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1−5. 侯爵家の午後

 魔法学院でのマリエル・リズリーは、伸ばした前髪も含めて髪を頭の後ろで一つに結んでいた。おでこは丸だしになっていた。それでもメイドが髪を整えてくれれば問題ないが、マリエルは親元を強引に離れて魔法学院の寮に入っている。だからマリエルの身だしなみを整える者はおらず、多少良い制服を着ているだけの平民にも見えた。


 フェリシア・グラント伯爵令嬢はお供のジューン・アースキン子爵令嬢とアリー・センピア男爵令嬢を連れて現れた。

「あら、マリエル。今日も野暮ったい身なりで学院に来たのね」

マリエルとしてはこのグラント伯爵令嬢とは決して親しい訳ではないので、名前を呼ばれる筋合いはないのだが、下位貴族なので上位貴族には文句が言えない。

「おはようございますグラント伯爵令嬢。本日もご機嫌麗しい様で何よりです」

「あら、あなたと私の仲じゃない。フェリシアと名前で呼んで頂戴」

「それでは失礼いたしまして、フェリシア様。朝の忙しいお時間をいただきありがとうございます」


「こちらから話しかけたのだから、気にする必要はないわ。それにしてもあなた、まだ魔法の実技の時間にウォーターボールが的に届かないそうね?」

フェリシアとジューンは1年2組だが、アリーがマリエルと同じ3組だから、アリーから情報が入るのだ。

「残念ながら才能に恵まれず、この様になっております」

「そう。身だしなみもそうだけれど、貴族に相応しい様に努力をしなければ駄目よ」

「仰る通りにございます」

「先はともかく、今はお互い貴族令嬢ですから、2年になるまでにあなたが貴族令嬢らしく成長するのを楽しみにしているわ」

「有難いお言葉にございます」


 そう言ってフェリシア達は去って行った。魔法学院では主に魔力・魔法技術で評価され、1組は成績優秀な上位貴族のクラスとなっていた。フェリシアは伯爵令嬢だから、本来は1組にならないといけないのだが、魔力・魔法技術共に未熟で2組になっていた。だから3組で一番魔法実技が下手なマリエルと自分を比較して心を慰めるのだ。下には下がいる、と。


 もっとも、マリエルは実際には氷結魔法までマスターしている、立派な水魔法使いである。アイスランスでクラレンス家当主を殺し、それを蒸発させて凶器を隠すつもりで鍛えていた。また、土日はともかく火曜と木曜の夜は魔法学院の10ftの壁を乗り越える氷の階段を作る事もやっている。それだけの魔力・魔法技術を隠しているのは、暗殺が発覚した時に証拠不十分で無罪放免される為の準備だった。髪型を変えているのも凶行の後に逃げおおせた後に疑われない為である。


 そういう訳で、クラレンス家に通う時は髪型を緩いハーフアップにして上瞼まで隠していた。ところがメイド扱いになった以上、メイド長がその髪型を許さなかった。

「ちょっと、お待ちを!私如きが湯浴みなど!」

「そんな小汚い姿でこのクラレンス家のメイドをさせる訳にはいきません。次もその様な姿で現れたら、今度は冷や水を浴びせますよ?」

「ひぃ~…」

そして湯上りには髪型をきっちり眉が見えるハーフアップにされてしまった。

「お待ちください!私は目が小さくなる呪いにかかっており、この目を見られると見た人の目を呪いで小さくしてしまうのです!」

「さっきから目を見ていますが誰も目は小さくなっていませんよ。いい加減観念しなさい」

さすがに百戦錬磨のメイド長。小娘達の様々な言い訳を聞き流してきた経験から、メアリことマリエルの戯言など気にも留めなかった。


 晩には当主にお茶を入れる仕事がある。だから土曜の夕方は延々と紅茶をいれさせられた。

(さすがに侯爵家のお茶は上品だ…茶葉の違いもあるけれど、淹れ方が上手い)

水魔法師のマリエルにはお茶の温度、色成分の分析が出来る。だから再現する様にすれば良いのだが、お湯の温度と茶葉のかき混ぜ具合が難しい。水魔法で保温・攪拌してしまえば良いのだろうけど、それをこの家の人間の前では出来ない。偽装が無駄になってしまう。


 今日習ったばかりで及第点になる筈は無いのだけれど、当主がメアリを指名している以上、夕食後のお茶係として当主の書斎に行く事になった。瞳が露わになったメアリを見て、当主マーティン・クラレンスは瞳を輝かした。男の癖に。

「いやぁ~、やっぱり瞳が出ている方が可愛いよ!」

この言葉に、メアリとしては一言釘を刺す必要を感じた。

「旦那様、下女からメイドに格上げになったとは言え、まだ労働者階級です。メイドごときに女らしさや可愛らしさを要求したり感じてはなりません」

「いや!もちろん執事のエドガーにメアリに手を出さない様に釘を刺されている。人が足りないだけに長く勤めて欲しいし、メアリに僕が兄の様な人間だと思われたくない!」


「だいたい、侯爵家当主なんだから、女性は選り好み出来る立場じゃないんですか?」

「いや、無理!だって兄の乱行のお陰で、魔法学院に入った時から在学している女生徒全員に嫌われてたから!だから今更仲良くなろうと言ってくれる年齢の近い女性もいないし、こっちも願い下げだよ」


「…それなら猶更、貴族の女性と仲良くなる努力をされた方が良いのでは?」

「だってさ、学院ではみんな僕の顔を見るだけで嫌な顔をするんだよ?ただ近くを通りがかっただけで悲鳴を上げて逃げるんだよ?そんな人達と仲良くなれないよ」

(ここには嫌な顔はしないけど、殺意がある女がいるんだけどね)

「嫌な事を思い出させてしまい、申し訳ありませんでした。一先ずお茶を淹れますね」


(うん、見た目は悪くないけど、魔力で見ると少しお手本より濃く感じる筈…まあ、このくらいの方が次のお茶汲みを他のメイドに代えたがるかな)

そうして出したお茶を一口飲んだマーティンは、にっこり笑って口を開いた。 

「うん、初めてにしては上出来だよ。何よりメアリの愛がこもってる」

(それは一欠けらも入ってないから)

口には出さずに心の中でメアリは応えた。


「じゃあ、もう一杯淹れてくれ。それを二人で飲みながら話をしよう」

(流石にメイドとそれは駄目だって!)

「旦那様、百歩譲って侍女や侍従とならともかく、侯爵閣下とメイドがテーブルを共にする事は出来ません。慈善活動中に平民とテーブルを共にするならまあ許されるかもしれませんが、雇用関係にある労働者とはいけません」

「でも、この前の顛末を君にも聞いてもらう必用があると思うんだ。もしかすると縁のある貴族が何か君に言ってくる可能性もある」

(そうか、正式な処分をしたならともかく、この言い方だと内々に温情処分をする方向だ)

メアリは溜息を吐いて一言言った。

「今回だけですよ」

「出来れば今後もお願いしたいけど、とりあえず今日は話を聞いてくれ」

そういう訳で他の家人に見られたら大問題の、当主とメイドがテーブルを囲む事になった。


「前回の暗殺未遂について、侍女、メイド、護衛の各実家と推薦者に問責の文章を送ったのだけれど、すぐに返答が返って来た。明日の午後、ボイル子爵夫妻と共に、スペンサー伯爵夫妻が謝罪に訪れる事になっている」

「スペンサー伯爵が黒幕と言う訳ですか?」

「いや、執事のエドガーに調べさせたら、スペンサー夫人がボイル夫人の姉だそうだ」

「…そうなると、処分の要求は出しにくくなりましたね」

「元々、火種はこちらの家が点けているから、譲る方向でしか纏まらないんだけどね。命を奪う事にはならないと思う」

「…よろしいので?」

「父と兄の仕打ちは酷いと思っている。被害者が自害しているから、もうあちらの家を本当に納得させる纏め方は無いんだ。せめてもう死人が出ない方向にしたい」

「一罰百戒と言う言葉もありますが?」

「少なくとも、こちらから命を奪う要求は出せない。落としどころにならないから」

(まあ、ここで賊が殺されても殺されなくても、暗殺を望むものは実行するけどさ)

メアリことマリエルはまだ姉の死に様を忘れていなかった。

 甘える年上男。駄目臭が漂います。いや、既に駄目男として書いてるか。

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