65.平凡で非凡な日常
——四ヶ月後
東風が肌を撫で、潮騒が耳を擽る。空を遮るものはなく、煌びやかに太陽が輝く。隣の少女が居なければ、この心地よい光景を満喫出来ていただろう。
俺が首を傾げると目に入って来るのは、棒付きアイスとチロチロと舐める赤髪の彼女。俺はうんざりし、ため息を吐く。
「…何で今更、出てきたんだよ。真祖様」
「前も言ったろう。体の再構成に時間がかかったんじゃ」
幼声に似合わぬ老婆口調。二十代前半はあった体が今は小学生のように縮んでいる。
心臓は確かに灰に帰した。消滅も確認した。なら、なぜ彼女は生きているのか。それは、死の直前、意識のみを俺の『影』に刻んだから。つまりはここにいるのは彼女の影法師だ。
真祖は確かにあの瞬間、死んだ。実際、立場上は俺の『使役獣』らしい。
「綾人よ、代わりはないのか。この甘味…アイスとやら美味ぞ」
実のない棒の端を指で摘み、クルクルと回す彼女。
「ないよ。ってか、真祖様それ三本目」
俺は二度目のため息を吐き、頭を掻く。そして、彼女の要求を無視し、そのまま歩き出した。その瞬間、体を背筋に怖気が走った。
「うぇ〜〜〜〜ん。お兄ちゃんがアイス買ってくれない〜〜〜〜〜」
大声で喚く真祖。通行人の目が俺を劈き、俺は本日三度目のため息を吐く。
「分かった、分かったから。買うから」
俺は少女の前に片膝を突き、宥めると近くの露天でアイスバーを購入する。彼女は棒をゴミ箱に捨てると、新しいものを手に取った。
「始めからそうしておれば良いのだ、戯け」
…次はないからな、ロリ婆
先までの号哭はどこへやら。そこにはこちらに悪態をつく傲岸不遜な少女の姿があった。俺は思う。何百万年も生きて恥も外聞も無いのかよ、と。
「…貴様。今、私にとんでもなく失礼な事、考えていまいか」
鋭い視線が俺を突き刺す。
「ないない。ほら、行くよ。俺は午後も仕事もあるんだよ」
適当にあしらい、俺はオフィス街を目指す。
「あれも、これもこの文明が悪いんじゃあ!私を誑かす物しかのうて」
ギャーギャー喚く少女を背に俺は呆れながら、足を踏み出した。
「あ。綾人くん、帰ってきた」
戻るは小さい事務所。出迎えるは『境界』で出会ったあの天使。天界のあらゆる手続きをすっ飛ばして、俺にロンギヌスの所有権を与え、世界の運行を乱した事で天界から追放された。恋愛脳のポンコツと言えど、天使を無視する事は出来ず、今に至る。
厄介だが、真祖よりは遥かにマシだ。仕事も手伝ってくれるし、駄々も捏ねない。そして何より…。
「エル。貴様、私の視界に入るなと何回言えば分かる。天使の顔など見とうないわ」
「そっくりそのままお返しするわ。私も貴方の事、見たくないもの」
その言葉を受けた真祖の額に青筋が浮かぶ。
「何じゃあ、喧嘩か。◯リカするか」
「ええ〜、アルフィちゃん。激弱じゃん」
そうは言いながらもエルはテレビ台の前に行き、ゲーム機を起動させる。そう、何よりわが我儘放題の真祖の相手が出来る。日々を送る上で貴重な戦力だ。
「今日こそ勝つぞ」
「だから、無理だって。CPUにすら勝てないじゃない、アルフィちゃん」
問答を聞きながら思う。あの女帝の喧嘩が◯リカとは可愛いものだ、と。今の真祖は戦いを好まない。というか、元々そんなに得手ではない。
元を辿れば、真祖にとって戦いは生存競争だった。だが、時を経るに連れて種が増え、崇められるようになり、闘争に身を投じざるを終えなくなったのだ。
実際、『最終戦争』の時代、人類を脅威に陥れたのも単に戦いに疲れたから。盛大に戦ってどちらかが勝てば、楽になると思っていたらしい。
余談だが、真祖が『アルフィ』と呼ばれるのは、彼女の戸籍上の名前が『アルフレッダ』だからだ。『勇者』の名前から取ったのだと言っていた。
俺は遊び始める二人を尻目にデスクにつく。
今の俺の仕事は『マネージャー』だ。
吸血鬼のタレントやクリエイターは、その多くが夜行性。それに身分を大々的に明かすわけにはいかない。『天上決戦』を経て、多少吸血鬼への風当たりが弱くなったとはいえ、社会のイメージは悪い。まあ、そんなすぐに世界は変わらない。
そこで俺に白羽の矢がたった。ロンギヌスの継承者となった副産物で俺は神聖力を扱えるようになった。その結果、日光を克服した唯一の吸血鬼となり、吸血鬼たちが求める需要と合致したのだ。
そういう訳で、俺は今、数多の吸血鬼を支えるマネージメント業を行っている。
…もう一人じゃないしな
先を見据えてある程度お金は稼がなければならない。有耶無耶になっていた『同族殺し』時代の貯蓄は全てニコ爺が運営する医療系の財団に寄付した。あまり持っていて気持ちのいい物では無かったし、それで人が救われるのなら、万々歳だ。多くは、『天上決戦』を始めとし、全国各地の『嗜好派』の蜂起。その被害の復興支援に充てられていると聞く。
…今日は…打ち合わせが三本と、ミロの進行チェックか
俺はそれに頭を抱える。ミロはイラストレーターなのだが、まあとにかく締め切りを引き延ばす。始めに『本当の〆切』を伝えた時にはエライ目にあった。各所に頭を下げ、納期二週間を過ぎたところでやっと納品したのだ。それからはミロの性格を踏まえ、『偽の〆切』を用意し、駆け引きを行なっている。
…やらないと溜まってくからな仕事
俺は雑念を振り払い、パソコンのスイッチを入れた。
「終わったっ……」
終業した頃、空にはまだ夕闇が残っていた。
…今日はちょっと早い
「真祖様、エル。帰るよ」
荷物をバックに入れ、軽快をボトムスのポケットにしまった俺はテレビの前にあるソファで寝入っている二人を起こす。テレビはつけっぱなし、ソファにはリモコンが転がっている。
…こうしてみるとただのお子様なんだよな
俺は天使と、かつて女帝と呼ばれた少女を見やる。今や、彼女らは現代文明に毒された哀れの子供だ。娯楽のない天界。遥か昔を生きた真祖。二人は、現在、興味のままに近代を満喫している。やがて寝ぼけ眼をこすりながら起きた少女たちはのろのろと動き出し、段々と眼を覚ます。
「エル貴様、ショートカットばかり使うのはずるいぞ」
「卑怯じゃないよ、立派な戦術。出来ないからって僻まないでよ」
忽ち起こる喧騒。俺は二人の手を引き、帰路についた。
事務所から電車を乗り、二十分。さらに徒歩で二十分。やがて十階建てのマンションが顔を出す。エレベーターで八階まで上がると、一室へ。空いた窓からは夕餉の匂いが漂っている。
インターフォンを鳴らすと、聞き慣れた声が返り、扉が開く。住人と視線が交錯する。
「おかえり綾人」
「ただいま」
互いにそう言い、クスリと笑う。未だ慣れないやり取り。けれど、それはどこか心地よく、胸に暖かさをもたらす。
「千智、そろそろ大学の新歓始まったでしょ」
「えっとね、こないだ面白い子いて——」
愛しの人と過ごす何でもない日常。だが、俺は知っている。それは些細な切っ掛けで崩れる可能性があるという事を。故に当たり前を過ごせる事を喜ぼう。そして願おう。いつまでもこんな幸せな日々が続きますように。
《あとがき》
ども『創作』のKeiです。
一鬼と一人の吸血鬼譚『ヴァンパイア・パレヰド』は本話数を以って完結となります。
なんだかんだ初めての完結作です。なんだか、感慨深いですね。
本作の主軸は、『綾人と千智の恋路』にスポットが当たっていますが、物語全体を通して一貫したテーマがありました。
『大きな世界を変えることは、難しい。けれど、小さな世界(個人の価値観)は変えることができる。そして、大きな世界も長大な時間と共に緩やかにその姿を変えていく』
作者としては、『最終戦争』時の殺伐とした能力至上主義と現在の安穏とした『穏健派』の姿。綾人と千智の恋。真祖の考え方の変化と先代『勇者』の思想に近づく世界。それらを通して、テーマを表現、消化出来たかなと思っております。本作いかがだったでしょうか?面白いと思っていただけたのなら、幸いです。
閑話休題
この場を借りて、今後の話をしておこうと思います。
まず、次回執筆するのは『紋章都市ラビュリントス』の第四巻です。
表題は『混成亜人連合国:尾張』。和のテイストで、お送り出来ればな、と思います。
まぁ、更新は早くて夏頃です。気長におまちください。
では、最後に。
改めてここまで辿りついた読者の皆様、本当にありがとうございました。
僕は、小説は『読者』に届いて完成だと考えています。自分しかいなかったら妄想ですよ、こんなもん……。感謝。
次のあとがきでまたお会いしましょう~。Keiがお送りいたしました。




