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 周りをみわたすと、シスターと子供たちが倒れている。ジャンの苦悶の表情で、どうやら気絶しているようだと安堵した。


「なぜだ……なぜお前みたいなやつが……」

 地を這うような声にはっとする。

 見ると、金髪の男が尻餅をつきながら私を指差していた。

「なに……なにが……」

「覚えていないのか」

 すぐ近くで声が聞こえ、思わず震えてしまった。

 振り向くといつの間にか私の足元から移動したあの黒い悪魔が立っていた。

「お前は我についていたあいつとの契約の鎖をといた。そして我と契約をした」

「……契約?」

 黒い悪魔は赤い瞳を私に向ける。思わずそれに吸い込まれそうになるが耐えた。

「我を使役する契約だ」

 ……使役……。

「私はそんなこと……」

「なぜ覚えていない?主はあやつに勝る魔力を持っているのだろう」

「魔力?」

「その話は後でしよう」

 黒い悪魔は私の腰に手を当て、自分に引き寄せた。それに思わず肩をすくめる。

「我が怖いか。……辛抱しろ」

 そう言った彼は、前を見据えながら私の腰を掴んだまま宙へと浮かび上がった。内臓が下がるような不思議な感覚に私は目をつむる。

「言え。主はどうしたい」

 バランスを保ったまま、悪魔が私に囁いた。見えるのは、倒れている孤児院のみんなと、顔色をなくした金髪の男。大きな針葉樹のてっぺんが見えるほど上昇した私たちは、それらを見下ろしていた。

「……あ、あなたは、あの金髪の味方じゃ……」

「言ったであろう。あやつとの契約の鎖をといた主と契約を結んだと。悪魔は契約を重んじる。今や我の主は、お前だ」

 私の目を見てはっきりとそう言った彼は、不意に手を動かした。

「見事な赤だな……」

 腰を掴んでいるせいで、赤い瞳が私の赤を捉えたことに気付かないくらい悪魔との距離が近い。その手は生まれたときから伸ばしっぱなしの赤毛に伸びた。

「綺麗な赤だな」

 その言葉に、胸が熱くなった。

 自分の赤を、そんな風に言ってくれたのは……。



「降りて来い、フェネクス=ブラッド=ラビツ!」

「言霊は契約が絶たれた時点で通用しないことをわかっているだろう、エメリッヒ」

「契約をとくなんて僕は認めていない!」

「貴様の了承など、関係ない。貴様より魔力が上の相手だった、ただそれだけだ」

「そんな小娘に僕が負けたと?」

「そういうことだ」

 エメリッヒと呼ばれた金髪の男は、悪魔のことを天敵のように睨み付ける。

 その視線に、寒気がした。

「……長居はよくない。主、早く望みを言え」

「望み……?」

 私は……。


「リリー!」

 ―――いつもより覇気を無くした声が聞こえた。

「……ジャン? ジャン!」

 慌てて下を見ると、片足を地面につけたジャンがこちらを向いていた。

「なんでお前……空に浮いているんだ?!」

「え……」

 ジャンには……彼が見えないの?

 ちらりと彼を見ると、そうだと肯定を示した。

 ……そうだった。ものごころついた時から気づいていたのに、なんで忘れていたのだろう。

 ―――普通の人間は、悪魔を見ることは出来ない。

 そして。


「私は……人間のみんなより、悪魔たちといることを選んだ……とうの昔に」

 私は悪魔を見上げた。

「あの……悪魔さん」

「なんだ」

「孤児院の……みんなを助けること、出来ますか?」

「朝飯前だ」

「……わかりました」

 大きな声でなにかを叫んでいるジャンを見下ろした。

「ジャン、ごめん」

「リリー、早く、こっちへ!」

「……今まで、ごめん、ありがとう」

「! なにを……」

「元気でね」

 ジャンは途方に暮れた顔をした。それを横目に、悪魔に私の望みを言う。

 目障りなブラッドリリーはもう二度とあなたたちの前にはあらわれません。だから安心してこれからを生きて……。


「フェネクス!なぜだ!それは国に背くということだぞ。わかっているのか?」

「……貴様らのやり方は好かん。悪魔は国に縛られない」

 エメリッヒは唇を噛んだ。

「そこの娘!国の悪魔を奪った罪、それは反逆罪とみなす!そしてその魔力……。国はなんとしてでもお前を野放しにはしない!」

 その剣幕に、恐怖を忘れ悪魔にしがみついてしまった。

「そんなことは我がさせない。去ね」

 悪魔は片手をエメリッヒにかざす。その瞬間、エメリッヒは煙のように消えてしまっていた。

 思わず悪魔を見ると、あるべき場所に帰しただけだと呟いた。


「……あの、悪魔さん」

「わかっている。……本当にいいのか」


 私はうなずいた。


 

 ―――空に漂いながら、私の生きた孤児院の後を見つめる。

 

 私も、なにもかも忘れることができたら……。

 いいえ、人間の理に背いた罰……私だけは覚えていよう。



 ……真っ赤な瞳が、そんな私を静かに見つめていた。








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