戦う雪兎
人があまり来ないといっていた以上、少しは安心して暮らせると思っていた。
しかし実際住んでみると、少しではなく、とても安心できる。
ここなら、優しい六花さんや可愛い兎さんたちと一緒に、穏やかに暮らせる。
でも、安心しきってはだめだ。
追っ手がいつここを見つけるか分からない。
その日が来たときのために、気を張っていなければ。
……だけど、もしかしたら、諦めてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、深い眠りに落ちていった。
『リッカ、今日もユキは可愛かったな』
「うるさい、スバル」
六花は考えていた。
この地域には伝説があり、六花もその伝説に関わっている。
それは有名な伝説だ。
向こうにある集落で流行り、どんどん都の方にまで広がっていった。
流石に王宮にまでは届いていないと思うが。
しかし、あいつは……雪姫は、どこから来たのだろうか。
「まあいいか。今日は寝よう。おやすみ、皆」
疑問を抱きつつ、誘われるように深い眠りへ落ちていった。
そして、雪姫が六花の家に来て三週目の朝がきた。
「おーい、雪姫。起きろー!」
「……んぅ、おはようございます、六花さん」
「ほら、飯食おうぜ」
今日の朝食は野菜炒めとご飯。
一度、気になってこの地域の野菜事情を聞いてみたのだけれど、寒冷な地帯でも育つ野菜や小麦、稲があるらしい。
雪にも負けず育っている野菜は、甘くてとてもおいしい。
私のとても好きなメニューだ。
大丈夫、凍らない。
そんな暗示をかけながら朝食に手をつける。
そして、ごちそうさま。
「……やはり、とてもおいしいですね、六花さんの料理!」
「そ、そうか?まあ、俺も修行は積んだしな!」
「……そうなんですか、それは美味しいわけですねぇ」
お互い秘密を抱えながらも楽しく過ごす、穏やかな日々。
「そういや、今日は雲が白いし、雪もあまり降ってないな」
「……そうですねぇ」
「ちょっと七匹の兎の散歩ついでに歩くか」
「……いいですね!」
こんな日がずっと続けば良いのに、と雪姫は思った。
このまま変わらなければ良いのに、と六花は思った。
積もっている雪をさくさくと踏み、二人は進む。
その後ろから、ぴょこぴょこと兎が七匹ついていく。
その更に背後に……『彼女』……王妃の手下の男はいた。
頃合いを見計らって、男は襲撃した。
楽しい雰囲気の中、誰も気づく者はいない……
……かと思われた。
雪姫は殺気に敏感な体質を持っていた。
それに加え、どんなときでも警戒心を緩めないように意識していたのだ。
しかし、彼女はか弱く、自己防衛手段を持っていない。
「真白雪姫王女を、殺すべきいいいいっ!」
男は叫ぶ。
次の瞬間、男は雪姫に触れた。
六花も異変に気づいたが、男が雪姫に触れるのを阻止できなかった。
そして、雪姫は……男を、凍らせてしまったのだった。
……知られたくなかった。
六花さんにだけは、絶対に知られたくなかった。
雪姫の気持ちの中で、そんな気持ちが渦巻いていた。
優しい彼、暖かい家。
彼にだけは、拒絶されたくない。
そう、雪姫は考えていた。
でも、能力を見られてしまった。
……これでは、もう。
ふと雪姫は六花を見た。
六花は男に息を吹きかけていた。
すると、どうだろうか。
凍った男が、一瞬の内に雪の結晶のようになる。
茫然と眺めて、しばらくして残ったのは白銀の世界だった。
まるで、そこには初めから何もなかったようにまっさらな状態。
「雪姫も、同じだったんだな……」
六花が口を開いた。
「……六花さんも、なんですか……?」
「俺は雪女の家系。一族の、唯一の生き残りだ」
「……私は、半年くらい前……突然なって。人とか凍らせちゃって。……その人が、第二皇女で。そのお母上のお妃さまが激怒して……殺せ、って。だから怖くて、逃げてきたんです。だから私、六花さんの優しさを利用したんです……っ……」
涙が溢れだす。
今まで、誰にも打ち明けられなくて。
怖くて、逃げるしかできなくて、何度も眠れない夜があった。
でも、六花さんの家に来てから変わった。
暖かくて、優しい、希望。
今まで私に無かったものがそこにあった。
眠れるように、なった。
一日一日が、楽しかった。
「利用したってんなら、俺も同じだよ。ずっと一人で寂しかった。誰でもいい、人が恋しかった。そんなときにお前が現れた。俺は、弱ってるところにつけこんだんだ」
「……でも!優しくしてくださいました。暖かさをくださいました。私には、それで充分過ぎるほど幸せなのです……!」
「……追っ手、もう来てないよな」
そう言って周りを確認した後、六花さんは私に口づけをした。
「……ふ、あぁ……っ……」
「ぷっ、変な顔、声!まあ、そこも可愛いんだけど。これからは俺が守ってやるよ、王女さま?」
「……な、何で分かったんですかあぁっ!?」
「いや、さっきあの男が叫んでたし」
「……それは秘密にしておきたかったですのに……」
……少年は知らない。
都で王女が指名手配されていることを。
曰く、王妃は国政に介入したという。
曰く、王妃は話を誇張して国民に伝えた。
曰く、国民は皆、手中にありと。
……曰く、王女は国民皆を殺すつもりであると。
……少女は知らない。
彼は強大な力の持ち主だということを。
曰く、雪女の力を持つ者では男は初めてだという。
曰く、強大すぎる力ゆえ、封印されてきたという。
曰く、その力には制限がかかっている。
……曰く、その力は愛する者の為にしか使えないと。
少年少女は知らない。
世界の全てを、敵に回したということを。