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悪魔は個人の解釈で書いております。
物陰の暗闇には悪魔がとりついている。
そんな昔ながらの言い伝えは、今や子供を戒めるものでしかない。一部を除いて、ほとんどの人間は悪魔をみることができないからである。したがって、今の科学では説明のつかない自然現象や、人間の深層心理につながる恐怖などが『悪魔』という形をつくっているのである。
そんな世の中において、リリーは数少ない、一部の人間である。
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小さいころ、私は両親に森に捨てられた。この世界ではよくある口減らしであるから両親に恨みはない。偶然通りかかった商人にひろわれた私は、近くの孤児院にいれられ、衣食住が保障された。そこで私は自分が稀有な存在であることを知るのである。
それは、真っ赤な髪の毛である。茶髪・金髪が主流のこの世界において、赤髪はとても珍しいものであった。しかも、私の赤毛は血を吸ったように毒々しい赤だったため、孤児院の子供たちはたいそう怖がった。
怖がっていたころはまだよかった。私より後に孤児院にはいってきた同い年のジャンに、赤毛をひどく扱われたのである。子供のころによくあるいじめの対象に、ちょうどほかの子供と違う部分があった私が該当してしまったのだ。おかげで今まで遠巻きに見ていた子供たちがジャンに加勢するようになり、そのころは私の黒歴史となった。
しかしそれも、ある程度大きくなったら次第に消えていった。要するに、みんなが私に飽きたのだ。実際、私はどんないじめに対しても、声を荒げたり、取り乱したりはしなかった。両親に捨てられた場所に感情を置いてきた、などと言われたことがあるが、それもあながち間違いではないように思う。
なんの反応も示さない私を散々いじめといて、つまらないからとあっさり私をないものとして扱う孤児院のやつらに、怒りがないわけではないが、それを表に出す手段がわからない。
そんな機械人形のように私は育ってしまったのである。
そのように育ってしまった理由として、もう一つ私の稀有な特徴があげられる。
「おい、ブラッドリリー。そろそろ夕飯の時間だぞ。まだ水汲みもできてないのかよ」
井戸で水汲みをしていた私は、その手をとめて声のするほうへ向いた。見ると、忌々しいジャンが農具片手に私のことをにらんでいた。
ほかのみんなが私に飽きても、ジャンだけは小さいころからかわらず私にちょっかいをかけてくる。
今や血のような赤毛を持っているからと、私のことを『ブラッドリリー』と呼ぶのはジャンだけだ。
私はジャンを無視して、水の入った甕を抱えた。女の身である私がこれを運ぶのは一苦労であるが、私には強い味方がいる。
重い甕が次の瞬間羽をもっているかのように軽くなった。私はジャンに聞こえないように彼らにお礼を言う。
―――甕の周りには黒い影が出来ている。それは、気まぐれな悪魔たちだ。
孤児院にいれられたときに、ほかの子供たちには悪魔が見えないことを知った。ものごころがついたときから当たり前のように見えていたそれを、ほかの子供たちは見えていない。私は時々来る貸本屋で、それらが悪魔であることを知り、さらには人間に害をなす存在であることも学んだ。
だけど、悪魔たちは決して人間に悪さをしようとはしなかった。ぼんやりとした黒い影の悪魔たちは、むしろ私が困っているときに必ず助けてくれたのだ。
今もそうである。重い甕の大半を持ってくれている悪魔に、私は小さく微笑む。
「ちんたら歩いてんじゃねーよ。……なんだったら、手伝ってやっても……」
「ごめん。すぐ行くから」
私はなにかもごもごとしゃべっているジャンをおいて足早に台所へと向かう。
「……下ばっか見てる薄気味悪いやつだな。お前なんか悪魔に食われてしまえ!」
舌打ちとともに大声でそういったジャンは、私の肩にぶつかった。私はその衝撃でよろけてしまうが、すかさず悪魔が支えてくれる。
足早に孤児院へと入っていくジャンを見つめながら、私は首をかしげた。
悪魔は、とにかく絶対の悪であり、悪魔に食べられるという文句はなにかと用いられることが多い。私はそれが嫌だった。だから私はその言葉をしょっちゅうつかう孤児院のシスターたちが気に食わなかったし、それを鵜呑みにする子供たちも嫌だった。だから私は人間たちとの交流ではなく、悪魔たちとの交流を選んだのだった。
悪魔は言うほど悪いものではない、そう思っていたから。
それなのに。
―――漆黒に靡く髪、全身を包む黒い衣服、その身体からあふれ出す黒い影。
それは、一瞬で孤児院を塵に変えた。