1−1. 侯爵家の夜 (1)
普段の長編よりは舞台劇よりの話ですので、タイあらしております。悪しからず。
先代クラレンス侯爵の長男ノーマンは、魔法学院在学時に三人の貴族令嬢を妊娠させた。ここで無責任な態度を取り、次代の侯爵が魔法学院途中退学となっては格好がつかない。だから先代侯爵ハーマンは3人の令嬢の子供を爵位継承権の放棄の上で長男の子供と認め、はした金を渡して令嬢達をそれぞれの領地に帰させた。
ノーマンには母親からの説教程度のペナルティしか無かった。だからこの男は卒業後も次々と貴族令嬢に手を出し、四人目が発覚したところで外国へ逃亡した。その報を聞き、更に二人が侯爵家に責任を取る様に迫ったが、侯爵は証拠が無いからと突っぱねた。
令嬢達の実家の告訴により貴族議会の付属法廷で訴訟となったが、やはり証拠が無いからと賠償を拒否した侯爵は、騒ぎを起こした責任を取ると言って引退した。
貴族議会は恨みを二親等以上に引き継ぐ事を不法としている。何代にも渡って貴族同士が争う事を防ぐ目的だった。だから問題の男の弟に引き継がれた新クラレンス侯爵への認知と賠償の訴訟は却下された。
…そして、誰とも知れぬ男と寝たふしだらな女と世間に認定された三人の令嬢は、お腹の子と共にあの世に旅立った。
その三人の令嬢の内の一人、ソフィア・リズリー子爵令嬢の妹であるマリエルは、クラレンス侯爵家への復讐を人知れず誓った。
火・木・土の夕方と日曜だけの通いの下女として採用された下女・メアリとはマリエル・リズリーの事だった。先代長男のご乱行は使用人の退職を招いた。人手不足のクラレンス家は盛んに使用人を採用していたんだ。
メアリことマリエルは、普段はひっつめ髪でおでこを出していたが、下女としてはハーフアップにして目を隠し気味にしていた。素性を分かりにくくする為だ。
(さて、潜入したのは良いけれど、逃げ道を確保せずに凶行に及べば死ぬだけよね。せめて敷地内の地理を頭に入れるまでは真面目に働こう)
初めて下女として入り込んだクラレンス家では、年長のメイドの指示があり、二階の使用していない部屋と廊下の掃除を命じられた。
(二階は貴族の居室だろうに、メイドでなくて下女に掃除させるっておかしくない?大丈夫この家?)
貴族屋敷には厳格なヒエラルキーがある。二階は貴族のフロアであり、普通は貴族上がりの侍従・侍女、あるいは信用されているメイドしか二階には上がれない。下級メイドや下女などただの平民が二階に上がれる訳がないのだ。
バケツとモップを持ってメアリは少しずつ廊下を拭き掃除する。平民である下女なら手でモップを絞る必要があるけれど、メアリことマリエルは腐っても子爵令嬢である。水魔法でモップの水を絞れるから、手が冷える事も汚れる事もなかった。
(下女と暗殺の訓練としてささやかに身体の鍛錬をしてきたけれど、この作業、毎日なら動けなくなるよね…)
そうしていると階段がきしむ音がした。
(上司のメイドの指示で二階に上がったとは言え、見られて叱られた場合は彼女は知らんぷりするよね…)
だからメアリは空いている部屋に道具を持ち込んで隠れた。足音はこちらの部屋に近づく事はなかった。しばらく大人しくしていたメアリだけれど、新たな物音がしない為、廊下に出て掃除を再開した。
(モップは暗殺に使えるかな?これで頭を殴っても、逆にこっちが折れるだけだよね)
物騒な事を考えながらメアリは掃除を続けた。
すると、がたんと椅子が倒れる様な音と、何らかの声が聞こえてくる。
「だ、誰か…助けてくれ」
何となく助けを呼んでいる様な小さな声が聞こえる。
(うん、下女が気安く顔を出せないよね。聞こえないふりをしよう)
と思っていると、さっきより切羽詰まった声が聞こえる。
「誰かぁ~…助けて…」
(椅子が倒れて立ち上がれないの?どれだけ太った人よ?)
そうは思ったけれど、助けたら信用されるかもしれない、そう打算の上で物音のする部屋の扉をメアリはノックした。
とんとん。
「失礼しま~す」
扉を開けると、外套を着た女が男性にのしかかっていた。
女の右手には短剣が握られていた。男は右手を女の左手で抑えられていて、だから左手で女の短剣を持つ手の手首を持ってなんとか刺される事を防いでいた。
(うん、復讐中のご同輩だろう。神よ、私の願いをかなえてくれて感謝します。一応、適当な事を言って下がろう)
「あの、すみません、お取込み中とは知らず失礼いたしました。それではこれで」
「待て待て!見ての通りの当主の危機だ!何とかしてくれ!」
「大の男が女一人、簡単に取り押さえられるでしょう?だから、これは噂に聞く、特殊プレイというやつなのですよね?」
ここで女が口を開いた。
「そうよ、お楽しみ中の二人に対して失礼よ。早く戻りなさい」
一方、男は必死に話した。
「不意を突かれて体勢が悪くなってしまってどうしようも無いんだ。頼む、助けてくれ!」
(そもそも見るからに安物の服を着た下女に何を期待しているんだ。だったらもっと給料よこせ)
それはともかく、メアリはまず二人の事情を聞いてみる事にした。
「それで、どういう動機で女性は男性を襲っているのですか?」
「ただのお楽しみ中よ。構わず出て行きなさい!」
「兄貴が派手な女遊びをした挙句に逃げたんだ!僕が悪い訳じゃないっ!」
「それで、被害者本人なんですか?」
「この人の戯れ話を真に受けないで。早く戻らないと、罰を与えるわよ?」
「待て待て、雇用主は僕だ!僕を助けるのを優先してくれ!」
「本当に雇用主ですか?それじゃあ、今晩から務めている私の名前はご存じで?」
「知る訳ないでしょ?無責任男の弟なんだから」
「ごめん、人手不足で何人か増やすとは聞いている。だから、ちゃんと危険手当を出すから何とかしてくれ」
全体の半分は第一稿まで書けております。毎日更新が出来る筈。多分。




