出しを受け、そこに待っていたのはレイチェルだった。
「レイチェルさん!」
「元気そうだな、海斗よ」
「もしかして、特殊任務に任命されたというのはレイチェルさんだったのですか?」
「国は戦争でドタバタしているからな。比較的身軽な私に白羽の矢が立ったのだが……。まぁお陰でお前に会えて良かったのかも知れないな」
国も事件の重大性を重く受け止めたらしい。しかし戦争中でどうする事も出来ず、苦肉の策としてレイチェルを派遣したとの事だ。それでもSランクの実力があると言われている彼女を送り込むのは痛手だったらしい。
「で、これから討伐に向かう事になるのだが、ギルドはBランクを何名か付けると言ってくれている。しかし、海斗よ。先にお前に話を聞きたくて呼び出してもらったのだ」
「オレに?」
「ああ。例の村人から逃げる時に何か特殊なスキルを使ったらしいな?」
事情が事情なだけに当然、この話はレイチェルにも伝わっているとは思っていた。もともと海斗としても彼女に相談するつもりだったので何の問題もない。
海斗は場所を変えてもらい、彼女に時空魔法の事を打ち明けた。それに合成の事や、自分が異世界から転移してきた事も。
「何かあるとは思っていたが、まさかな。ふっふっふ。全く、どこまで私を楽しませてくれるんだ」
「隠しててすみません」
「謝る必要はない。そもそもスキルを他人にさらけ出すのは自殺行為に等しいからな。よほど事情が無い限り、そんな事をする馬鹿はおらぬ」
「は、はぁ……」
「そうだな、よし。そのダンジョンには2人で行く事にしよう。悪いが付き合ってもらうぞ」
「え?」
彼女が言うには、大人数で行ったとしても守る対象が増えるだけでかえって足手まといになる可能性があるとのことだった。それに、2人のほうが海斗もスキルを使いやすいだろうと言われた。言われてみると、その通りだ。
「準備が必要ないなら、今からでも発ちたいのだが」
「大丈夫です」
「うむ」
あれから一カ月、ユリエスの修行に付き合って素材も溜まり、彼女向けの武器も造る事ができた。海斗が居なくても修行は問題ないだろう。一旦戻って事情を説明すると、また一緒に行きたいと駄々をこねられる恐れがあるので、このまま旅立つ方が良いと思った。
海斗は受付でミカ宛てに伝言をお願いした。緊急で依頼を受ける事になり、しばらく戻らないと言う内容で。
相変わらず超快適なレイチェルの馬車で問題となったダンジョンへと向かう。
今回は、御者付きだった。
ダンジョン探索に日数が掛かった場合の事を考えて、一旦町に戻ってもらうのだそうだ。
「二日経っても戻らなければ、一旦町に戻って待っていてくれ」
「承知しました」
御者を残してダンジョンへと入る。
例の村人も、既にダンジョン内には潜んで居ないだろう。あれだけの事をしでかしたのだ。如何に戦時中で人手が足りないとは言え、国から軍隊が派遣される可能性がある事は当然予想しているはずだ。
だがレイチェルは一応、何らかの痕跡がないか確認のために現場を見たいといった。
一カ月前と同じく、一匹もモンスターの居ないダンジョンを2人は進んで行く。
最下層にはやはり、村人は居なかった。そして、子供たちも。
「ここに子供たちが?」
「はい、寝かされていました」
「ふむ……。生きたまま光となって消えてしまった、か。一体何をしていたんだろうな」
それから30分くらい、レイチェルは部屋の中を調べてまわった。
特に何も見つけられず、そろそろ諦めて引き返すのかなと海斗が思った頃だった。彼女が岩肌を注意深く調べ出したのだ。
剣の柄でコツコツと叩いたり、グローブを外して素手で触ったりして何かを念入りに調べている。やがて確信を得たらしく、空間収納から杖のような物を取り出した。
===============
Name:破壊の杖
Caption:生成武器
基本スキル:
- 鉱物破壊
===============
見たまんまのスキルなのだろう。レイチェルは壁を破壊しようとしている。
「破片が飛ぶかもしれん。少し離れておいてくれるか」
海斗が離れたのを確認すると、彼女は杖に魔力を流し込み始める。そして彼女の体が白い光に包まれると同時に杖から霧が排出され、目の前の壁に注ぎ込まれる。やがて岩の壁が細かく震えたかと思うと鼓膜に響くような爆発音と共に粉々に砕き散った。
「おお、すげぇ……」
「ケガはないか?」
「はい。レイチェルさんこそ大丈夫だったんですか。かなり至近距離で爆発しましたけど」
「問題ない。バリアを張って置いたからな」
白い光はバリアだったらしい。
バリアを張りながら、同時に杖に魔力を注ぎこんでいたのか。流石としか言いようがない。
だが砕かれた壁の向う側には、見た感じ何もなかった。
ハズレだったんだろうか。
いや、違う。壁の向うは真っ黒な『何か』がある。
最初は黒い壁と思ったのだが、そうではない。闇がある、と言った方が正しいかもしれない。
レイチェルも目の前にある闇の正体が分からないらしい。
杖を収納して再度剣を手に持つと、闇を少しだけ突いてみた。だが剣は何の手ごたえも無いかのように闇の中へと入っていく。
彼女はそのまま、更に深くへと剣を差し込む。そして、腕までも闇へと突っ込んだ。
「レイチェルさん……。危険では?」
「心配するな。多少の事でやられる私ではない」
そう言うと再度バリアを身にまとい、なんと闇の中に頭を突っ込んだ。次の瞬間、彼女の体が闇に吸い込まれる。
「うっ!」
彼女が放ったうめき声を最後に、辺りは静寂に包まれる。
海斗はその場所で茫然と立ち尽くした。
レイチェルが闇に吸い込まれてしまったのだ。
おそらく、自分の力ではどうする事も出来ないだろう。一刻も早くギルドに戻り、救援を呼ぶしかないのか。
しかし、戻ってくるまでに最低でも半日は掛かるだろう。それよりも自分も闇に飛び込むべきなのか。もし脱出不可能な空間に閉じ込められて居たのだとしたら、海斗の空間回帰で戻れる可能性がある。
頭を抱えこんで悩んでいた時間は数分くらいだっただろうか。
なんと、闇の中からレイチェルが戻って来たのだ。
「レイチェルさん!」
海斗は慌てて彼女の下へ駆け寄った。
特に何処もケガをしているようには見えない。
「すまない、驚かせてしまったようだな」
「いえ、無事で良かったです。中はどうなっていたんですか?」
「此処と同じような空間があっただけだ。特に危険はなさそうだったので、お前も連れて行こうと思ってな」
彼女はそう言って海斗も闇に入るよう促してきた。
たった今、目の前で往復した所を見せられたのだから大丈夫というのは頭では分かっていた。が、いざ入ろうとすると、得も言われぬ恐怖感が頭を満たしてくる。
「ふふ。そう怖がるな。大丈夫だ」
という彼女の声とともに、背中を強く押された。
「おわっと!」
突然突き飛ばされてしまい、つんのめった形で海斗は闇の中へと飛び込む事になってしまった。不意打ちされて倒れそうになるのを堪えるだけで精いっぱいだったこともあり、闇を通り抜けた感覚が無かった。
だが、確かに海斗が現在立っている場所は闇の向う側なのだ。
「ちょっと、レイチェルさん。びっくりするじゃないですか」
「ははは。すまないな。あまりにも怖がっていたので、つい」
「つい、じゃないですよ……ホントに」
彼女はお腹を抱えて笑っていた。
レイチェルさんってこんなキャラだったっけ?
「優秀な冒険者なのだろっ。これくらいでビビってるんじゃない。さあ、進むぞ」
海斗の非難をよそに、一人でどんどんと先に進んで行ってしまった。
やはり相当の実力があるからなのだろうが、未知の場所であっても恐怖の一かけらも無いらしい。
「む。上り階段があると言う事は、やはり別のダンジョンと繋がっていたんだろうな」
「そうなんですか。でも近くに別のダンジョンってありましたっけ?」
「わからん。モンスターが地上に出て被害を出さない限りは、あまり探索される物ではないからな。存在していても知られていないダンジョンは沢山あるだろう」
そんな話しをしながら上の階へと進んだとき、突然レイチェルさんが叫んだ。
「海斗、伏せろぉぉ!」
声と同時に真っ黒な炎が頭上を通り越す。
「ぐぁぁ!」
直撃してないのに、体が焼けるように熱い。かなりの高温だ。
「ダークデーモンだ。何故こんな高ランクの敵が居るのだ? 少し離れていろ」
レイチェルに言われるまでもなく、海斗は階段へと逃げていた。遠目にみると、三体のモンスターが襲い掛かって来ていた。先ほどの黒い炎だけでなく、黒い霧や、手に持った槍などバラエティに富んだ攻撃で三体同時に襲い掛かって来ている。
しかし、レイチェルはその全てを素早い動きで躱し、あるいは光を伴った盾で防いでいる。まったく危なげが無いとはこの事だ。
驚くほど短時間でモンスターを仕留めると、ジェスチャーで戦闘終了した事を海斗に教えてくれた。
「すまんな。油断していてバリアを張る間が無かったのだ。次からは気を付ける」
何事も無かったかのように、探索は続けられた。
その後も見ただけで高ランクだと分かるモンスターの猛攻に遭ったが、まるで準備運動だと言わんばかりの軽さでサクサクと敵を倒していってしまう彼女に対し、海斗は改めて驚く事しか出来なかった。
「レイチェルさん、どうしたらそんなに強くなれるんですか」
まだ若いのに……という言葉は飲み込んだ。
「叔父から超強力な装備一式を譲り受けたからな。子供の頃から高レベルモンスターを倒しまくったのだよ。まぁ、そのお陰で色々あって本家とは絶縁状態になったのだが……って悪い。これは余計な事だったな」
何やらよく分からないが、色々あるらしい。
「お。出口だぞ」
とうとう、別のダンジョン経由で地上に戻ったのだ。歩いた距離からして、数キロくらいだろうか。これなら、最初のダンジョンまで徒歩で戻る事も出来るだろう。
「そうだな。馬車を置いたままだし一旦戻りたいのだが……」
問題があった。
方角が分からないのだ。
「仕方が無い。念話石を使うか」
以前、アンジーが使っていたものと同じだ。
レイチェルが石を通じて御者へ呼びかけるが、応答が無い。
「変だな。思ったよりも離れていたのか?」
距離が遠ければ通じないらしいので、彼女の言う通り、二つのダンジョンは思っているよりも離れていたのだろう。
「オレの空間回帰で戻りますか?」
「うむ。……いや、まだ日も高いし少し探してみようか。例の爺さんに関する手がかりが見つかるかも知れないしな。日が落ちても見つからなければ一旦町に戻るとしよう」
そう言って彼女は辺りを見回したが、やはり変だ、とつぶやいた。
「ん?」
「いや、この辺りにあんな高い山はあったかな……。逆に、シリの山が見えないぞ。それほど離れたはずは無いのだが……」
「確かに、シリの山が見えないな」
「とにかく探索してみるとするか」
海斗も違和感を覚えたまま歩き続ける。
もしかすると、という期待が無い訳ではなかった。あの黒い闇が異世界の扉になっており、無事に戻れたのではないか、という期待が。
しかし直ぐに期待は打ち消された。
良く考えると、闇を抜けてすぐにモンスターに襲われたのだ。元の世界に戻ったのならモンスターが居るはずはない。
更なる異世界に行ってしまった、というオチなら有るかもしれないが。
レイチェルと共に近くにあった森の中を探索していると、誰かがモンスターと闘っているらしい物音が聞こえてきた。
「とりあえず様子を見にいってみよう」
「はい」
ここで例の村人に出会えればラッキーなのだが、そうそう簡単に話しが進むはずもなく、戦闘していたのは一人の青年だった。
鑑定してみると、ギルドランクCの冒険者だ。
「所属が『西の都』だと? そんな町あったかな」
レイチェルも鑑定したらしく、所属に頭をひねっている。世界中を旅している彼女でも、さすがに全ての町を把握している訳ではないのだろう。




