4−5. タウンハウスにて
一人が騎士団に馬を走らせ、もう一人はクラレンス家のタウンハウスに連絡に帰った。侯爵本人が白昼堂々襲われた事態に、騎士団は大挙してやって来た。
騎士団の隊長は恭しくマーティン・クラレンス侯爵に挨拶した。
「ご無事で何よりでした。賊はどの様に襲ってきたのでしょうか?」
詳細は護衛が答えた。
「不審な馬車が追って来て、御者の隣に座る者が槍を持っていたんだ。だからこちらの馬車は加速したんだが、前に止まっていた馬車ごと崖が崩れた。仕方なく降りて応戦しようとしたが、こちらの投げた石が御者に当たり、追手の馬車は崖に落ちたんだ」
「分かりました。落下した2台の馬車の関係者は賊と思われる為、見つけ次第拘束します」
こうして一人の護衛は証言の為に残り、2騎の護衛と馬車は王都に戻った。
一方、クラレンス家のタウンハウスに戻った護衛は、執事のエドガーに仔細を報告した。
「前方の馬車ごと崖が崩れたと…」
執事はこめかみを抑えて俯いた。護衛を出して当主を守りに行かせようとしていた時、マーティンの馬車がタウンハウスに戻った。
「どこの家か分からないけど、また襲われたよ…」
「何にしろご無事で何よりでした。しばらくお休みください」
マーティンのぼやきに執事はともかく当主を休ませようとした。
マーティンが二階に上がっても、メアリは残っていた。
「エドガー様、相談があります」
「今回もお疲れ様でした。今日に係わる事ですか?」
「ええ」
執事は視線で続きを促した。
「前回といい、今回といい、相手は敢えて事を荒げようとしている様に思えます」
執事はそのままメアリを見つめていた。メアリとしてはそれ以上意味のある情報は持っていなかったが、仕方なく続けた。
「事を荒げて、当家を処分に追い込もうとしている様に思えます」
「具体的にはどういう動きか推測できますか?」
「残念ながら、私には貴族の繋がりが分かりません。でも、最終的に処分を判断する事を考えますと…」
執事はそのままメアリを見つめていた。だからメアリも続けるしか無かった。
「例えばお上がトラブル続きの当家の処分を考えているのではないかと…」
一度瞳を閉じてから、執事は口を開いた。
「旦那様のお母上と王妃様は、魔法学院以来の親友です。王家が無理やり当家を処分に追い込む事は無いでしょう」
「無理やりではなく、状況的に処分の流れになる可能性はありますよね」
「そうですね…裏の調査はこちらでします。メアリさんは一段落したら貴族間の繋がりなどを覚えていただきましょう」
メアリとしては目を細めるしかなかった。
「貴族付き合いはメイドの職分では無いと考えますが…」
「何を今更。旦那様があなたを侍女にとお望みです。その為の教育はいずれ受けて貰います」
「それでは家柄の良い侍女の方々との軋轢を生じるのでは?」
「大丈夫です。体を張って旦那様をお守りしたいとまで言う侍女もメイドも他にいません」
「…」
(私もそこまでは言ってないぞ)
メイド長がメアリを呼びに来て、会話は終わった。当主がメアリにお茶を持って来る様に指示していると言うのだ。
(よく茶を飲む気になるな…意外と神経は太いのか)
ワゴンを押して書斎に入ると、マーティンは歩み寄って来た。
「今日はかえって迷惑をかけて済まなかったね。手伝うよ」
「敵襲の迎撃はメイドの職分ではありませんが、お茶の準備はメイドの仕事です。お構いなく」
「ああ、もちろん危険手当は出すから。さあ、茶器を並べよう」
(だから人の仕事を奪うんじゃねぇ…こいつなりに気を使っているんだろうけど…まあ気が済む様にさせるか)
テーブル上には当然の様に2組のティーカップが並んでいる。
(淹れますよ、淹れますとも)
そろそろ抵抗するのが嫌になって来たメアリだった。マーティンは中々折れないから。
「今日は怖い思いをさせて済まなかったね」
「旦那様のせいではありませんので、お構いなく」
ちくん、とメアリの胸が痛んだ。
「それでも、僕の周囲の者が迷惑をしているのは悪いと思ってるんだ」
メアリはここで言うべき言葉を知っていたが、それは言えなかった。それを言えば、メアリは復讐が出来なくなってしまうから。だからただ唇を噛む事しか出来なかった。
「そんな顔をしないで良いよ。今度埋め合わせをしよう」
(こいつ、私の思いを誤解しているな。つくづく人の心を理解出来ない家系だよ)
そう思っているのに、メアリは会話を繋げる事が出来なかった。口を開いたら言葉が震えてしまいそうで。
「ほら、醒めないうちにお茶を飲もう。お茶を飲めばきっと心も鎮まるよ」
(くそ、私が感情に飲まれているから、頼りなく見えるんだ。こいつよりはしっかりしている筈なのに…)
仕方なくメアリはお茶を口に含んだ。悔しい事に、メアリの心も唇も、少しだけ冷静さを取り戻した。
「申し訳ありません。旦那様にご心配をおかけして」
「いや、今日の事は全面的に僕が悪い。本当に済まなかった」
メアリの心の中では、『そんな事は無い』という言葉と『その通りだよ』という言葉がぐるぐる回っていた。お茶を多めに口に入れたメアリは、飲み込んでから口を開いた。
「いずれにせよ、旦那様にはもう少しお体を大切にしていただきたく、書類仕事も少し減らしていただきたく存じます」
マーティンはにっこり笑った。侯爵閣下の微笑みではなく、飾る事の無い蒲公英の微笑みだった。
「うん。逆に心配してくれてありがとう。そうだね、事が収まるまで少し仕事を抑えて、睡眠量を増やした方が良いか」
「お若いからと言って無理を続けると体も心も悲鳴を上げます。たまにはただ休むと言う事も重視される様、お願いします」
「うん、うん。そうするよ」
マーティンの笑顔は主人にじゃれる犬の喜びの顔だった。メアリとしては、どう反応したらいいのか分からない表情だった。
死んでたテレビが生き返ったんですが、画面が不安定。やっぱり買い替えよう。




