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ヴァンパイア・パレヰド *12,22時頃更新  作者: 創作
第一章_欺瞞

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5.騒めき 

 カラン♪コロン♪


 木製のシックなデザインの扉に手をかけると取り付けられた鈴が鳴り、小気味良い音で俺たちの来店を歓迎する。


 今回予約した店はイタリアンだ。カルボナーラとピザが美味しいという触れ込みである。


 「いらっしゃいませ」


 「予約していた犬塚です」


 接客をしていた店員がこちらに気づき、俺が名前を言うと店内へ案内される。


 「お席はこちらとなります。ごゆっくりどうぞ」


 平手で指し示された席につくと一息ついた。窓からは夕闇が差し、夜の到来を告げる。


 …ようやっと体調が良くなってきた


 夜になって露骨に体の調子が良くなるのを感じると自分がやはり吸血鬼であるのだと自覚する。


 左手にある小窓から視線を外すと彼女の方へ。すると千智はメニュー表を開き、料理の吟味を始めていた。


 華奢で食が細いように見える彼女だが、その実かなり食べる。しかし、大食漢に多い粗野な所はなく、上品な所作で皿から料理がみるみると消えるものだから、少々見ていると面白い。


 「…綾人、そんなにじっと見られると恥ずかしい」


 その言葉でふと我に帰る。するとメニュー表で口元を隠し、やや頬を赤らめた千智の顔が目に入った。


 「ああ、ごめん。何にするか決まった?」


 変な妄想を語るわけにもいかず、俺は『注文をどうするか』という話題に切り替える。


 「パスタはカルボナーラかアラビアータ。あとピザが美味しそう…サラダはこれがいい」


 千智はメニューのページを次々と捲り、指を差す。


 …カルボナーラとアラビアータ。濃厚さと辛さの両極。悩むよなぁ


 内心、彼女に共感を示しつつ、俺もメニュー表に目を通す。


 「そしたら、パスタは二皿頼んでシェアしようか」


 如何な千智と言えど、パスタ二皿にピザはきつい。


 「いいの?」


 「うん。俺はカルボナーラが食べたいから」


 千智はいつもよりやや上瞼を上げ、こちらを覗き込むように首を傾げた。


 大体、店に来た時、俺が食べるのはその店の看板メニューだ。


 自分でも随分ミーハーだと思うが、そもそも『看板料理』は店が自信を持って提供できると踏んだ料理。なら、それを食べたいと思うのもまた人情だろう。


 サラダやシャルキュトリーの盛り合わせなど一通り注文が決まると俺たちは店員を呼ぶ。


 メニューを開き、自分たちの要望を伝えると店員さんは厨房の方へと消えていった。

 開いたままだったメニュー表を片付けた俺は彼女に向き直る。


 「そういえば最近、大学どう?」


 「どうもこうもないよ。いつも通り授業受けて家に帰るだけ。私、聖教の支援で学校行ってるから成績ちゃんと取らないといけないし。遊びは時々、誘われたら行くくらい」


 「西宮さん、だっけ?」


 西宮さんというのは千智の友達だ。確か名前は『西宮明希(あき)』…だったと思う。彼女とは正反対の外向的な性格だが、不思議と馬が合うらしい。


 「うん。この間も誘われて、韓国料理食べに行ったの」


 そう言って千智はスマホを取り出すと、幾らか指を滑らせこちらへと画面を見せてくる。そこには数個の器の上によそられた色鮮やかな料理があった。


 「どうだった?」


 「酸っぱくて、甘くて、辛くて、しょっぱい感じ?でも、バランスは取れてるから不思議だったよ。私はこれが一番好き『スンドゥブ』って明希が言ってた」


 色々な料理がひしめく画像を二本指で拡大すると真っ赤なスープに野菜や肉、きのこ類が入った鍋が現れる。見た目は凄く辛そうだ。


 「やっぱ辛いの?」


 「あんまり。キムチの酸味も効いてるから旨辛い感じ」


 「そうなんだ。でも意外と千智は辛いもの得意じゃない?」


 「そうかな?」


 千智はきょとんとした顔をしてこちらを見る。


 その時、前に千智のアパートでスパイスからカレーを作ったことが頭をよぎった。


 「そうだよ。此間のカレーも凄い辛かったのに君は『美味しい』って言ってよ」


 「そうだったっけ?」


 呆れを滲ませながら、話すと彼女は再び惚けたような表情をする。もしかしたら、本当に忘れているのかも知れない。


 兎も角、俺はその出来事で千智は味音痴なのかもしれないと懸念を抱いたのだ。


 「この辺にも韓国料理屋さんあるみたい。今度一緒に行こうよ、綾人。綾人にも食べさせたい『スンドゥブ』」


 俺の心配を他所に彼女は話を進める。余程食べさせたいのか、千智にしては珍しく『やや』ではなく、『分かりやすく』口角が上がり、目を煌めかせていた。


 …こう食い気味で来られると断りづらいんだよな


 「分かったよ。今度行こう」


 嫌な予感に駆られながらも了承の意を示す。ちなみにこの直感は大方当たる。


 …多分、辛いんだろうなぁ


 俺は胸中で南無三と唱えた。




 やがて食事が運ばれ始め、二人分が揃うと手を合わせる。食感や味を共有しながら食べ進めると、最後にデザートのアイスを頼み…その日はお開きになった。


 …思ったより辛かったな


 それは『アラビアータ』の話だ。唐辛子の辛さに各種野菜とトマトの旨みや甘味を感じる逸品だった。だが、どうも唐辛子が効き過ぎていたように思える。


 「千智、アラビアータどうだった」


 「旨辛くて美味しかった」


 …だと思った


 この間のカレーは露骨だったが、今回のは普通くらい…のはずだ。周りで同じメニューを頼んでいる客が他にもいた。


 彼らが美味しそうに食べている姿を見ると、もしかしたら味覚の問題は千智じゃなくて俺の方にあるのかもしれない。


 …案外、辛いもの自体が駄目なのかもな


 普段、あまり食べないからこれまで点で気づかなかった。


 「…綾人、ありがとね」


 物思いに耽っていると大人しめな彼女の声が響き、俺は振り返る。


 「うん?」

 眉根を上げて疑問符を浮かべると千智は瞼を僅かに緩め、穏やかさを瞳に宿した。


 「今回も美味しかった」


 「それはよかった」


 それとなく短く返しつつも内心、俺は得意げだった。やはり自分の選んだものを相手に喜んで貰えると嬉しい。


 …そういえば、付き合いたての時は何するにもおっかなびっくりだったなぁ


 当初は会う約束をする度に場所の下見に行く程度には緊張していた。料理店に行こうものなら味見は必須。候補の二、三店をハシゴして決めていたくらいである。


 ただ最近では「不味かったら、不味かったでそれはそれで話の種になるか」と余裕が出てきた。失敗が笑える程度には関係値が高まったのもあるのかもしれない。


 兎も角、今は半年前と比べると比較的気負いせずに店を選んでいる。しかし、入念に調べる癖があったためか、経験値で店構えとメニューを見れば、ある程度の想像はできたりするのだが…。


 千智の話に相槌を打ったり、自分の身の上話をしながら歩いているといつの間にか駅の改札口にいた。彼女の家は二駅先だ。


 「じゃあ、今度は韓国料理ね」


 「はいはい」


 「絶対だからね」


 あしらうように聞こえたのか千智は俺に念押しをしてくる。


 「分かってるよ」


 俺はそれに苦笑しながら片手を上げる。


 「それじゃ」


 「うん、また連絡する」


 千智の返事を一区切りとすると彼女は改札を潜って構内の雑踏へと紛れていく。


 ホームに降りて行くまで見送ろうかと立っていると、彼女は徐に振り返り小さく手を振った。気恥ずかしいのかその動きはどこか辿々しい。


 …恥ずかしいなら、やらなきゃいいのに


 可愛らしい仕草に思わず微笑む。俺が手を振り返すと今度こそ彼女は人混みの中へと姿を消した。


 そんな彼女を見送りながら、ふと思う。このままでいいのか、と。


 人と吸血鬼。本来、それは決して相入れない存在だ。『最終戦争』以後、それは決定的となった。


 人間は優位。吸血鬼は劣位。


 法律上は平等に扱われる事が明文化されているが、現実はそうではない。


 俺と彼女のこの関係は何れ、彼女…千智にとって影を落とす。離れるのが、両者のためというのは自明だった。


 だが、いつもそれを考えると頭が警鐘を鳴らす。『それでは駄目だ』と。


 ()()とか、()()()とかそういった具体的な事は分からない。もしかしたら波風立てるのが嫌なだけのかもしれない。


 それとも言い出す口述がない程に良い関係が築けているからだろうか。俺は時折、感じるわだかまりを胸にその場を後にした。


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