5−6. 帰途
馬車の客室の前方に座ったメアリは、馬車の横を向いて難しい顔をした。
(それなら、私は姉さんに気持ちを伝えたか。会ってくれないからと引き下がっただけではないか。そのまま永遠の別れとなるなど想像出来なかったんだ。私も姉さんの気持ちを分かっていなかった馬鹿の一人だ)
メアリが膝の上で結んだ右拳には血管が浮き上がっていた。
(その私にクラレンス家の当主の命を奪う資格があるのか。例え自分の命を捧げたとしても)
メアリは唇を噛んだ。
向かいの席に座るマーティン・クラレンスと侍従は生きた心地がしなかった。クラレンス家最強の一人が今、怒っている。この狭い空間で怒れるメアリが暴れ出したらどうなるか。二人の男は、隣の奴が盾になってくれないかな、と薄い希望を抱いて震えて座っていた。
ただし、マーティンはメアリがあの場で、そして今も怒っている理由を聞く必用があった。兄ノーマンと同じ屑になりたくなければ、愛する女性の気持ちを知る必要があったんだ。
「ねぇ、メアリ。ちょっと良いかな?」
メアリの眉間の皺が深くなった。
視線をマーティンに向けたメアリは、一度深く息を吸って吐いた。その息が震えていた。その音を聞いて二人の男も震えあがった。メアリは再度息を吸って吐いた。まだ吐く息が震えていた。思わず二人の男は互いに身を寄せ合った。何かあったらこいつを盾にしようと心に決めて。メアリは三度息を吸い、吐いた。ようやく吐く息の震えが収まった。
「お待たせいたしました。何か御用ですか?」
メアリが平静を取り戻して、男達は安堵した。
「その、メアリは亡くなった女性達には、原因が三つあると思っているの?」
メアリは数秒黙った後に答えた。
「一つは言わずもがなですね。もう一つも使用人としては言えない事です。だから、三つ目は世間と家族が原因と言えますが、厳密には二つ目と三つ目は複合的でしょう」
「メアリ、女性として素直な気持ちを教えて欲しい。確かに男の僕たちは妊娠について軽視している面は否定出来ないから」
メアリは膝に乗せた両手をしばらく眺めてから話した。
「もちろん、妊娠する様な事をせずに捨てられたなら傷は小さいですが。妊娠させた相手から逃げるのは屑としか言えませんね」
「それは分かるつもりだ。二つ目の事を教えて欲しい」
メアリは溜息を吐いた。でないと言葉が出せなかったんだ。
「まだ生きている女性と亡くなった女性の差は分かりますね?」
「ああ、認知されたかされないか」
「認知されれば良いのです。貴族同士の情事だから。貴族家としても最低限の体面は保てます。認知をされないと言う事は、二つの疑いを抱かせます。侯爵家を騙そうとした。誰かも分からない男と寝た。目立った人間が二つも弱点を持つ。そうなればそこら中から噂話で袋叩きになります。それは家族にも及びます。だから家族は張本人である娘に文句を言いたくなるのです。娘は被害者だと分かっていても」
「だから、世間と家族からの非難が女性達を自殺に追い込んだと?」
「もう一つ要因があります。妊娠による体調の不調、特に妊娠初期にはそれにより色々敏感になると言います。それに先程ハミルトン邸で話した、『生まれてくる子を愛せるか』と言う問題もあります。更に言えば、一生家族に迷惑をかける事になります」
「その、平民として母親だけで子供を育てるのは難しいと?」
「都市部ならメイドの仕事があるかもしれませんが、悪評が流れた女を雇う家があるとは思えません。貴族も平民も、女の仕事は家を守る事と考えるのが普通で、女性を雇用しようとしても人が集まらないから、雇用主も女性の雇用に二の足を踏みます。結局、親に頼るしかありません」
「その親から非難されたら、将来は不安だろうね…」
「だから、親から温かい言葉がなければ…」
「うん。分かった。でも、根本的な原因は、クラレンス家の男が結婚を餌に女を弄び、捨てた事。そして先代がその女達を救おうとしなかった事。結局、うちが一番責任が重いんだ」
「もう亡くなっている以上、何をしても後の祭りですが…」
クラレンス家のタウンハウスに馬車は戻った。さすがにマーティンはメアリを労って早く帰した。その後、老執事のエドガーがマーティンの書斎にやって来た。
「何だって!?そんな馬鹿な!だって彼女は今日も体を張って僕を助けてくれたんだぞ!」
「マーティンお坊ちゃま、あんなに聡明で、貴族屋敷のルールを熟知していて、尚且つメイドが少し手を入れただけで侍女より美しく見える、そんな平民女がいる筈がありませんよ。そして詐欺事件の時に感じました。彼女が瞬時に魔法を使っている事を。属性までは私には分かりませんが、茶を武器に使った事もある以上、水属性の持ち主でしょう。そんな魔法を使って暴漢を次々と倒せる魔法の使い手、これも彼女が平民でない証拠と言えます」
「じゃあ、何で今まで彼女を解雇しなかったんだ!?」
「あんなに真面目な女性が、いつまでも感情に任せて無茶をしようと思い続ける事はないと踏んだんです」
「なら、彼女は何で辞めなかったんだ…」
「振り上げた拳の下ろしどころを探しているのでしょう」
「じゃあ、どうすれば良いんだ…彼女の気持ちがそういう事なら…」
「ひとまず目先の問題を解決しましょう。それからです」
「そうか…」
まあ、テーマの前では細かい作劇はテンプレでも良いか、と言い訳してみる。
そろそろ次回作の案を練っておかないと書き始めに困る訳ですが…メアリとマーティンなんて最初っから脳内で喋りまくってくれたからなぁ…




