第3話 ショップ
海斗は一旦ロベルトと別れ、教えられた店にドロップアイテムを売りに向かった。
「すいません。ドロップアイテムを売りたいんですが」
「へいらっしゃい。引き取りね。こっちへ並べてくれないか」
見た目は八百屋のおっちゃんのようなショップの店長に、今までゲットしたドロップアイテムを見せていく。おっちゃんはそれらを慣れた手つきで確認していき、電卓のようなもので引き取り金額を計算している。この世界にきて初めて見た電子機器だ。
「なんか珍しい電卓ですね」
「ん?これの事か?」
「ええ。それで金額が計算できるんですよね」
「こんなの何処にでもある魔道具じゃねぇか。変な奴だな。ああそうか、村の出身なんだな。魔道具を見るのは初めてって訳だ」
残念ながら電子機器ではなかったらしい。
確かに魔道具を見るのは初めてだと言ったら、おっちゃんは楽しそうに色々なものを見せてくれた。さしずめ、懐中電灯、冷蔵庫、掃除機、冷暖房、電子調理器、といったところか。これだけ揃っていれば、元の世界と同じくらいの生活が出来そうではある。
「なんだ少年。初めて見た割にはリアクションが薄いじゃねぇか……」
八百屋のおっちゃんがつまんなさそうに言った。
「ああっと、い、いえ。そういう訳ではなく驚きが大きすぎて完全に固まってしまったんです」
「わはは。そうかそうか。だがな、これを見て驚けよ。とある冒険者から訳ありで仕入れた超レアものの魔道具があるんだ。さすがにこれを見ればきっと腰を抜かすぜ。なんてったって、町の連中ですら持ってるやつはほとんどいねぇからな」
そう勿体ぶって奥の棚から持ち出してきたものは、黒い宝石がはめ込まれたネックレスだった。ご丁寧に金庫のような箱の中から出して来たので相当値打ちものというのは分かる。
「何だと思う? 少年よ。おおっと! 鑑定するのは後だぜ」
これは当ててはいけないクイズだ。
これを当ててしまったら、瞬く間におっちゃんの顔から笑みは消え去り、海斗は店を追い出される事だろう。口が裂けてもネックレスと言ってはいけない。
いや、果たしてそうなのか?
ネックレスであれば、魔道具でも何でもない。きっと違うものだろう。
ということは……
「ただのネックレス?」
「と、思うだろう?」
おっちゃんの顔に満面の笑みがこぼれた。
セーフだ。この回答で良かったらしい。
そして、おっちゃんはネックレスを自分の首にかける。全体的に黒色のネックレスだったため、八百屋のおっちゃんみたいな人が付けてもギリギリ気持ち悪くない領域だ。
「こうして、こうして、こうだ!」
という声と共に、突然目の前に大きな鎧のようなものが出現した。
「おわっと!」
海斗が驚いて思わず飛びのくとおっちゃんは「がはははは」としてやったりの表情で笑い転げた。これが狙いだったんだろうが、確かにすごい魔道具だ。
「これが空間収納だ。どうだ? 腰が抜けただろう」
「もしかして、異空間か何かに色々なアイテムを収納しておける道具なんでしょうか」
「む、そうなんだが……ずいぶんと理解が早いな、少年」
びっくりして思わず素で話しをしてしまった。
海斗もゲーム好きでなかったら、こんなに早くは理解が出来なかったかもしれない。
が、これは是非手に入れたい!
「これって売ってもらったり出来るんですか?」
「おう!もちろんだ。だが未だ手に入ったばかりで値段を決めてなかったな。うーん、そうだなぁ。金貨30枚でどうだ?」
「金貨30枚? ええーっと銅貨100枚で銀貨1枚になって、そんでもって銀貨100枚で金貨1枚だから……んーと、えーと、あ、そうだ。さっきのドロップアイテムは結局いくらになったんでしょう?」
「おお、あれな。しめて銀貨5枚と銅貨35枚だ」
海斗の頭の中で、ちーんという音が鳴った。
桁が何個か違う。何個違うか数えるのもアホらしいほど、違う。
「銀貨5枚と銅貨35枚が、オレの全財産だ!」
仕方がないので開き直って胸を張った。
「お、おう」
「これで買える武器か防具はないかな」
「銀貨5枚でか? それはちょっとしんどいぞ。最低でも銀貨50枚は必要だ」
再度、海斗の頭の中でちーんと鳴った。
「ちなみに今日この町でどこかの宿に泊まりたいんだけど、いくらくらい必要なんでしょう」
「そうだなー。贅沢しなければ銀貨5枚くらいで行けるんじゃないか? 俺はもう長いこと泊まってないから知らねぇが」
なんて事だ。ロベルトさんと一緒に丸一日掛けて稼いだおカネが一泊分だったなんて……。しかも、緑の粉をドロップしたのは相当運が良いと言っていた気がする。って事は、オレ一人で一日モンスターを倒しまくっても生きて行く事すら出来ないって事だ。
やはり村に戻ってマズい飯を我慢して食べろと言う事なのか。それしか選択肢がないと。
相当つらい現実が海斗に突き刺さる。
「お、おい。少年よ。大丈夫か?」
「……まぁ何とか」
「立っているのがやっと、みたいな感じだが」
「というより、今日の一泊がやっと、という感じなのですが……」
はぁ~っと大きくため息をつく。おっちゃんが心配そうに海斗を見ているが、もちろんどうしようもない。まさか『少年よ、仕方がねぇな。今日からおめぇの面倒くらい見てやんよ』とは行くまい。
「なんで突然現れた男の面倒をみなくちゃいけないんだよ(笑)」
海斗は、はっと我に返った。どうも口に出して言ってしまっていたらしい。おっちゃんが半分顔を引きつらせながら笑っていた。やばい。相当変な人間だと思われているに違いない。どうせ武器も買えないんだし、ドロップ品を売ったら早々に立ち去ったほうがよさそうだ。
とぼとぼと店を出ようとすると、おっちゃんが後ろから声を掛けて来た。
「そうだ、少年よ。こんなドロップ品を持ってるって事は、お前はゴブリンくらいなら狩れるって事か?」
「ん? いや、オレはDランクの人に助けられながらだったから無理だよ。まぁコボルトや兎くらいなら大丈夫だけど」
「なるほど、そうか。……まぁそれでもいいか。もし良かったら俺の娘の世話をしてくれんか?」
「せ、世話ぁ~?」
驚いて思わず声が裏返ってしまった。
「おいおいおい、勘違いするんじゃねぇぞ。護衛って事だ。以前から娘がうるさくてな。狩に連れていけと。俺は店があるからめったに外に出れねぇし、かといって一人で行かすわけにもいかねぇしな。ギルドに護衛を頼もうかと思っていたが、たとえFランクの人間でも毎日雇うとなれば費用が馬鹿にならねぇしな」
おっちゃんは、報酬は寝る場所とメシだけになるが良いか、と聞いてきた。
「おおお!や、やります! 絶対やります、お父さん」
「いや、オレはお前のお父さんじゃねぇが。そうか、やってくれるか。なら早速今日からでもいいぞ。部屋は何個か空いてるのがあるからよ」
「ああ~助かったぁ。本当にありがとうございます」
「いやまぁ、そんなに感謝されるほどのもんじゃねぇんだけどよ。ギルドに依頼する事を思えば安いもんだしな」
海斗はおっちゃんを鑑定した。世話になるのなら、どんな人か知っておかないと。
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Name:グレン
Caption:
- 職業:鍛冶師
- 所属:エイベン
基本スキル:
- 融合
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「職業が鍛冶師?」
「おう。店をやってる連中はたいがいそうだぜ。何かおかしいか?」
「い、いえ。その、スキルに驚いてしまって」
海斗が持っているスキルは『合成』だ。合成と融合。良く似た名前なのだが、関連はあるのだろうか。変わったスキルは隠す人が多いらしいので、これは一般的なものだろうか。
「融合だろ? 商品を造って売るんだから、あって当然じゃねぇか。本当に変なやつだな。ん? お前は何にもスキルが無いんだな。ってか、称号も無いじゃねぇか。ちょっと待て。そんな奴に娘を任せる訳にはいかん。さっきの話しは無かった事にしてくれや」
「えええ!それは困ります、お父さん」
「だから父親じゃねぇってえの。それよりもお前は何者なんだよ。なんで称号がねぇんだ?」
「ああっと、そうだ! この後ロベルトと一緒にギルドに行って登録してもらうんだった。すっかり忘れてた」
「なんだ、それを早く言え。まぁギルドの人間なら大丈夫だよ。本当に登録されるんなら問題ない。さっきの条件でお願いしようじゃねぇか」
「うんわかった! 早速行ってきます」
思わず色々とおっちゃんと話し込んでしまったために、相当遅刻しているに違いない。海斗は全力でギルドへ向かった。場所は聞いていたので少々迷ったものの無事、辿り着いた。聞いていたとおり、鳥の羽に剣が合わさった紋章が掲げられている建物だ。この紋章は、鑑定でロベルトの称号にあったマークと同じだ。
なんでも、称号を授ける際に紋章も一緒に記録されるらしい。ということは、これから海斗もギルドに称号をもらえば、同じマークが付く事になるのだろう。
扉をあけると、中は冒険者らしき人が沢山いた。正面にカウンターがある。きっとあそこで依頼を受ける手続きをしたり、達成報酬をもらったりするのだろう。とすると、右手にある掲示板のようなものには、きっと依頼がたくさん貼り出されているのだろう。
しばらく入口のドアの所であっけにとられていたが、ロベルトを探さねばいけないことを思い出し、扉を閉めて中に進んでいった。
すると、ちょうど正面カウンターの奥にある扉が開き、中から数人の冒険者風の男女が現れた。そのなかにロベルトが居る。ロベルトも同時に海斗の存在に気が付いたようだ。
「海斗、遅くなってすまない。ちょっとトラブルが起きて」
「いやいや、オレも今来たばっかなんだ」
「そうか。なら良かった。実はね、急な依頼があってこれからすぐに出発しなければならなくなったんだ。しかも、しばらく帰ってこれそうになくてね」
ロベルトはDランクなんだけど、Cランクの人が足りなくて急きょ駆り出される事になったらしい。
Cランクの依頼なのに、大丈夫なのだろうか。
気になって聞いてみると、隣にいた冒険者が答えてくれた。
「こいつは殆どCランクといっても良い実力だからな。全く問題ない」
「そうそう、早くCランクに上がっちゃえばいいのに。そしたら私たちと一緒に旅ができるのにね?」
そんな軽口を言い合っているところをみると、知り合いのメンバーらしい。それなら確かに安心だ。
「という訳で、海斗の事は特別にギルドマスターから登録の許可ももらったし、村に帰りたくなったら無料で護衛の依頼も頼めるよう話しを付けておいたからね。申し訳ないが一旦お別れだ」
本当に緊急で出発しなければいけなかったみたいで、ロベルトはそのまま他のメンバーとともに、馬車に乗り込んで行ってしまった。
ギルドの登録自体は何も問題なく終わった。本当は称号がないから手続きに時間が掛かったりするのだと受付の人が言ってたので、ロベルトが根回ししてくれたお陰なのだろう。もっとも、これを条件にして依頼を受けたのかもしれないが。
ショップのおっちゃんから話しをもらってなかったら、本当に護衛の依頼をして村に帰らないといけないところだった。運が良かった。
とりあえず海斗は自分を鑑定をしてみた。
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Name:海斗
Caption:
- 職業:剣士
- 所属:ギルド・エイベン
- ギルドランクG
基本スキル:
特殊スキル:
- 合成
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ギルドランクは当然、一番下のGだった。職業欄は自分で選べと言われた事が若干驚きだったのだが。これは主にパーティを組む相手に向けて、自分の能力をアピールするためのものらしい。
だから、剣をメインで戦うなら剣士、魔法が得意なら魔術師、など自分で名乗るのだそうだ。
とにかく無事称号を得られた訳だし、明日からは護衛の仕事をすることで何とかなりそうな目途はたった。