第20話 行き場のない借金
レイチェルは外に居るモンスターを全て殲滅したあと、城に戻ってゴルドリックを探した。執務室に居ると聞き、ノックと同時に返事も聞かず扉を開けて中に入っていく。
「おいおいおい。いくら何でも――」
「緊急事態だ。後でお叱りはいくらでも受ける。それよりも公爵、これは一体どういう事だ?」
言葉遣いもへったくれもあったものではない。
それだけレイチェルは怒りを顕わにしていた。
「ふむ。ずいぶんと失礼な物言いだな。我らは被害者なんだが」
「そんな戯言が通用するとでも? これは明らかにブランカから流れてきたモンスターだ。何故ブランカのモンスターが、この町を襲うのだ?」
「ストレートなところは嫌いではないぞ。だが矛先が違ってやしないか? これは王国の計略であり、我らはまんまとしてやられたのだ」
レイチェルは、兄より聞かされていた。
ゴルドリックが王国であるルマリアを攻めるには、口実が必要だと。
確かに彼らはルマリアを攻めるためにブランカより兵を集めていた。しかしそれは、あくまでも治安維持のためという名目である。果たしてそこから、どうやって王国へと攻め入るのか。ただ攻め込めば、単なる反逆者となってしまう。戦いに勝ったところで誰も本心から国王とは認めてくれないだろう。
ならば、どうやって?
それが分からなかったのだ。そして答えを探るべく、二人で手分けして探っていた。
だがそれは手遅れとなってしまったのだ。最悪の形で。
「ふざけるなっ! 貴様の汚らわしい野望のためだけに、どれだけの命が失われたと思ってるんだ!!」
ゴルドリックは、ここ以外にも複数の町を支配下に治めている。町の一つや二つ、消滅したところで経済的には大きな打撃では無いのだろう。
ならば王国が仕掛けた計略により滅ぼされた事にしてしまえと言う事だ。
これにより戦争を仕掛ける大義名分が出来る。
「残念ながら、君は王国から派遣された魔獣使いだ。どうやったかは知らんが、ブランカより魔物を呼び寄せ、我が城を襲わせた張本人なのだ。断じて許せんっ! 殺れっ!」
公爵の掛け声と共に、青白い光の玉がレイチェルを襲った。
「くっ!」
ギリギリで躱したものの、光の玉はブーメランのように弧を描いて再び襲い掛かってくる。どうやら追撃が可能な攻撃魔法のようだ。
「生意気なっ!」
剣に魔力を込め、光の玉を真っ二つに切断する。
……はずだった。
甲高い音と同時に近くで爆薬が破裂したかのような衝撃が発生し、レイチェルは吹き飛ばされた。
爆破と同時にバリアで身を守ったため身体的なダメージは受けなかったが、執務室の壁どころか城壁をも突き破って外まで吹き飛ばされた。これほどまでの威力をもった攻撃が出来るのは、相当な手練れに違いない。
その相手が姿を現した。
白装束に身をまとい、顔まで覆面ですっぽりと囲まれている。
ブランカの戦士だ。
狂信国ブランカは、その異常なまでの信仰心により特殊な戦闘部隊を育成していると聞く。今、対峙しているのがどの程度の人間か分からないが、手を抜いて戦える相手ではなさそうだ。
レイチェルは剣を構えると、スキル『聖なる光』を発動させる。瞬く間に彼女の体が光り輝き、闘気がオーラのように辺りに拡散する。が、白装束の男は怯むことなく、両手に短剣を握ったまま距離を詰めて来た。
――早い!
ここ最近はAランクより上のモンスターを狩っていなかった事もあり、久々のスピードに一瞬驚いた。だが、それもほんの一瞬である。
高速で回転しながら切りかかって来る敵の剣筋を見極め、流れるように紙一重で躱す。そしてすれ違いざまに剣を振りぬいた。
確かな手ごたえを感じながらも油断する事無く剣を構え、次の攻撃に備える。だが今の一瞬で、相手との実力差が大きい事が分かった。油断さえしなければ、間違っても遅れを取る事はないだろう。
実力差を把握したのは相手も同じだったらしい。すぐさま次の攻撃に移ろうとせず、慎重に距離をとりながら機会を伺っている。
数秒の刻が流れる。
今ここで争ってもレイチェルには何のメリットもない。ブランカの兵を一人始末したところで状況は変わらずだ。
このままあきらめて引き下がってもらうのが一番良いのだが、果たしてどうなるか。
だが今度は後方から音もなく光の玉が襲い掛かって来た。
「なんだと?」
横に飛んで躱したところに、更に前後左右から複数の玉が飛んでくる。
一体どうなっている?
不思議に思った瞬間、複数人の敵の気配を感じた。
敵は一人ではなかったのだ。
あらゆる方向から襲い掛かって来る光の玉を躱しながら、敵を確認する。
そして、少なくとも5名以上の戦士を見つける事ができた。全てが最初の戦士と同レベルの実力なのであれば、なんとか対応できない事はない。が、万一を考えると引いておいた方が無難だろう。
幸い、先ほどの攻撃で城の外には脱出できているのだ。
この状況を利用させてもらい、レイチェルは速やかに撤退した。
◆
「逃がしたか」
「は。申し訳ありません」
「よい。奴はSランクの実力があると噂される女だからな。想定内だ。それよりも開戦準備を急げ。アデリネッタに潜伏している戦士と合流し、進軍を開始するのだ。よいな、手はず通り上手くやるのだぞ?」
「もとより心得ております」
その回答を聞いてゴルドリックは満足げに自分の髭をつまんで形を整えた。
全て想定内なのだ。
ちょうど良い具合に執務室が破壊された。彼女との戦いによって。これでルマリア王国は、ゴルドリックをモンスターに襲わせた上に公爵暗殺を謀ったとの汚名を着せられる事になるのだ。戦争を仕掛けるにあたり、これほど完璧な理由はない。
◆
モンスター襲撃から三日後、マリンが見つかった。
半数以上の住民が命を落としたと聞き、海斗達の心中は穏やかでは無かった。もちろん、ライアンなんて発狂したかのように町中を探し回っていた。
が、当のマリンは再会した瞬間に「わぁみんな無事だったんだぁ。よかったねー」なんてまるで他人事のようにほんわかと言ってのけたものだから、彼女のボケっぷりは尋常ではない。ある意味大物だった。
ミカはそんな彼女の性格を知っているせいか、苦笑いだ。
「でも何処にいたのよ。ホントに心配したんだから!」
「お家にいたよぉ」
「お家って……あの日私たちも探しに行ったけど、居なかったじゃないの」
「あーそうだった。最初は茂みの中に隠れてたんだー。そんでね、夜までそのまま居たの。それからお家に帰ったの」
からからと笑うマリンを見てミカが脱力したように地べたに座り込む。
「あーっと。とにかく無事で良かったよ。で、これからだけど、やっぱマリンはこの町から移動はできないのかな?」
「借金があるからね、なかなか難しいと思うよ」
「……だよな。どうしたもんかな」
海斗達は考え込む。昨日、突然レイチェルが姿を現して「すぐにランソールに戻れ」と警告して来たのだ。何でも、今からこの国で戦争が起こるらしい。詳しい事情までは教えてくれなかったが、かなり有力な情報との事だ。
戦争が始まれば、当然この町も危険に晒される。
「わたしは大丈夫。だからミカりん達だけでも逃げて」
「何バカなこと言ってるのよ」
「そうそう。戦争が起きても俺が守るから安心してくれ」
ライアンはもちろん彼女を置いて逃げる気などさらさら無さそうだ。
「マーちゃんはやっぱ、ここで働くの? もいっかいエイベンのお店に相談して何とか戻らせてもらえるとか無いのかしら」
「んー、でもね、ここの店は閉鎖されちゃったから相談出来ないと思うよぉ」
「閉鎖? なんで?」
「だってこの前のやつで店員がみんな死んじゃったから」
「はぁぁぁぁ?」
皆、口を大きく開けてびっくりだ。
「全員? 店のマスターも?」
「そうだよ」
「ばかっ! それを早く言いなさいよっ!!」
カネを借りた相手が死んでしまったのである。
それならもう、此処に居る必要はないのではないか。海斗はそう言ったが、ミカが首を横に振る。
「勝手に移動すると、下手すると犯罪者にされてしまうわ。相続人が居るかもしれないから、まずは町役場ね。ちゃんと手続きしておかないと」
そんなシステムがあるらしい。
海斗達は襲撃を免れていた町役場の建物に行き、マリンの手続きを申請した。
「相続人が居るが、その人間も死亡してるな。規定により、借金は仮失効としておく。三か月後に正式に失効となるので、それまでは所在を明確にしておくように」
どこか疲れたようなお役所の人間が、うんざりとしたように手続きを行った。
無理もない。町の半数以上の人間が亡くなったのだ。寝る間もなく働いているのではないだろうか。
「仮失効ってどういうこと?」
「生命の雫で生き返る可能性があるからね。念のため三カ月待たなければならないのよ。まぁありえない思うけど」
確かに、この世界では死は絶対的なものでは無いのだった。あまり手放しに喜ぶのは不謹慎ではあるが、マリンの借金問題は何とかなりそうだ。
……三カ月、この町で耐えれればの話しだが。
いつ、モンスターの襲撃があるかもしれない。
加えて、戦争が始まればルマリアからの攻撃もくるかもしれない。
少しでも皆の力を底上げするしか無さそうだ。
幸いギルドは機能していた。
建物は大きな被害を受け、ギルドスタッフも残念ながら数名は帰らぬ人となったらしいのだが。
早速マリンをギルドに登録し、町周辺で経験を積ませた。
戦闘経験は皆無だったため、まともに戦う事はできなかったのだが、それでも何とか少しずつ慣れて来たようだ。
一カ月経ったころには無事Fランクに昇格し、更に二か月後、マリンがEランクになると同時に仮失効が消えて晴れて自由の身となった。
「おめでと~!!!」
「えへへ。ありがとう」
「いぇーい! やっとマリンが自由の身になったぜぇ~ これで何時でも俺と一緒に人生の旅に出れるってもんだな!」
「ライアン、意味不明……」
「あ、あれ? 今のプロポーズだったんだがもしかして伝わってない?」
「もしかせんでも全然伝わってない」
その日、マリンの借金失効を祝して五人で高級料理店に入り、盛大に祝った。
レイチェルの言ったとおりルマリアとの戦争は始まったのだが、幸い町にはそれほど影響はなく、また、モンスター襲撃の爪跡も少しずつ癒えて町は徐々に元の姿を取り戻しつつあった。
だがやはり、戦争中の国に留まるのは良くない。
明日にでも家の解約手続きをとり、終わり次第ギルドで馬車を借りて出発しようと言う事になった。
「指名依頼?」
そんな海斗達を待ち受けていたのは、奇妙な話しだった。
「ちょっと待ってください。オレらってまだDランクですよ。それなのに指名依頼なんて」
「Cランク以上のみという正式なルールはありませんので」
「でも……」
「確かにほぼ例がない事ではありますが、現状では他に手の打ちようが無いのです」
先のモンスター襲撃、その後のルマリアとの戦争によって冒険者自体の数が激減しているのだ。だから異例であろうと何であろうと仕方がないのだと言われた。
ギルドに悪い意味で目を付けられるのは良くない、とミカ達が言うのでしぶしぶ了承する事にした。だが依頼内容がこれまた最悪である。ダムダの町までの護衛なのだ。ダムダの町は、ブランカ国内にある。正直言って悪名高いブランカの国に入るのは気が進まなかった。
「出発は明日らしいから、今日はとりあえず、少しでも装備やスキルを強化しようか」
「そうだな。ブランカのモンスターはそれなりに強力だからな。本来ならやはりCランクの人間が行くべきだ。まぁ人手不足なんであれば仕方がない」
ライアン達は既に『腕力強化』と『身体強化』のスキルを購入し、以前よりパワーアップしていた。しかしブランカに行くとなると更なる強化が必要だ。
「う~本当なら次はスキル隠ぺいを購入したいところなんだがな」
「だな。いくら人手不足とはいえ、運が悪ィな俺達」
「そうなの? 隠ぺいなんて後でいいじゃん。強くなるわけでも無いしさ」
海斗は自分ですらも行って無いのに、この段階で隠ぺいしようとする二人に疑問を投げかけた。だが、腕力強化などのスキルはあまりにも標準スキル過ぎて、隠ぺいしていない事が返って初心者丸出しだと思われるそうだ。
これはEランクの冒険者達にとって最初の試練になるらしい。
ミカに聞いてみると、既に『魔力強化』と『身体強化』を付けて隠ぺい済みだとのこと。
「えー! 海斗は付けてないのか? バカじゃん。あ、そっか。もっと上位互換のスキルを付けてるんだよな」
隠ぺいするのが常識すぎて、当然付けてるものだと思われていたようだ。
だが名前からして是非つけて置きたいスキルに違いない。後で購入する事にしよう。
皆でショップに行き、ライアンが『衝撃波』、サスケが『属性付与(火)』をそれぞれ購入する。スキルを付けてテンションアップしているかと思いきや、全くその逆であった。
衝撃波みたいなそれなりに良いスキルと初心者用スキルが並んでいるのが限りなく恥ずかしいそうだ。
そんな二人の態度を見ていると、何故か海斗自身も初心者用の強化スキルを購入するのがためらわれた。理屈では絶対に付けた方が良いと思いつつも、同時に隠ぺいの魔石を2つ購入すると銀貨200枚近く飛んで行ってしまう事が割に合わないと感じてしまうのだ。
それならと、海斗は初心者用の強化スキルと手当てを購入してマリンに渡した。
購入してしまってから手渡したので、もし拒否されたらどうしようと思ったが。
アンジーのように「自分の力で手に入れたいの」とか言われたら最悪だ。
だが、ほわんとしている彼女らしく何のためらいもなく受け取って付けてくれた。
きっと何も考えてないのだろう。付けろと言われたから付けただけ、みたいな感じだ。
「あんたの天然さには頭があがらないわ……」
ミカが引きつった笑顔で言った。
「くっそう! 最初のプレゼントは俺が渡したかったぁ~」
そしてライアンは悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「でもこれで、ようやく僧侶らしくなったじゃん?」
「まあそうだけどね。ってか、回復スキルも無いクセに良く僧侶なんて称号を付ける気になれるわね」
海斗のときと同じようにギルドに登録した際に称号を何にするか聞かれ、彼女は『僧侶』と答えたのだ。もちろん他の三人は驚いたのだが。彼女曰く、僧侶にあこがれていたとのこと。
だがもちろん回復スキルがあるわけでもなく、文字通り形だけの僧侶だったのだ。
海斗はマリンを鑑定し、確かにスキルが付いている事を確認する。
===============
Name:マリン
Caption:
- 職業:僧侶
- 所属:ギルド・ゴルドリック
- ギルドランクE
基本スキル:
- 手当て
- 身体強化
- 魔力強化
===============
その他の装備品も可能な限りで強化を行い、翌日の出発を迎えた。




