5−4. 公爵家の花見会 (2)
とは言え、フォーブス家の一団とハミルトン公爵の周囲には護衛も使用人もいた。だから護衛達がフォーブス家とメアリの間に立ちはだかった。
そしてハミルトン公が口を開いた。
「使用人は控えよ!これは名誉ある決闘である!」
メアリは口元を歪めた。
「騙し討ちを名誉の決闘とはこれ如何に!公爵家と子爵家はそれを貴族議会にて表明出来るのですか?」
ハミルトン公は激高した。怒りで自分をごまかすしか無かった。これが不当な騙し討ちである事は自覚していたからだ。
「黙れ下郎!公爵家を侮辱するのか!」
「だから、これが騙し討ちかどうかは週明けの臨時貴族議会で討論いたしましょう。その席に侯爵閣下は出席せねばなりません。だからクラレンス家としては、決闘の代理人として侍女を立てます。名誉ある決闘に代理人を立てる前例はいくらでもありましょう。騙し討ちは良くて、代理人はいけないとでも仰るので?」
ハミルトン公は怯んだ。マーティン・クラレンス侯爵は騎士団で腰抜けだったと噂に聞く。だから、クラレンス家側の僅かな手勢で強硬姿勢で立ち向かってくる事は予想外だったのだ。
メアリは止めの一言を言った。
「まさか、ハミルトン家もフォーブス家も、無手の女に負ける心配をして逃げるとでも仰るので?」
ハミルトン公は既に冷静さを欠いていた。これはクラレンス侯爵を斬ってしまえば、後からクラレンス家の肩を持つ者もいないだろうとの計算で成り立っている無理な決闘だった。だからクラレンス候以外が決闘に立てば後々多数派工作に負ける可能性があり、この時点で撤退すべきだったが、女に言い負けるのを恥じて、前に進む決断をしてしまった。
「名誉ある決闘だ!今更尻込みなどしない!」
メアリの後ろでは侍従がマーティンの口を押え、護衛がマーティンの右手と右足を拘束していた。今更マーティンがどうこう言っても仕様が無い、メアリの言う通り、マーティンは貴族議会でハミルトン公を糾弾する役目があり、ここから生きて帰る必要があったのだ。
さて、これを見ていた貴族夫妻達はどう思ったか。
「無理筋にハミルトン公が乗ってしまったな。どうなることやら」
「確かにクラレンス候が決闘に勝つのは難しかろうが、では侍女で何とかなるのか」
「家族の女が不当な目に遭った恨みを晴らす為に、無手の侍女を斬る。それは筋が通るのか?」
この決闘の正当性に疑問を持つ者ばかりだった。
後見人が決めてしまった以上、格下のフォーブス家としては従うしか無かった。ハミルトン公の視線を受け、フォーブス家の嫡男は前に出た。
侍女との決闘に乗り気で無いのか、それとも元々この決闘に乗り気で無いのか、おずおずと前に出て来た。それでもその男は一言発した。
「決闘が始まれば泣き言は通じない。妹の無念を晴らす決闘に割り込むなど、人の気持ちが分からないのか?」
メアリは鼻で笑った。
「御託は良いです。あなたの覚悟を行動で示しなさい」
『妹の無念』と口にしたこの男の言葉に、メアリは執念や怨念を感じなかった。そのやる気の無さが兄・アイザックを思い出させた。兄弟姉妹でありながら、女のする事で何で自分が苦労をしなければならないのか。そんな気持ちが垣間見えた。
メアリは肩幅に広げた足を、左足を前に半歩出し、腰を落とし前傾姿勢を取った。顔の少し前に左拳を、腰の高さに右拳を構えた。その気迫に、公爵家の庭園全体が飲まれた。もちろん、メアリの前に立つフォーブス家の嫡男も。嫡男は飲まれたまま、両手剣を鞘から抜いて、右横に構え、前を薙いだ。
薙ぐ、言い換えれば払う。それは相手を一刀両断にする剣ではなく、相手をどかそうとする剣だった。
(覚悟を見せろって言ったろ!)
メアリはこの男を『女の為に命を懸けるなど御免』な身勝手男と認定した。兄同様、この男も殴り倒さないと気が済まない、女の敵だと思ったのだ。
メアリは両足の間で重心を微調整して、両手剣の軌道の少し後ろに立った。そして目の少し下を通る両手剣を右手で打ち上げた。もちろん、両手剣の運動量を片手でどうこう出来るものでは無かった。その為に拳に巻いた布巾に水を含ませておいたのだ。
常人には分からない程度に微量の魔力で水を多めに含ませておき、振り上げる直前に氷結させ、その氷をアイスボールを制御する要領で上へ加速した。だからフォーブス家の嫡男は、両手剣を振っている途中の打撃で剣を弾き飛ばされてしまった。
勢い余って自身の左側に体が流れた男に、メアリは左拳を突き出し、すぐに戻した。右目のすぐ右を叩かれた男は目を開けていられない。そのままメアリは前足を半歩踏み出し、先程のジャブの打点近くを頭突きで叩いた。男は見えない攻撃に動きが止まった。
メアリは一度右足に重心を戻し、思いっきり体を回しながら右拳を斜め上に打ち上げた。それは左に流れていた男の鳩尾を打った。もちろん、右拳に付いていた氷を水魔法で思いっきり加速した。だから男は地面から浮き上がり、そのまま俯せに地面に倒れこんだ。
これを見ていた貴族の男達は、ぼそぼそと論評を加えた。
「剣に体重を乗せていないから簡単に弾かれるんだ」
「自分に扱いきれない両手剣を振り回すからこうなる」
「リーチの長い武器を安易に持ち出すのは、弱気の現れだろうな」
フォーブス家も、その後見人と言い出したハミルトン家も、かえって恥をかいた格好になった。フォーブス家の嫡男のやる気の無さを軽視したからだ。と言うか、相手になる筈だったマーティン・クラレンスの方がへっぴり腰だから何とかなるという計算だったのだ。
キアラさんも素手で剣に立ち向かいましたが、あちらは使徒の子分。こちらは一般人ですから。




