第17話 マリン
「ここが、そうなの?」
「うん。たぶん一年振りくらいだぁ。まーちゃん元気してるかなぁ」
嬉しそうに扉をノックするミカ。
しばらく待つと、五十歳くらいのおばさんが出て来た。
海斗はてっきり同い年くらいの子かと思っていたのだが、違ったのだろうか。
「あれれ? マリンは?」
「はぁ? あんた誰だい」
おもいきり不審者扱いをされている。話を聞いてみると、三カ月くらい前に引っ越して来たのだそうだ。そして、それより前に誰が住んでいたなんて全く知らないと。
「誰かと契約している間は、確かに家に帰らない事も多いんだけどね。住んでいる場所そのものを引き払っているなんて事は無いはずなんだ」
「じゃあ、もう仕事辞めちゃったのかな」
「どうだろ。かなり借金があったからなぁ。そんな短期間で辞めれるとは思わないんだけど」
海斗は、ミカにお願いされて専属従者館に行くことになった。女の子が一人で入りづらいとの事だ。海斗だってそんなに堂々と入る勇気はないのだが。まぁ今回は人探しという立派な理由があるので、少し気が楽ではある。
「いらっしゃいませ」
少し緊張しながらも、『マリン』という女の子と契約したいとスタッフに伝える。
「マリンですね。少々お待ちください。確認してまいります」
海斗が周りをキョロキョロしていると、ミカが茶々を入れて来る。
「なーに見てるの? 海斗はカネ持ちだから、こんな場所は慣れたものでしょ?」
「ちーがーう! ホントにオレはお坊ちゃんでもないし、こんな場所に来た事もないってぇの」
「ホントに? 一回も?」
「いや、まあ一度くらいはあるけど」
「あるんじゃん」
「だ・か・ら。ホントに違うから」
「お待たせしました」
スタッフが机に戻って来た。が、残念な知らせだった。
「誠に恐縮でございますが、当店にマリンという女性はおりません」
「そうなの? 確か一年前には居たはずなんだけど」
「そうですね。えっと昔の記録はあまり残っておりませんで……」
「昔といっても、ここ数カ月の間のはずよ。ホントに無いの?」
「ええ、まぁ」
何とも歯切れの悪い回答である。
するとミカがバッグから何かを取り出し、店員の手に滑り込ませた。ちらっと見たところ、銀貨が数枚だった。
「ここだけの話しなのですが、ルマリア国の貴族が、コンラート国の専属従者を購入しているようです」
「どうして?」
「ここ数年、ルマリア国では専属従者に関するルールが厳しくなったらしく、なかなか希望の人間を集められないという話しを聞いた事があります」
その言葉を聞いて、ミカの顔が青くなる。
つまり、奴隷としてひどい扱いを受けている可能性が高いと言う事だ。
「貴族の名前は?」
「いえ、私も詳しくは――」
すかさずミカが追加で銀貨を渡す。
「おそらく、ゴルドリック公爵ではないかと」
それだけ聞けば十分だとばかりにミカは席を立ち店を後にした。
嫌な話しを聞いてしまった。ルマリアと言えば、確かコンラート王国の西側に位置する国だ。という事は、昨日死にかけたガザム山脈を越えて行かなければならない。
だが今の話しを聞いた以上、彼女は必ずルマリアに行くだろうと思った。
それに対して海斗はどうすれば良いのか?
考えるまでも無い事だ。もはや、ミカの存在は簡単に忘れられるほど小さなものでは無くなっていた。あまり深入りしてはいけないと理性では分かっている。この先、時空魔法を手に入れて故郷に帰るチャンスがやって来るのならば、尚更だ。
だが、その時はその時だ。
今はただ、目の前の出来事に精一杯ぶつかるのみ。
「ミカ。話しがあるんだ」
「聞きたくない」
「そうじゃなくて」
「聞きたくないの!」
「オレも一緒にルマリアに行くよ!」
速足で逃げるように歩いていくミカの背中に向かって、海斗は叫んだ。
「!」
振り返った彼女の瞳には、涙が溢れている。
心細かったのだろう。一人でガザム山脈を抜けて、全く別の国に行く事が。
不安な気持ちを一生懸命に心の内にしまい込もうとしていたに違いない。
海斗は、自分が時空魔法を探して旅をしている事を話した。もしかしたら、この国にあるのかもしれないが、無いかもしれない。機会があるのなら、ルマリアにも探しに行くべきだと考えている事を。
まあ、こんな事態にならなければ、ルマリアに行くのは当分先の話しだったとは思うのだが。幸い、ツテが全く無い訳でもない。『フランベルド商会連合』の加盟店はルマリアにもある事だろう。加えて、例の珍しいもの好きな騎士さんもルマリア出身だった。
「だが、まずはどうやってガザム山脈を越えるか、だな」
と言っても選択肢は殆どない。ギルドに護衛の依頼を出すくらいしか思いつかないのだ。
とりあえずはランソールの町に戻り、ギルドランクを上げてから考えようと言う事になった。ライアン達にしばしの別れも告げなければならないし。
「そういえば、ミカって家族とか居ないの?」
「居ないわよ。前に言ったじゃない」
はてそうだっけ、と思ったが特に深くは聞かない事にした。家族が居ないなら、ルマリアに行くこと自体は問題なさそうだ。
「え~。報告があります」
ランソールの町に戻り、翌日ライアン達を捕まえると海斗は切り出した。
「オレ達、Dランクになっちゃいました」
見ればわかるよ、というサスケからの突っ込みをもらい、そのノリのまま、さらっとルマリアに行く事を伝える。
「なんだって!? あんな遠い場所に行ったら当分帰ってこれねぇぞ」
「ごめん。でも事情は今言ったとおりで、少しでも早くミカの友達を助けに行きたいんだ」
「なんでそんなに水くさいんだよ。言ってくれれば俺らだって手伝うじゃん」
「そうそう。勝手にパーティ解消なんて許さねぇぞ」
特にパーティを組むと言った覚えはないのだが、彼らなりの友情の現れなのかもしれない。だが、Dランクになった二人でさえガザム山脈を越えるのは危険なのだ。ライアン達の好意は嬉しいのだが、どう返事しようか悩んでしまう。
「大体、ガザム山脈を越えるのだって俺らの助けが要るぜ。ってまあ、主にライアンの、だが。なっ?」
「まじかよ、あんなのアテにならないぜ」
「大丈夫だって。俺のみたところ、もうそろそろ移動するはずだぜ。聞いてみな?」
何やら二人には策があるらしい。
聞いてみると、ライアンの叔父が大きな商店を持っており、コンラートとユーグリの間を行き来しているとのこと。それに便乗させてもらおうと言うのだ。
サスケによると、だいたい年に4回ほど往復するらしく、その時期が丁度今くらいだと言うのだ。まあ実際に頼んだ事は無いらしいのだが。
なんでライアンの叔父なのにサスケの方が詳しいんだ、という疑問もあるが。
「移動するときにはきっと、Cランクを何人か雇っているはずだ。なら、俺らが入れば雇う人数を減らせれるんじゃね?」
「ばかか、お前。俺らなんて守られる側じゃねぇか。意味ねぇよ」
「海斗とミカがいるじゃん」
「……お、確かにそうだな。うーん。一回聞いてみるか!」
「おぅっ。たのむぜ!」
勝手に話しを進める二人に対して、ミカが『仕方がないなぁ』といった感じで苦笑いしている。まぁ彼女にとっては初めての国外なのだ。仲間は少しでも多い方が心強いのかもしれない。海斗にとってみれば異世界という衝撃が大きすぎて、国の違いなんかは正直どうでも良い感じなのだが。
翌日早速、ライアンが叔父さんに話しをしに行ってOKを貰って来たという事で二人は異様に盛り上がっていた。タイミングも良く、一週間後の出発らしい。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。家族はどうすんのさ。一度行ったらそう簡単には戻れないんだよ」
「何言ってんだ海斗。優秀な冒険者に長旅は付き物じゃねぇか」
「そうそう。Eランクだと長期の依頼が中々無かったから肩身が狭かったぜ」
「だよな。俺らも出世したもんだ」
全然出世してないんだが。
そもそも依頼でもないんだが、そこは突っ込んで良い所なのだろうか。
とは言っても長旅で気の許せる仲間が多いのは海斗にとっても悪くはない。
問題は、このパーティで乗り切れるか、だ。ガザム山脈を超える算段は立ったが、その後の難易度について情報は多くない。前回の大規模襲撃対応で手に入れた素材を使い、少しでも強化しておいたほうが良いだろう。
ミカの時と同じように、ライアンとサスケの付けている防具を預かった。
チェインメイルとスケイルメイル。
防具に関しては中々良いものを使っているようだ。二人とも父親から譲り受けたものらしいが。
さすがに二つ持ったまま歩くのは大変だったので、仕方なく空間収納に格納する。
「おお、海斗って空間収納まで持ってたのか」
「もう俺は何を見ても驚かねぇよ」
どんどん、イメージがカネ持ちの坊ちゃんに染まっていくのは仕方がない。
これもグレンに貰っただけなのだが。
◆
一週間後、いよいよユーグリの町に向けて出発の時が来た。
結局二人の防具は、強化3までしか出来なかった。吸収スキルもつかない。まぁ防具本来の性能が良いから何とかなるだろうが。
「ほう、君たちが噂の……。話しは聞いているよ。まあ今後とも、この落ちこぼれ達を頼むよ」
「叔父さん……。さすがに落ちこぼれは無いっしょ」
「だはははは。本当の事だろうが。悔しかったら彼らみたいに早くDランクになれってんだ」
この口の悪いワイルドな人がライアンの叔父、ダグラスらしい。
ダグラスは、豪快に毒を吐くだけ吐いて颯爽と馬車に乗り込んでしまった。海斗達も、指示された別の馬車に乗り込む。全部で馬車7台での移動だ。そのうち4台は完全に物品のみなので、人が乗っているのは3台だけなのだが、それにしても規模が大きい。
聞くところによると、ギルドを雇って移動するのではなく、自前で腕の立つ冒険者を持っているとの事だった。つまり今回の海斗達は、それほど役に立たない。身も蓋もない言い方をすれば、ダグラスにとっては単に運ぶ荷物が増えただけだった。
ガザム山脈に入り、強力なモンスターが出現しても、いとも簡単に冒険者達が殲滅していく。ギルドメンバではないためランクが分からないのだが、おそらく皆Bランクに近い実力があるのではないだろうか。
海斗達の出番は全く無いままに、ユーグリの町に辿り着いてしまった。
ライアン達も少しは頑張るつもりで気合入りまくりだったのだが。海斗も少しは前にでるつもりであったのだ。しかし、自分たちが出て行くのは恥ずかしいレベルだった。
「じゃあな。ここからが本番だな。頑張れよっ」
また三か月後に来るから、気が向けば乗せて行ってやると言われた。
「まあ、その頃には自力で帰れるようになってるかぁ! だはははは。んじゃな。海斗達の足を引っ張るんじゃねぇぞ!ライアン」
言うだけ言って町の中に消えて行った。
「まぁ、あれだな。色んな意味で豪快な叔父さんだな」
皆を代表して海斗がぽつんと呟く。
◆
ユーグリの町で宿をとり、ここからの予定について四人で認識合わせを行った。
ギルドで馬車を借り、ユーグリ湖に沿って西へ進んで国境を越え、水辺の町へ行く。その後、南西へと進みゴルドリック城へと入るのだ。此処まで10日掛かったが、ちょうど半分といったところだ。更に10日間の長旅になる。
「明日の朝一番でギルドに行って、ゴルドリック城までの出現モンスターについて情報を集めるのが良いな」
「だね。私が事前に調べた情報だと大丈夫っぽい感じだったけど、やっぱり近くの町の情報の方が信頼できるからね」
海斗達は、ろくに観光もせずギルドに向かった。
「帰りはマリンも一緒にユーグリの町を観光できたら良いな」
「うん! きっと出来るよ」
誰もがそんな簡単に事は進まない事は分かっていたが、口には出さなかった。
ギルドで準備している間、ときおり海斗は周りを見渡して見ていた。もしかしたら、ナッシュかアンジーに出会うかもと思って。彼らもきっと、毎日のように依頼をこなしている事だろう。であれば、此処で出会う確率は決して低くない。
だが、残念ながら二人には出会うことなくユーグリの町を出発する事となった。
少し北上し、大きな湖が見えてきたら岸辺に沿って西に進めば迷う事は無いはずだ。遠回りにはなるが、初めて移動する人には、このルートが良いと教わった。国境については、海斗が以前住んでいた世界のように明確な目印や壁がある訳では無いらしい。
だから何も気にせず進めば良いとのことだ。
ユーグリを出てから6日目、ようやく経由地である水辺の町が見えて来た。
それほど大きな町ではないが、行商人たちが行き来する際に立ち寄る事が多く、それなりに栄えていると聞いていた。
『ウェルカム』の看板をくぐって町の中に入る。
「よっしゃぁぁ。着いたぜ! メシだメシ! 海斗、ここでも上手いもの喰うんだろ?」
「まあ、そうだな。でも、この町に着いたって事は既にルマリアに入国したって事なんだな」
「そうだよなぁ。俺たち、ついに外国に行ったんだぜ」
ライアン達ははしゃいでいるが、やはりミカは今一つ元気がない。いよいよ、あと数日でゴルドリック城に着くのだが、果たして本当にマリンを救う事が出来るんだろうか。海斗にも、具体的な手段は未だ思いつかないままだ。
「そうだ! 皆で手分けしてさぁ、ゴルドリックの事とか公爵の事とか、情報集めないか? さすがに此処までくれば、色々と知ってる人も多いんじゃないだろうか」
「でもどうやって?」
「うーん。とにかくオレは専属従者館に行ってみる。どれくらいルールが厳しくなったのかとか、コンラート王国までわざわざ買いに行く人が居るのかとか。ミカは、その辺の店で色々と買い物でもしながら情報集めたらどうかな」
ライアン達もボディーガードとして――実力的に、意味あるのか不明だが――ミカに着いて行ってもらい、海斗は一人で専属従者館に行く。
三回目とはいえ、やはり入るのは少しためらってしまう。
何とか頑張って中に入り、購入する振りをして情報を探ってみる。これみよがしに付いているスキルやら武器やらが功を奏したのか、特に不振がられる事もなく、店員の口も軽い。
話を聞いてみると、当初からある程度予想していたとおり、専属従者として雇われた人間の人権に関するルールが色々と定められたようだ。もとより、従者を強引にベッドに引っ張り込んだりするような行為は許されては居なかったのだが、明確に禁止されている訳でもなかった。
「ルール改定が行われてしまった今では、そういう行為はできなくなったと?」
「いえ、あくまで常識の範囲を超えるような行為を取り締まるためだけでございます。毎日、寝食を共にしていれば自然とそのような流れも出て来てしまうのは当然です。従者側も、ある程度は覚悟の上ですので」
「なるほど」
「確かにおっしゃられるとおり、嫌がる従者を無理やり押さえつけるような極度な行為を望むお客様も一部、いらっしゃいました。それもあって、ルール改定に至った次第でございます」
ルール改定後は、身体的もしくは精神的にひどい扱いをうけた場合は契約している専属従者館に申告し、契約解除が出来るようになったらしい。
「もしコンラート国で契約した従者が、この店に申告して来た場合はどうなる?」
「当店では手続きが出来かねます。やはり、契約されている店に申告していただきませんと」
やはり、だめじゃねぇか。
マリンがエイベンの店に申告したところで、向うにはこんなルールが無いのだ。つまり、彼女には申告する先が無いことになる。
いや、そういえば、そもそもエイベンの店では除籍扱いになっていた。
という事は契約ではなく、課せられている借金も含め、丸ごと買い取られたと考えた方がよさそうだ。
であれば、尚更助けを求める先が無いことになる。
結局、あまり有効な情報は得られなかった。というか、厳しい現実を再認識させられたというところか。
店を出て他の三人と合流する。
ミカ達も情報を集めてくれたが、見通しは決して明るく無かった。
「まじで? それって内乱みたいなものじゃないか」
「そうなんだ。ゴルドリック公爵は決して民衆の支持は良くないんだが、武力をもってルマリア国を乗っ取ってしまおうと画策しているらしい。あくまでも噂だが」
噂といっても、よそ者がちょこっと町に寄って話しを聞いただけで分かる内容なら、それはもう、ほとんど事実ではないのか。
ゴルドリック城に潜入するには、よほど用心していった方がよさそうだ。




