2−1. 乱暴な奴
月曜になり、灰色の学院生活が再び始まる。学院は複数の貴族の子供達と複数の平民の子供達が作る世界だ。そこは人付き合いを練習する場ではあるが、他方、社会の縮図を示す。
「あら、マリエル・リズリーさん、ご無沙汰ね」
話しかけてきたのは2年のクレア・ライアン伯爵令嬢だ。
(こいつの姉シェリーが、10才の誕生パーティに呼ばれた姉に付いて行った私を『目が小さい』と馬鹿にしたんだ)
それまでは何かにつけ『お姉ちゃんとお揃い』が好きだったメアリは、この事で自分と姉は別世界の住人である事を思い知った。この日からメアリは姉を『姉さん』と呼ぶ様になったんだ。
「ご無沙汰しております。ライアン伯爵令嬢」
「お姉さんがあんな事になって、さぞかし気落ちしていると思うけれど、気を取り直して学園生活を励む事ね。そう言えば、あなたの成績はあまり良くないと噂に聞くけれど、気持ちの問題かしら?」
「いいえ。魔法の才能が無い様です」
「そう、お姉さんも魔法より美貌で世間を渡っていくつもりだった様だけれど、お姉さんほど美しくないあなただったら、もう少し励んだ方たよろしいのではなくて?」
「ご忠告痛み入ります。才能が無いなりに努力して行きたいと思います」
「そう。頑張ってね」
私はぺこりと頭を下げてその場を去った。
周囲の人間がリズリー家の醜聞をこそこそ話している。そう、これは私がソフィア・リズリーの妹である事を知らしめて、苦しめる事が目的で話しかけているんだ。家族を失った悲しみなど思いやるつもりが無い奴等揃いの、人情紙の如き世の中だ。
否、貴族制である以上、第一に身分の上下が尊重され、第二に家としての強弱で扱いが決まる。姉が醜聞を晒す様な弱点を持つ家の者は、袋叩きになる世の中だ。皆、自分より弱い立場の者をいたぶり喜ぶ。それも人の世の常と言えるのだろうが。
木曜の夜、またクラレンス家の2階の当主の書斎にお茶を淹れに行く。
「失礼いたします」
「ああ、メアリ、よく来てくれた。二日に一度のこの時を心待ちにしているんだ」
(…いや、遅くまで仕事してるのはご立派と思うけどさ)
「お疲れ様です。旦那様のお勤めのお陰で我々使用人も恙なく過ごしております」
「いやあ~、そんな風に労ってくれるのも君だけだ。君から愛ある言葉をもらえるから、これからも頑張れるよ」
(愛なんて無いって。女を口説く暇があったらもっと働けって言ってるんだ)
そうこうしながらティーポットに湯を注ぐ。
(濃いめも好きみたいな事を言っていたっけ)
そうして少し濃いお茶をティーカップに注いでいると、扉が大きく開いた。マーティン・クラレンスは気配からするときょとんとしている様だが、どうやら現れた男に剣呑な雰囲気がある。
(ご同輩か。しまった、お茶に集中して気配を読み損ねた)
むき出しの両手剣を持った男は、乱暴そうな表情で言った。
「お前がマーティン・クラレンスか?」
見るからにメイドと貴族の男がいれば、どちらが当主か間違い様が無い。
(うん、私には抵抗する意思が無い事を示す必要がある)
そう思ったメアリは右手にティーカップを、左手にティーポットを持った。
「旦那様、曲者にございます。ここは元騎士団の実力を発揮して、事を収める様お願いします」
「いや、騎士団には半年もいなかったんだから実力なんて無いよ。メアリも協力してよ」
「見ての通り、私は両手が塞がっております。旦那様の奮戦を心の中でお祈りしております」
「いや、それテーブルに置けば良いじゃない」
「これを厨房に戻すまでは、壊れる事があれば私の責任になるのです。とてもお給料で弁償など出来ない高価なものですから、ひとまずこれを守るのが私の職分です」
「いや、そんな事言わずにさぁ…」
この会話に男は苛ついた様だ。
「手前ら、今がどういう状況か分かってんのか!?」
「荒事でしたら話が付き次第、旦那様が一対一で男らしく対応する予定です。少々お待ちください」
「いや、ちょっと待って。僕に荒事を任されてもさぁ…」
メアリが冷静に対応したのが気に食わなかったらしい。男は凄みだした。
「手前ら、俺を舐めてんのか!?」
「舐めるも何も、名も名乗らないし用件も言わない方なら、只の盗賊と思われても仕方が無いと思いますよ」
「ふざけんな!この家の男が女達を慰み者にして捨てた事に対する復讐に来たに決まってんだろう!?俺の妹のヘイゼルを弄んで捨てやがって、只で済ますと思ってんのか!?」
「だ、そうですよ。クラレンス家としての公式見解をお願いします」
「ヘイゼルって言ったらヘイゼル・アーバスノット子爵令嬢の事だろう?アーバスノット子爵とは示談が済んでいるから今更文句を言われても困る」
「ふざけんなよ!はした金で済まして終わると思ってんのか!?俺達家族はそこら中から貶されてんだぞ!?その恨み、ここで晴らしてやる!」
「だ、そうです。旦那様、男らしく対応をお願いします」
「だから、僕には無理だって…」
男はどうにも自分の事を怖がらないメイドが気に食わない様だ。
「おい、メイド風情が貴族の男を馬鹿にするんじゃねぇぞ!?何ならお前から斬り殺してやるぞ!?」
プチン、メアリの中で音がして、この男に対する一欠けらの同情が消え去った。
(女を弄んだのが許せない筈が、自分も罪の無い女を斬ると言う。只の乱暴者か)
「旦那様、茶器の弁償は旦那様のポケットマネーからお願いします」
「いや、普通に雑費で弁償させてよ」
「それだと私の給金から補填されてしまいます。命かお財布の中身かどちらが大切か熟考をお願いします」
「分かった。僕の予算から弁償しよう」
「後で文句を言わないでくださいよ」
「もちろんだ。約束する」
メアリさんったら怒りっぽい。




