5−5. 公爵家の花見会 (3)
メアリはフォーブス子爵夫妻に二・三歩歩み寄った。
「同じ案件で決闘を複数回申し込むのはご法度です。本件はこれを持って矛を収めていただきます」
フォーブス子爵は俯いた。貴族とは血筋を守り、しきたりを守るものだ。ルールを出されては収めざるを得ない。実際には二親等を越えて怨讐を理由に決闘を申し込む段階でルール違反なのだが。
しかしフォーブス子爵夫人は言いたい事があり、口にした。
「あなたには人の心が分からないのですか!」
メアリは半目で夫人を見つめながら言った。
「人の心とは、ご令嬢のベティ・フォーブスの心の事で?」
「そうよ!無念の内に死んでいったあの娘の気持ちが、あなたには分からないの!?」
夫人の言葉は震えていた。その震えの理由がメアリには分かった。
「失礼ですが、夫人にはご息女の気持ちが分かるとでも仰るので?」
「母親に娘の心が分からない訳が無いでしょ!」
メアリは目を細めて言った。
「アーバスノット家、モートン家、スタッドレ―家のご令嬢は亡くなっておりません。一方、ご息女は亡くなりました。違いは何でしょうね?」
子爵夫人はぎょっとした。
「な、何を言うの…」
「もちろん、世間の風当りの違いはあります。社交界では絶好の話題として盛り上がった事でしょう」
これを聞いていた貴族夫人達はびくっとした。そう、彼女達が面白おかしく噂話をした事が、三人の令嬢を追い込んだ事は否定出来ない。
「それでも家族がしっかり寄り添ってあげれば、地獄に身を投げ入れる事などしないでしょう。それは気遣ってくれる家族の気持ちを踏みにじる行為ですから。では、なぜご息女はお亡くなりになったとお考えで?」
ぺたん、と子爵夫人はへたり込んでしまった。
「や、やめて…」
メアリは半目になって子爵夫人を見つめた。
「自殺した者は神の国にはいけないと言われています。ご息女は地獄の業火に焼かれているのか、今もこの世を彷徨っているのか分かりません。そんな場所からご息女は聞いております。さあ、答えてください。あなた方はご息女に寄りそう言葉をかけてあげましたか?」
フォーブス子爵は口を真一文字に結んだまま俯いた。子爵夫人は蹲ってしゃくりあげていた。
ここでハミルトン公爵が声を上げながらフォーブス子爵夫妻とメアリの間に割り込んだ。
「止めろ!家族を亡くした人の気持ちが分からんのか!」
「ほう、つまりこれは亡くなった人の気持ちを汲んだ決闘ではなく、遺族の体面を保つ為にクラレンス侯爵を生贄にするイベントだとお認めになるので?」
そう、メアリ=マリエルが貴族の一員として考えると、こんな無理をするのは遺族の名誉を保つ為で、亡くなった人に捧げるものでは無い。亡くなった人に捧げる復讐なら、人知れず暗殺し、例えば犯人が『亡くなったソフィア・リズリーの恨みだ』とクラレンス家の者に告げれば良い。人前で行うのは、単にフォーブス家の名誉の為にクラレンス家を貶めるイベントだ。
「何を言う!ならお前には亡くなった女の気持ちが分かるとでも言うのか!?」
「女なら誰でも分かるでしょうよ。初めての妊娠は、いずれ通る路、いつか来た路ですよ?今まで体感した事の無い体の変化に対する不安、出産の恐怖。ましてお腹の子が自分を捨てた男の子供なら、その子を生んだ後に愛せるかという不安。そんな不安の最中に、国中の貴族達が自分を非難し、嘲笑う。そして家族まで『家の恥』と叱責する。それはこの世の地獄、だからこそ逃げ出す事を考えた。あの世へ。違いますか?」
ハミルトン公のみならず、庭園中の人間が黙り込んでしまった。
「さあ、この中で傷心のままお腹の子供ごと亡くなったステファニー・ボイル、ベティ・フォーブスあるいはソフィア・リズリーに気遣う言葉をかけた方がいらっしゃいますか?…いませんよね?さて、誰がマーティン・クラレンスに令嬢達が亡くなった責任を問えると言うのですか?」
ハミルトン公はむきになって反論した。
「だからと言って、クラレンス家のノーマンがそもそもの原因である事は確かだろう!?そして責任から逃げた先代侯爵ハーマンにも責任があるだろう!?」
「ええ、それは確かです。それで?マーティンの名前が出ませんが?」
「家の不始末の責任を当主が取るのは当然だろうが!」
「それが命を奪う程の事だと?それは誰の為に?自身が死んでいない遺族の為に死ねと?」
命の代償に命を奪うのは一応等価と言えるだろう。だが、娘を追い込んだ原因の一つである遺族の為に命を奪うのは等価だろうか。メアリ=マリエルは当主の命を奪った代償に自分の命を与えるつもりだった。アイスランスで倒れたクラレンス家当主にかける言葉は決めてあった。
『ステファニー・ボイル、ベティ・フォーブスそしてソフィア・リズリーの無念を知れ』
マリエルは姉および同じ立場の女達を代弁する為に命を使うつもりだったのだ。だが、未だにマリエルの心の中で、本懐を遂げたその場に倒れているクラレンス家当主の顔はのっぺらぼうのままだった。
ハミルトン公は間違えた。ベティー・フォーブスの為の決闘と言わねば命を奪う正当性が無い、それに気付かされてしまった。そしてその令嬢の代弁者はむしろクラレンス家の侍女だと気付かされた。フォーブス家の者は、本当の意味でのマーティン・クラレンスへの正当な復讐者では無かった。
黙ってしまったハミルトン公に、メアリ=マリエルの怒りも収まった。何よりフォーブス家を貴族議会で晒し者にしたくは無い。自分と同じ被害者の遺族だ。
「公爵閣下、侍女風情が生意気な事を述べた事、誠に失礼いたしました。ただ、本件を貴族議会で議論する必用は無いと考えますが、如何でしょうか」
ハミルトン公も、相手が火消しを考えるならそれに乗るのが上策と考えた。
「そうだな。貴族議会のルールに反してクラレンス候に決闘を申し込んだのは候も納得がいかぬとは思う。チャールズ・ハミルトンの名で本件の失礼を詫び、二度とこの様な真似はしないと約束しよう」
メアリは声を上げた。
「旦那様」
クラレンス家の侍従と護衛はマーティン・クラレンスの拘束を解いた。
「クラレンス家として公の謝罪を受け入れる。本件を別の場所で議論する事は無いと約束する」
こうしてクラレンス家の者は花見もせずに屋敷に帰る事になった。
一連の騒動を見ていたサマンサ・ランバートは、近くにいた自家の侍従を呼んで耳打ちした。
「あのクラレンス家の新顔の侍女、背後関係を調べなさい。クラレンス家の代弁者とは思えない発言がありました」
のっぺらぼうは日本の妖怪ですが…まあ、つまり、ね。ご理解ください。
ちなみにようやく最後の解説部分に手を付けております。30話じゃ終わりませんよ当然。




