61.異端の天使
…行っちゃった
二人が門を潜ると共に煌めきは縮小し、『境界』に静けさが戻る。エルは振っていた手をぎこちなく、握る。少し止まって、その手を横に下ろした。
『境界は天使の来る事が出来る最下層』
彼女のその言葉に嘘はない。だが、声だけは届くのだ。数多の預言者がこれまで天使の…時には天使の王——神の祝福を受けてきた。
エルは自らの罪を自覚し、胸が蟠るのを感じる。ミロの介入を止めていた誰か。それこそ、エルだった。ミロの動きを止め、彼らをこの『境界』に導く。
それが第一の関門。
仮にミロが現場に到着した瞬間に戦闘に踏み入ったのなら、彼らは負けていた。
武力としては真祖と互角。
だが、真祖の不死性が全てを打ち砕く。敵対する彼らには明確な限界が存在する。そして、彼らの攻撃に真祖を打開する術はない。あの『エマニュエル』の砲撃でさえ、真祖を倒す事は不可能なのだ。
東京都庁戦で敗北を喫した聖教は、『七天の担い手』という最高戦力の全てを失い、『嗜好派』になす術なく蹂躙される。そして、世界は再び吸血鬼の手に渡る。
それが自然な世界線。あの世界が進む道だ。
そこに天使たる『——』が待ったをかけた。たった一つの恋路を見届けるために。
始まりは些細な事だった。ある天使は、下界を覗くという奇妙な癖を持っていた。大概の天使は同じ事がただ繰り返される下界のことに興味を示さない。感情のない機械のようにただ魂を循環させ、世界を運行するのが常だった。
そんな色物の天使はある日、少々変わった二人組を見た。
『…ええっ⁉︎嘘でしょ。人と鬼のカップルって!…ええっ⁉︎』
二度の驚き。しかも一方は『嗜好派』を手にかけ続けた『同族殺し』。もう一方は世界を支える七柱『七天の担い手』と来た。好奇心を唆られた彼女は、事あるごとに彼らを覗いた。
表面上には、ただ楽しそうにするカップル。だが、彼の方はいつ幸せが砕かれるか分からない不安に駆られ、彼女は親殺しをされた経験から、吸血鬼全体を嫌悪している。そんな危ない橋を渡り続ける彼らを天使はただ好奇の目で見ていた。
しかし、彼らの幸せそうな顔を見るうちにその危うい関係がいつまでも続くようにと彼女自身も願うようになった。
これは、たった一人の天使の我儘。そして、天使すら誑かした一鬼と一人の物語。
…ここからは私の知らない未来
天使は知らない。この先がどうなるのかを。それは身勝手な天使の介入という世界の運行を乱す大罪。
エルはその大罪を胸に体の前で手を組み、祈った。
「どうか二人の進む道が光に満ちていますように」




