5−3. 公爵家の花見会 (1)
日曜の昼にクラレンス家のタウンハウスから馬車が走り出た。この日の午後に行われるハミルトン公爵家の花見の会に出席する為である。王都内の上位貴族の屋敷に向かう事から、騎乗した護衛は付いていなかった。馬車の室外のステップに3人ほど同乗しているだけである。
ハミルトン公爵家のタウンハウスの敷地は広かった。クラレンス侯爵家のタウンハウスは広すぎて手入れの行き届かない場所があったが、公爵家は流石に手入れが行き届いていた。それが逆にメアリには気になった。
(前王弟のタウンハウスなら、既に政敵に脅かされる事もあるまいに、隠れて警戒態勢を取っている様に感じる)
メアリは水魔法師だから、水気のある場所と無い場所が判別出来る。敷地内の林の中に、人が配置出来る様に空間が出来ていた。そして、警備の者がちらちらとマーティン・クラレンス侯爵一行を眺めている。公爵家の手の者にしては視線が不躾だ。
(何をするつもりか?公爵家が?)
執事のエドガーからは何らかの情報は無かった。少なくともメアリには。ちら、とマーティンの顔を見ると、気付いたマーティンがにっこり微笑んだ。
(私じゃなく、公爵家の人間の対応に気付けよ!)
メアリはにっこり笑ってやろうとしたが、笑えなかった。むっつりした顔で頭を下げる事しか出来なかった。
会場に向かう通路で、他の貴族がこちらを一瞥し、挨拶に来た。
「ご無沙汰しております。クラレンス侯爵」
「こちらこそその節はご迷惑をおかけしました。ランバート伯爵。夫人も息災な様でなによりです」
「お気遣いなく」
伯爵夫人の返答はにべもなかった。
使用人が主人の客と視線を合わせる事も出来ないから、メアリは客の足元を見ていたが、どうやら因縁のある相手と察した。
「サマンサ嬢もお変わりない様で何よりです」
伯爵夫妻は女性を連れていた。これがサマンサ・ランバートと言う事だ。サマンサ嬢からは微妙な雰囲気が漂って来た。
「ええ、お陰様で身軽になっております」
サマンサ嬢はちらりとメアリを見た様な気がした。
(何だか嫌な奴)
メアリは思ったが、変に反応をしても主人の恥になるだけである。メアリは微動だにせず立ち続けた。
「それでは、後ほど会場で」
ランバート伯爵一行は離れて行った。
ほっとマーティンは軽い溜息を吐いた。
「メアリの事だから気付いたと思うけど、サマンサ・ランバート嬢とは縁があってね。兄の元婚約者なんだ」
「今後は丁寧な対応を心掛けます」
「怒ってない?」
「こんな場所で侍女が感情を見せたら主人の恥ですから」
「怒ってるんだね?」
「そんな事はありません」
こんな場所であり、ハミルトン家の使用人が会場へ案内している最中である。マーティンは会話を打ち切った。
案内された席は前方だった。クラレンス家は侯爵家だから、公爵の近くになるのも無理は無いが、会場の端ではあった。そして端には護衛が立っている。クラレンス家の護衛、侍従はマーティンより一歩離れた場所で立っていたが、メアリは気持ちテーブルに近づいて立った。
中年の男が客達の前に立った。
「今年も王国が春を迎えた事、誠に目出度く思う。ハミルトン公爵家としては、王国貴族の皆様と一緒に春を迎えられた事を祝う為にこの催しを開いたが、一方で無念を抱える者もいる。祝事の前に、その無念を晴らす機会を設けたいと思う」
ここでハミルトン家の使用人達の間から、中年の男女と共に両手剣を持った青年が現れた。
「皆も知る通り、ここにいるのはフォーブス子爵夫妻とその嫡男だ。フォーブス子爵の娘、ベティ嬢はクラレンス家のノーマンに騙され妊娠した上に捨てられ、その父ハーマンはベティ嬢を救おうとしなかった。今、この場にノーマンの弟マーティンがいる。我がハミルトン家がフォーブス家の後見人となり、クラレンス家に決闘を申し込む」
ハミルトン公爵の口上の間に物陰からハミルトン家の護衛達がクラレンス家のテーブルを囲むべく集まっていた。クラレンス家関係者はマーティン、侍従、護衛一人、そして侍女としてメアリの4人だけであり、誰もが護身用の短剣しか持っていなかった。対してクラレンス家の護衛達は片手剣をぶら下げていた。力づくでフォーブス家の嫡男とマーティンの決闘をさせようと言うのだ。しかもフォーブス家の嫡男は両手剣、マーティンは護身用の短剣しか持っていなかった。
テーブルに近づいたメアリは、使っていない台布巾を両手にぐるぐる巻いた。
そして水差しの水をその手に巻いた布巾にかけた。そのままつかつかとフォーブス家の一団へと歩いて行った。
クラレンス家一行近くにいたハミルトン家の護衛達は、クラレンス家の者達が逃げる事を阻止するように展開していたから、侍女がフォーブス家に近づくのを阻止する事は出来なかった。
今回は暗殺ではなく、決闘と言う名の公開処刑になりました。




