法廷速記官は、離縁の申立てをする
「そんな約束していない」と言う人ほど、紙が怖いのです。
王都裁判所の廊下は、朝から冷たい。
わたしは受付に書類束を置いた。
「離縁の申立てと、子の保護命令を」
書記官が眉を上げる。
「相手は?」
「ヴァルド・レインベル侯爵」
周囲がざわめいた。侯爵家の名は重い。だからこそ、今まで“黙る”ことで守ってきたものがある。
でも、黙るのは終わりだ。
わたしは誓約文字の写しを添えた。
「……口約束が文字になる、あの写しですか」
「はい。発話時刻、場所、立会人の有無まで記録してあります」
速記官の仕事は、感情を挟まないことだ。
だから、わたしは泣かない。
書記官が小さく頷き、紙に印を押した。
「担当はレオンハルト判事補佐になります。厳しい方ですが……証拠が揃っているなら、話は早いでしょう」
厳しい。
それでいい。優しい曖昧さは、貴族の嘘に負ける。
呼ばれて入った執務室で、黒髪の青年が顔を上げた。
「エリシア速記官。あなたが当事者になるとは」
レオンハルト判事補佐は、わたしの提出した写しを一枚で理解した。
「誓約違反に加えて、子の連れ去り未遂……」
彼は、視線を上げずに言う。
「仮保護命令を出します。今日中に。あなたは──逃げないでください」
「逃げません」
わたしは真っ直ぐに答えた。
逃げないために、ここへ来たのだから。
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