4−1. クラレンス家の日曜
マリエル・リズリーは土曜には魔法学院の寮母に外泊許可を取る。実家のタウンハウスに帰ると言うのが表の理由で、実際には偽名メアリとしてクラレンス侯爵家のタウンハウスにメイドとして通っている。だから、土曜の晩はクラレンス家に泊まり、日曜は朝からメイドとして務めている。
その日曜の朝、メアリは執事のエドガーから護衛達の朝練習の見学に誘われた。
「旦那様の練習風景です」
執事が示した先ではマーティン・クラレンスが護衛と対峙していた。
「感想をどうぞ」
執事は問うが、さすがに名目上の主人で侯爵閣下を悪く言う事は出来ない。表向きは。
「メイド風情が男性の鍛錬風景に意見を申し上げられません」
「物事を改善していく為には率直な意見交換が必要です。率直な意見をどうぞ」
「侯爵家では一風変わった剣術の指導をされているので?」
「旦那様も騎士団に入団するまでは普通に剣を振っていたのですが」
「騎士団ではへっぴり腰の剣術を指導していると?」
「相手は普通に剣を振っていた様ですよ」
「つまり、相手の気迫に負けて逃げ腰が身に付いたと?」
「相手の力づくの剣に対して力んでも結局剣を飛ばされてしまうので、最初から力を入れないで逃げる準備をしている様です」
「普通は押し返す事で攻め込まれるのを防ぐのでは?でないと戦列が崩れてしまいます」
「練習がイジメの時間でしたので、戦列など関係ないのでしょう」
騎士団も所詮人間集団、個人的な好悪で人間関係が決まり、全体の戦力整備は二の次になると言う事だ。と言うか、同じ男同士、女遊びが激しい上位貴族には反感があるのか、それとも羨ましいのか。あくまで兄の話だが。そう言う事でその弟はイジメの対象になっていた。
「それでも何とか真っ当な剣術に戻すべきでは?」
「もうトラウマ化しているので、使える人を護衛に付けた方が有効なのですよ」
(だからと言って、私に大事な短剣を渡す理由にはならないだろう)
メアリにとっては多少の剣の使い手も問題ない。死角から瞬速のアイスランスで頭部を砕く。剣を抜く暇さえ与えない。だからマーティンが多少剣が使える様になっても問題は無かった。
むしろ自衛してくれればメアリがマーティンの生死に気を使う理由が無くなる。勝手に賊に斬り負けてくれれば良いのだ。
…のだが。事はメアリにも飛び火した。
「せっかく短剣を渡しているのですから、あなたも日曜の朝だけでも練習してください」
そう言って模造短剣を渡され、布を巻いた杭に斬りつける練習が命じられた。
(暗殺者に短剣を使う練習をさせる侯爵家…)
流石に斬りつける練習に力が入らなかった。
午前中のメアリは二階の使用していない部屋の掃除をしていた。下女の初日と変わらず、メイドになった意味が無い。ただし、指示するメイド長としては意味がある。主人と相性の良いメイドを主人の近くに配置する。何かあった際に顔を出すと主人が喜ぶメイドを配置している…執事のエドガーあたりからすれば、『何かあった時の手勢』なのかもしれない。
そうして午後、メアリが主人にお茶を淹れに行く事になった。
「やあ、いらっしゃい。一週間この時間を楽しみにしていたよ」
「メイドがただお茶を淹れるだけの時間ですが」
「そう言わないでよ。僕からすれば、家中一番の美少女とお喋りしながらお茶を飲む、至福の時なんだ」
とりあえず無言で程よく薄いお茶を淹れる。香りを楽しむタイプの濃度だ。
一口含んだマーティンは上機嫌で言った。
「うん、良い香りの向こうに美少女がいる。これが幸せと言うものでなくて何なんだ」
(各方面から命を狙われている奴の言う事じゃない)
メアリは呆れたが、一言言う事にした。
「旦那様、一般論ですが、十代の間は自分プラスマイナス1才の人間しか、恋愛対象にならないものです」
「そんな事ないよ。美しい姿と美しい心は年齢を超越して人を恋に落とす」
(どこの女たらしの言葉だよ。やっぱり血は争えないな)
「2才差があると、下から見ると上はおじさん、おばさんに見え、上から見ると子供過ぎるんです。十代は成長が激しいですから」
「えっ、するとメアリから見える僕はもうおじさん!?」
「4才上には見えません」
「そうか、良かった」
(年齢不相応に頼りないって意味だよ!)
「それで、それでも旦那様から見た私が可愛く見えるのは、大人が子供を見て可愛いと言う感覚ですよ。つまり恋愛対象では無い訳です」
「いや!そんな事は無い!メアリは僕を一人の人間として見てくれるから、だから僕も君を一人の人間として好ましく思っているんだ!」
(それ、可愛いと関係ないじゃない)
メアリとしては姉ほど美しくない自分を褒められてもどこか空しい気持ちはあったが、一方で外見と関係なく好ましいと言われればやはり心にすきま風が吹く。
「いつもお忙しく働いている旦那様を心配はしております」
「うん、そう言ってくれる人がいればこれからも頑張れるよ!」
(…)
メアリとしては、決して口に出せない思いが心に浮かんだ。
(知らないよ。姉さんの無念を晴らす方が大切なんだ)
本作をブックマークしている人は…の欄に転生幼女がありました。お孫さんがいるらしい作者だけあり、子供の描写に迷いが無く、また微笑ましい場面も多い作品ですが、今も思い出すのはハンナの亡くなるエピソード。思わず読みに行ってしまいました。微妙にあっさりしてますが、それがまた味で。しかし、転生ネタは受けは良いけど、そうじゃない使い方をしたいと思いますねぇ…




