砕けぬ盾
その日、王宮の訓練場に奇妙な来客があった。
「訓練場に行きたいのですが」
白髪で皺だらけの老婆。
先日、兵士となったばかりの新米たちは先輩や教官にしごかれ心身ともに痛めつけられている頃だ。
「何の用だ。婆さん」
「見て分からねえのか。今は忙しいんだ」
「それとも息子さんでもいるのかい」
新米たちは苛立ちをぶつけるように老婆へ言うが、これもある程度は仕方ない事だろう。
なにせ、国を守るためと兵士になったのに現実は『心が砕けぬために』と先達に痛めつけられている真っ最中なのだから。
例えそれが正しいと知っていても痛めつけられて良い気分の者などいるはずもない。
それを知っている老婆は一つ、小さくため息をついて彼らの上長――それも最も位の高い者の名を告げた。
「呼ばれたんだ。そいつに」
変わった声色に兵士はびくりとする。
新米とは言え、気配を察する能力にかけては彼らは市民よりも遥かに優れている。
老女はその様にどこか安堵した様子で言った。
「言っておくれ。カトリーヌが来たと」
老カトリーヌの二つ名は『砕けぬ盾』というものだった。
彼女は六十の坂を過ぎた老女でありながら、未だに戦闘指南として兵士たちに呼ばれても新米相手では複数人で挑まれても傷一つ負わない。
文字通り盾の扱いが群を抜いているのだ。
「殺すつもりで挑め」
指南役にそう言われた者達は困惑する。
母どころか祖母よりも年上のお婆さん。
皆がそう思うのも束の間、彼女は盾であらゆる攻撃を防ぎきる。
剣も、槍も、矢も、魔法さえも。
やがて、挑む側が力尽きて反対に降参をしてしまう。
傷一つ負わないカトリーヌを相手にするのはまるで物言わぬ岩を相手に鍛錬をしているようなものだから。
「守りばかり強くても情けないだけだけれど」
老女の言葉を聞き、新米たちは苦笑いをする。
それが自分たちを擁護するものだと勘違いしたからだ。
「守るだけの相手の守りすら崩せないのであれば、剣ではなく鍬でも持っていた方がよっぽど役に立つ」
その言葉を聞いて新米たちはようやく悟る。
カトリーヌの言葉が侮蔑であったことに。
「婆を侮る暇があるのならば腕の一つでも磨きなさい。平和はいつまで続くか分からないのだから」
先の戦いで訪れた平和は未だ僅かな陰りもない。
けれども、それはいつまでも平和が続くという結論にはならない。
身を守る最たる物である盾の使い手にそう言われて新兵たちも顔を伏せるばかりだ。
「私は来年も来ます。それまでに盾なんかに傷つけられない心を養いなさい」
そう言って老カトリーヌは歩き出す。
向かう先は新兵たちより一年早く兵士となった者達――つまり、去年の新兵たち。
その様を見て、これが恒例の行事であったことを新兵たちは否応なしに悟るのだ。
「見ていろよ……」
先輩たちもまた苦戦する様を見ながら新兵たちは苦々し気に呟くばかり。
毎年、この時期にだけやってくる『砕けぬ盾』は今年も見事に新兵たちの心を砕いていた。




