日常の中のワンシーン 〜短編ストーリーに詰められた想い〜
東京都内の通勤電車は本当に嫌になる程にそれはもうどうしようも無い程に、混む。かく言う私も隣の県から都内までとある線で通勤しているのだが、もう、圧死するぐらい混む。15両編成の電車が2〜3分毎にホームに来ているのだからそんなにぎゅうぎゅうにならなくてもいいだろう。なんて思っていたけれど、一両に入る人数を二百万人としても東京で七百万人、千葉、茨城、埼玉、神奈川合わせると千万人以上と通勤、通学者がいるらしいから、なる程、それは仕方ないわ。と納得したところでこの話を進める事にする。
辛い辛い満員電車に、伊月は揺られるというより押し潰されて通勤していたある日の事だ。少し面白い事があった。
伊月は電車が好きだった。
あの角ばった構造体が格好良く見えた。
移動している時の景色が好きだった。
小さいの頃、隣の電車と自分の乗っている電車が同じ方向で走っている時、競争している気分になって興奮した。そんな気持ちも、いまはもう懐かしく思うことも滅多にない。満員電車では楽しい事や面白い事など全くない。辛いだけだった。彼は今日も同じ電車、同じ車両に乗って通勤していた。降りた時に改札へ一番近い場所。降りる時に真っ先に降りれるドア正面だ。そこから外を見ると少し遠い車線に同じ方向で電車が走っている。それぞれの電車は一気に近づき十秒ほど並走すると、離れて違った駅に到着する。その近づく時間は対面車両の中が見えるのだが、あちらもかわいそうな程に満員だ。特にドアに人がへばりついているOLを見ると無性に切なくなる。まあ、自分のほうも同じような環境なのだけれど。よく見れば身体が仰け反って無残な姿勢をしているじゃないか。あぁ、大変そうだ。 後ろのおっさんに全体重を任されても尚、両手を窓にへばりつけて踏ん張っているOLの姿は、あまりに辛そうでとても見ていられない。
と思って見ていたら、
たまたま目が合ってしまった。
そこから五秒ほどお互いを見ていた。
するとOLの彼女は目線を少しずらしたと思うと、さりげなく窓にはりついてた右手がピースをしていた。もしかしたらピースは違う人に向けられたのかも知れない。などと考えたが、伊月は自分に向けられたものと思うと少し嬉しくなった。面白い事もあるもんだ。そしてそのまま別れて行ったのだった。
そんな些細で、偶然、もしかすると勘違いかもしれないような出来事が、人の人生を大きく左右、変えるフラグだったりする事は良くある事。フラグとはきっかけと同じような意味合いだけれど、それが立つのか立たないのかは誰もわからない。未来は神のみぞ知る事かもしれない。しかし、今この時、その神様もわかっていないことだってある。
———またあのOLの彼女が見れるかもしれない。
———もう一度会ってみたい。
そう思った伊月は次の日、昨日と同じ時間の同じ電車、同じ車両の同じドア付近で満員電車に乗った。期待して窓の外をぼーっと眺める。昨日のピースはただの勘違いかもしれない。でも、もし本当に自分にピースしてくれたのならば、それはやり返してあげなくてはならないだろう。などと軽い冗談でそんな事を思いふけながら、窓の外の走る電線を眺め続ける。
がたんごとん。
がたんごとん。
がたんごとん。
この駅を越えたらあの場所だ。まず、丁度この時間に対面して電車が出て来なければならない。何せ通勤ラッシュだ。三分に一本走っている電車は気分屋で、1分前後の遅れなんて日常茶飯事である。その大半は電車のドアに人が挟まったり入りきらなくて閉められず、出発時刻に間に合わない事が原因だったりするわけだが、今日のところは別に遅れることはどうでもいい。あちらの電車が同時刻に走っていれば良い。これはもはや運を頼るしかない。
とかく、電車はあの場所に差し掛かった。丁度昨日の電車も同じ時間に走っていて、昨日と同じように並走し始めた。もしかすると、昨日と同じ位置にいるかもしれない。期待が一気に高まった。
ドキドキしながら対面する電車の窓を見通していた。
☆☆☆
そんな伊月の気持ちとは裏腹に、私は合わせる事を辞めた。そもそも今日は電車に彼女は乗っていなかった。伊月が乗っていた電車と、彼女が乗っていない電車、各々別れ違った駅に着く。今回は期待を裏切ってしまったが、今回は物語だから仕方ない、と諦めて欲しい。
ストーリーは作者によって、容易くハッピーエンドに変えられ、バッドエンドを迎えることができる。その結末になった『理由』はきっと物語の中に隠されていて、散りばめられているのかもしれない。『理由』の欠片を掻き集めて進むと、少しずつ『エンド』に近づいていく。物語にはそういったものが詰められて出来ていて、一つ、またはたくさんの『役割』を持って完成される。そして『作品』が創作されていく。
今回は短編作品。
一つ一つ何かが詰められたストーリー。
そう考えると目の前にある物語の“役割”が見えてくる気がする。
——— A story's role
——— 物語の役割
☆☆☆
さて、余談になってしまうのだけれど、この後伊月は三日後に電車越しにOLと出会い、見事にピースを仕返している。
これが『日常』の中のワンシーン。
---完---




