闇の月の王
ある時、この世界は魔物の大群に襲われた。魔獣を蹴立てて盾や鎧に各々の持つ武器を打ち付け、咆哮を上げつつ魔法を目指して亜人や魔神の類まで・・・進軍は苛烈で一瞬で、王国、城砦都市が落とされ、近隣の大小の都市・村も、文字通り食い尽くされ、破壊されていく。
ある村がある・・・生活も貧しく辛いが、家族のような小さな村・・・
平和な日々は突然破られた。
満月の夜ついに魔物に襲われ、村人たちは、高い崖に囲まれた入口も一つしかない谷間に逃げた・・・・後ろには、魔獣の咆哮が聞こえ、逃げ遅れた村人の悲鳴が聞こえる・・・・喰われ、犯され・・・殺される・・・
子供も大人も怯えていた・・・・もう、死しか残されていないのだから。
そこに着いた時、一人だけは違っていた・・・その谷間にそっと生える、ほの白く光る花たちを見たとき・・・・
たった一人の老婆が、「懐かしいね~、ここで昔、あの人にあったんじゃよ・・・」
大人たちは、昔から聞かされる、この老婆の言葉に懐疑的だった、むしろ、あきていた・・・しかし、子供たちは違った・・・恐怖からの逃避なのか、強い好奇心の現われなのか?
「おばーさま、どんな人だったの?」
「そうだね~真っ黒な異国の服を着た人だったよ、真っ黒で長い髪の毛で・・・それに比べて真っ白な肌で・・・」
「え~、そんな人いないよ~」 「だ~れ?それ?」
「おばばも、知らないよ。あったのはそれっきり・・・その時、この花をあげたのを覚えてる・・・・」
ついに、ここまで来た!!咆哮と鎧を打ち鳴らす音・・・・そして、松明や魔法の明かり・・・・
子供たちも大人たちも・・・凍おりついたかのように押し黙り自らの未来に絶望した・・・・
が、一人の子供が「あれ?月がない?」
満天の星だけが・・・空にはあり・・・・月がない・・・・
崖の外から入口を見つけた、魔獣たちが入ってきた・・・・もうおしまいだ。
ここでみんな死ぬと大人達が嘆いた・・・・
しかし、魔獣も亜人も入ってこない・・・・谷間の前でもがいて吠えている魔獣たち・・・あるものは何かに怯えているようだ・・・・
村人たちは見た。闇の中から浮き出したかのような白い顔と手・・・・そして闇が形どったかのような、黒い異国の服に黒い長い髪・・・・
ゆっくり、老婆の所に歩いてくるその人が。
「久しいな、あの時の娘か?変わらないな・・・」
「もう、こんな年寄りですよ」
「そうか・・・」
その間中、魔物たちはその場に線が引いてあるかのように動けずにいた・・・・
ゆっくりと、・・・・魔物たちの暴れる足もとを、その人は見ていた・・・・かすかに、眉が動いた気がした・・・・踏み潰された、白い花・・・それだけで、この場にいた村人たちは、怒りのようなものを感じた・・・・
だが、魔物たちが見せた動きは違っていた・・・・・縛られたように恐怖に体をひきつらせたのだ・・・・
ゆっくりと、顔を上げる・・・闇に溶け込むような・・揺れる髪・・・
目の先に何もないとでも言うように・・静かに・・・遠くで聞こえていたはずの・・・音までやみ静寂のみが当たりに満ちている。
村人たちに「ここにいろ」そう言って、魔獣の方へ
村人たちは、その命令が絶対のもののように感じた。
そして、魔物たちに向かって・・・「私にあらがって、見せよ」
そう言って、崖の外へ魔物たちを押し出すように進む
崖の外に出た、もしくは外にいた者たちは・・・・はじかれたように、襲いかかっていく・・・・
「くだらない」
動作もない、ただ、かすかに発したこの言葉に・・・この力は宿っていた・・・・向かってきた、魔獣たちを弾き飛ばしたのだ。それも死なない程度の力で・・・・魔物たちは何が起きたのかもわからなかった。
ただ、見えない壁に押し飛ばされた
そして、目の前の人間は、ただの人間じゃないってことに・・・・気がついた。
魔法だ!魔法を撃て!今のも魔法だ。なら魔法を撃てばいい・・?魔法なら対抗できるはずだ!!
魔神たちが、ありったけの魔法を・・・・たった一人の人間に撃つ・・・・
一発で街を焼き尽くし轟音で辺りを揺るがすはずの、魔法の力が数千発の架線とともに・・・・人間に・・・文字通りの結果になった、巻き込まれるのを恐れた魔物たちが・・・逃げ惑っていたが・・・・
周辺を焼き、すべてのものが蒸発しているか溶け出すはず・・・だが、何も起こらない。
その人間は、そのままその場にいた、風にそよぐかのような動きさえ見せない長い黒い髪・・・黒い異国の服・・・・白い肌・・・・
魔法が打ち消されたわけじゃない・・・魔力は発動した・・・・はず・・・・
「今日の、私は寛大だ・・・・一瞬の恐怖を与えよう」
はっとなる魔物が・・・・・何かを思い出したようだ・・・・それは、神だった。
とある魔神が、「・・・・・闇の月の・・・・」
だが、すべての言葉を言う前に、食い尽くされた。
静かに、神々しささえ感じる目の前の存在は・・・慈愛などから離れた行動をとった
黒いマントから出た無数の長い腕・蝕手・鋭い牙を持つ顎の大群に・・・・魔物たちを飲み込む、マントに大きく広がる口、巨大な竜を思わせるそれに、次々ほうりこまれ、咀嚼され吸い込まれる。腕や触手に絡みつかれ、引き裂かれる魔物たち・・・・
村人のもとに戻った彼は・・・老婆に・・・もう会うことはあるまい、人間とは儚い・・・・と語った
その時、子供たちが・・・
彼に向かって、ほの白く光る花を一輪手渡した・・・・
神は、少し困ったような顔をして・・・・そして薄く笑みうかべて・・・・消えていったという・・・・