1−7. 旦那様と私の午後 (1)
三家の交渉が終わり、メアリは他のメイドに混じって後片付けを行った。昼食の後、メアリは当主にお茶を持って行く事になった。
「途中からメアリの周りから冷気が漂って来ていてね。いつ暴れるか冷や冷やしたよ」
「冷気なんて出ませんよ」
(あんな人前で氷結魔法なんて使うか!)
「でも、スペンサー夫人には怒っていたよね?」
「勢いとか舌先三寸や雰囲気で場を有利にしようとする人が苦手なんですよ」
「真面目なメアリらしい言葉だね。でも、あれは必ずしも自分の為じゃないだろう。ドーラ・ボイルの命を救うため、その為にボイル家にクラレンス家の憎悪が向かわない様にする為の芝居だろう」
「スペンサー家にヘイトを向かわせようとしたと」
妹の為、妹の娘の為…その言葉がメアリの心をすきま風の様に冷やした。その意味は、現時点ではメアリには分からなかった。
「執事のエドガーから注意されていたんだよ。社交界でもいざと言う時に押しの強い人物だから、勢いで負けても必ず通すべき条件は決めておいたんだ」
(どうりで上手く纏まったと思ったら、執事の入れ知恵か)
「社交界も扇動の舞台ですか」
「社交界も政治の世界も、多数派を取った方の勝ちさ。街の噂も扇動の場。世の中権力か場の雰囲気を持って行った者の勝ちだよね。人間社会はどこでも」
(そう、クラレンス家の跡取りだった男の乱行も悪く言われるが、むしろ騙された女の方が悪く言われる。侯爵家は批判しにくいが、伯爵やら下位貴族なら批判しやすいから。先代侯爵はそれも見越して被害女性達を認めなかったのだろう。影響力の無い者達に恨まれてもたかが知れていると)
メアリは歯を食いしばった。貴族なんて言っても下位貴族に出来る事など限られている。
マーティン・クラレンスは微笑んだ。
「クラレンス家の為に怒ってくれてありがとう。でも、僕は大丈夫だから」
(あんたやあんたの家の為になんて怒るか!つくづく人の気持ちが分からない家系だな、クラレンス家は!)
はあ、とメアリは息を吐いた。
「スペンサー夫人の事は忘れる事にします。もう二度と会わない人ですから」
「そうだね。じゃあお茶を淹れてくれないか?」
「はい」
メアリはお茶を淹れた。午後だから別に目を覚ます必要も無い。だから少し薄めでティーカップにお茶を注いだ。
マーティンは一口入れて、感想を口にした。
「今日は薄めなんだね。メアリの濃い紅茶も気に入っているんだけど」
「誉め言葉に聞こえません」
「褒めてるよ。メアリの愛がこもっているから美味しいよ」
(そんなもんは1ccとて入ってないから!)
「夜はちょっと濃いめが良いのかと思って淹れています」
「その気遣いが愛だね!」
「お仕事ですからお気遣いなく」
「じゃあ、もう一杯淹れて二人で飲もうよ」
「前にも言いましたが、貴族と平民メイドが卓を囲むのはルール違反です」
「みんなの前ではしないよ。二人だけなんだから良いじゃないか」
「普段から線を引いておかないと、いざと言う時に滲み出ます」
「じゃあさ、話を聞いて意見を言って欲しいから、その時間だけ一緒に座ってよ」
(意外とネチっとしてるのは女遊びの好きな兄譲りか?仕方ないな)
「では、お聞きしてご意見させていただく間だけ」
「兄さんの乱行について、魔法学院に入学して最初の年に、同学年だけど別のクラスの子爵令嬢に手を出して、問題になったんだ。それで翌年、僕が入学する時にはクラレンス家には要注意という雰囲気があって、まあ男女共に僕を嫌っていてね。それなのに、兄さんが2年の時に、今度は同じクラスの伯爵令嬢に手を出して、増々僕の居場所は無くなったんだよ」
「ご両親はお兄様の事を咎めなかったのですか?」
「まあ、武勇伝は男の勲章みたいな感覚だったんだろうね。父からは大した叱責は無かった様だ。母は説教をしたと聞いているけど」
「それについてはご意見し様がありませんが」
「兄は、毎回『侯爵家の妻』を餌に関係を持って、妊娠したら反故にしているんだ。流石に引っかかる方にも問題があると思うんだけど」
「騙される方が騙す方より悪いという言い方は出来ないと思いますが」
「嘘つきと言うのは、どういう人だと思う?」
「失礼ながら率直な意見を言わせていただければ、自分の利益の為には使える武器は何でも使う倫理観の無い方、と思いますが」
「兄さんは、世界中の人を等しく見下しているんだ。倫理感なんて関係ない。皆、自分の下僕以下なんだから、自分の為に尽くすのは当然だと思っている。だから真偽関係なく言葉で動かす。」
「最低ですね」
「でも、それは、侯爵家の後継として、周囲は皆部下以下の存在だから、そういう様に振舞う様に教育されたからだと思うんだ」
「それが帝王学だとでも?」
「部下に心を許してはいけない、格下と格上は区別されなければいけない。それは一つの教えだろうね」
「後継者としてそういう教育を受けていないから、旦那様はこうして労働者と卓を囲んでいると言う訳ですか」
「ははは、手厳しいね。僕は一度騎士団に入ったけれど、兄の失踪と父の引退で家に戻された。爵位を継いだ以上、部下とは身分の区別を付ける様に言われているけど、それだと孤独なんだよ。だから、一人くらい腹を割って話せる人が欲しいんだ」
(それで身元を偽る暗殺者と話をしていると?)
メアリの胸がちくりと痛んだ。それでも姉の死に顔を見た以上、復讐しないと言う選択肢はメアリには無かった。
主犯の犯行が表に出ない以上、手引きをした侍女・メイド・護衛を極刑には出来ない。副メイド長のみ商会に再就職の推薦を出されたが、他の者はただ解雇された。
思ったより長くなった1章。明日から2章。こちらは短く終わります。




