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リボン隠れ鬼  作者: 作空うむき
7/20

3-後

 小助は無表情の下で幹也を睨みつける。

「おいデブ子ちゃん。これお前の趣味か? 随分可愛い趣味してんじゃねぇか」

「うっわー! デブ助オカマじゃんオカマ! うっわー!」

「ヤバい、ウケる」

 ドッと笑う幹也達を睨みながら小助は必死で考える。どうすればアレーーーーー幹也にとられたリボンを取り返せるのかと。

 小助はリボンを無くさない様両方の足首に着けて隠していた。ここならズボンに隠れて見えないし、腕やポケットと違って誤って落とす心配もない。常に持ち歩く手提げ袋に入れても良いが、万が一この間の様に力で捥ぎ取られてしまえばもう敵わない。

 そういった事を想定しての策だったのに、幹也の手、正確には右手の人指し指には小助が落とした白いリボンが危なっかしくくるくると回されていた。

 ーーいつ落としたんだ……ーー

 ゴミ捨ての為に教室を出た。その帰り道の廊下では何度も立ち止まりその都度リボンがある事を確認した。これが終われば放課後。ついに勝達と遊べると心を弾ませながら感触を味わったのだから間違いない。

 だが教室に入ると窓辺に居た幹也達が既にリボンをその手に持っていた。

 ーーいつ落としたんだ……ーー

 最後の確認からたった数十歩の距離で落とたのだろうか。それを誰かが拾い、幹也に渡したと? あり得ない。

 だがよく考えてみればこれは六人で割り勘して買ったもの。もしかしたら小助以外の誰かが落としたのかもしれないし、若しくは同じ店で買った別の誰かが落としたのかもしれない。

 ーー絶対にそうだってーー

 そう期待して確認した足首には、何故か白いリボンだけがなかった。

 そこで夢か誰かに頼んで「自分のだ」と言って貰えば良かったのだが、あまりにも動揺し過ぎて直球に「それ俺の」と言ってしまった。それからずっとこうしてからかわれている。自ら上質な餌をやってしまうとは、と激しく後悔するももう遅い。

「つかさ、なんかお前休み明けから図に乗ってね」

 ニタリと笑んだ幹也が器用にリボンを回しながら小助の目の前に立つ。思わず逃げ腰になると窓辺の健一達に冷やかされた。

 幹也に立たれるのは苦手だ。負けたくない、相手にしたくない、と思うのにどうしても竦んでしまう。

「先週は佐々木達のグループとなんか仲良くやってたみてぇだし、今日は千田と古川。まさかデブ助の分際でお友達作ろう計画立ててるわけじゃねぇよな?」

「……」

「だったら止めとけよ。お前ネクラなんだから思う存分ネクラライフ満喫しとけって。その方がお似合いだし、そもそも誰かと話す話題ないだろ。だってお前漫画もゲームも持ってないもんな」

 馬鹿にするな漫画はある。全部妖怪等のオカルト系で、楽太郎のR12のホラー漫画だが。

「まっ、どうせリボン隠れ鬼が終わればお前なんて要無しなんだよ。折角だしその間に友達ごっこ楽しめば」

 ぐしゃり、と幹也が手の中でリボンを握りつぶした。

 瞬間、小助の中で何かが切れた。

 小助にとって久々の子供らしい時間だった。努力して自分で得たものではなく、全て与えられたものだったけれど、それでも誰も嫌な顔一つしなかった。京香なんか小助と交換したリボンを大事にしてくれるとも言ってくれた。こんな甘えられる環境を漸く得た小助がどんなに嬉しかった事か。

 そんな気持ちを幹也に汚された気がして頭に来た。

 ゴミ箱を投げ捨てる様に床に置くと直ぐさま幹也に飛びつく。いくら幹也が大きいからといってもその差は大体頭一つ分。ならば手を伸ばしても届かない壁ではない。

 指先にゴムが触れた。

 だが幹也が持ち前の反射神経を生かして咄嗟に右腕を上げた。そうされればどうしても届かない高さになるのだが、ここでいつもの様に諦めるわけにはいかない。

 小助は何度も何度も追いかけた。何度も何度も飛び跳ねた。こんなに諦めが悪い小助を見て幹也を含めその場の全員が驚いていたが、中々好転しない様子に遂に周りから笑いが起こった。

 健一達だけじゃない。教室の清掃にあたっていたクラスメイト達が楽しそうに笑いの他にも声援を送る。

「そのまんまじゃ取られるぞー」

「小松ーがんばれー」

「おっ、おっ、あーー! おっしい!」

「幹也逃げ切れー」

 ここに味方なんていない。班決めはくじ引きで決めるのでここにいれば味方をしてくれたであろう夢や京香や勝や結人もいない。

 でも居ても居なくても変わらない。これは小助の意地だ。自分の力で取り戻したい。

 爪先を伸ばしてえいやと幹也の髪を掴んだ。その痛みで幹也が怯んだ拍子に手を伸ばす。

 指先がリボンに引っ掛かった。

「取っ………!!」

 瞬間、小助はとんでもないものを見た。今正に指を掛けたリボンが勢いよく幹也の手から飛んでいったのだ。まるで指鉄砲で輪ゴムを飛ばした様な勢いに息を飲むと、健一が「むぎゃ!!」と潰れた様な悲鳴を上げた。

 ハッとして見れば窓辺に居た健一と裕幸が窓の外を見ている。

 あちらは校舎の裏側で、整備が行き届いていない木々が高い塀の様に鬱蒼と並んでいる。その木を抜けた先には本来の塀があり、その更に向こう側には車がたまに走る人気のない一般道。

 サッと血の気が引くと健一が飛び跳ねた。

「幹也すげぇすげぇ! ファーーって感じ! ファーー!」

「ファーは褒め言葉じゃない。でも幹也凄いね。ナイス」

「……あっ、おっ、おう」

 幹也が戸惑う様に自分の手と窓を何度も見比べた。思いのほか上手く飛んでしまって驚いたのだろうか。

 小助も小助で思考を停止させていると塞き止められていた物が一気に溢れる様にドッと教室内が笑いに包まれた。

「菅原えげつねー!」

「今の角度であんな速球、どうやったんだよ!?」

「あーららこらら」

「木に引っ掛かってたたら終わりだね」

「あはは! なんか地味に笑えてくるんだけど!」

 沢山の笑い声を聞いている内に思考が回り出す。だがその笑い声のせいでだろう、まるで催眠術に掛かってしまった様に霞んだ頭で少し前までの孤独な自分を思い出す。

 孤独に慣れていた時は誰に何を言われようとも、幹也にいくら物を取られても構わなかった。家の事が出来ればそれで良い。楽太郎の支えになれればそれで良い。それだけを考え日々を過ごした、懐かしい小助の日常。

 ーーそうだ、最近の俺は俺じゃなかったーー

 何が友達だ。何がリボンだ。

「………疲れた」

「はぁ?」

 聞き取れなかった幹也が怪訝そうな顔を向けるも無視して放置していたゴミ箱を抱える。

 疲れた。何かの為に動くというのはこんなにも大変な事だったのか。

 こんなに疲れる事は一生したくない。だからこのまま昔の自分にーーーーー

「ちょっと」

 幹也が「げっ」と声を漏らした。胡乱げに顔を上げると入り口に夢が立っている。それも良い笑顔で。途端にパチン、と小助の中で何かが弾けた。

 怒ったのではない。今漸くはっきりと目が覚めたのだ。きっとあれは催眠術が解けた音だったのだろう。

「あの……佐々……」

 小助が声を掛けると幹也が身じろいだ。多分だが小助を盾にしている。凄く嫌な予感がした。

 瞬間、弾丸の様に飛び込んで来た夢が小助を思い切り突き飛ばし幹也に掴み掛かった。幹也が後に倒れると教室中から悲鳴が上がり、その声を聞きつけた別のクラスの担任が何事だと慌てて教室に入る。そして目の前の一方的な乱闘に小さく息を飲むと、直ぐさま間に入った。

 押し退けられた拍子に尻餅を付いていた小助もそれを見てハッとし教師に加勢する。だが直ぐに流れ弾、もとい手の甲が米神を打ち、ぐらりと蹌踉けた。

 ーー佐々木さんを怒らしたら駄目だーー

 分かってはいたが今日改めて再確認した。

 当然放課後にやるリボン隠れ鬼は延期となった。

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