56.決死の猛攻
「…分かってる。千智は、砲台『ユスティノス』の起動を。俺は真祖を引き付ける」
言葉を背で受け、コンコンと無線の繋がるイヤフォンを叩く。千智はただ頷きを返すと斜め後方へと駆け出した。
「逃すと思うか、小娘!」
真祖が手を空に掲げると、辺りの血がその中心に収束し、天を埋め尽くさんとする無数の赤い槍となる。
「行け」
腕が振り下ろされた瞬間、それらは途轍も無い速度で打ち出され、千智の進行方向へ降り注ぐ。俺は首筋に『活性アンプル』を打ち込むと、身体強化『血傑統制』を発動させ、彼女とか槍の雨の間に割り込む。
『——ここに黙示録を再演す』
俺の『影』が急速に拡大、そして収縮する。
『ここに黙示録を再演す』には二つの能力がある。一つ、自身が貯蔵した聖武器を分割した『影』で操る力。そしてもう一つ。限定的ではあるが、『影』を拡大、収束させ、吸血鬼細胞と神聖力の反発をレーダーのように用い、その場の聖武器の位置を把握する力。
地域動物の情報網を形成するまでは二つ目の能力と根気で武器を収集していたのだ。
…こんな形で使うとは思いもしなかったけど
——照準…固定
…皆さんの武器、お借りします
俺は真紅の雨を見据え、両手を体の前に翳し、刹那振り抜く。
——一斉掃射
白銀と紅が衝突。双方の武器が砕け、逸らし、打ち捨てられる轟音が一帯を木霊する。その最中、俺は一振りの剣を手に豪雨の中に斬り込んだ。これだけの数、照準を合わせると言っても全ては難しい。撃ち漏らしは俺自身が対応する。
武器が半ばから折れれば次を出し、輝きを失えば、別の得物をとる。瞳を目まぐるしく回し、体を可能な限り最速で動かす。赤雷の中を縦横無尽に駆け回り、ようやく最後の一つを落とした。音が止み、夜の静寂が広がる。
…はぁ、はぁ……はぁ
俺は荒く息をしながら…しかし、戦意を宿した眼を持って真祖を睨む。大階段の上に佇む玉座の前で屹立する彼女は口角を吊り上げ、好奇を滲ませる。
「綾人!貴様、その身のこなし、何人殺した‼︎この平和ボケ世界であの時代を彷彿とさせる練度!ははっ、平和主義者と思ったが、はてさて…とんだ化け物よ。……なぁ」
真祖は腹を抱えて嘲り、身を仰け反らせ手を広げて哄笑する。やがて大きく息をつくと狂気を内包した瞳をこちらに向ける。
「手数は認めよう。なら、これはどうだ」
真祖は伸ばした両手で弧を描くように回し、再び『血』を収束させる。作られるは竜の頭を模った砲台。
「鳴動せよ——『龍の息吹は崩壊と新たな世界の創造である』」
声に呼応するように龍の顎門が開き、一点に集約された砲撃が放たれる。
…どうする
真祖の言った通り、俺は手数で格上を攻略する戦闘様式。火力で押し切られると逃げの一手しかない。だが、後ろには千智。それに切り札の『ユスティノス』もある。
その時、無線が入った。
『…綾人、合わせて』
千智の思惑に勘付いた俺は『影』の中から自身に扱える武器の中で最も高い神聖力を持つ大剣を顕現。体を半身に、剣を地面と平行に構える。
迫り来る弩級の波動と俺が接する瞬間、大剣の柄頭を何かが捉えた。刹那、輝きを増したそれを気流目掛けて凪いだ。剣の中心で真っ二つに割れ、形容し難い重さが腕にのしかかる。
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
重心を下げ、血を巡らせ、ありったけの力を込めた大剣はついに攻撃を両断し、重力のままに地面に突き刺さる。砲撃により地面は抉られ、迎撃した位置を境に二股に裂けている。その傷跡が威力を物語っていた。手には半ばから折れ、役目を終えた剣。
…助かった
何が起こったのか。あの時、千智が狙撃銃『ドラグノフ』の銃弾を大剣の柄頭目掛けて放ち、間接的に剣が持つ神聖力を活性化させたのだ。聖武器本来の力があの刹那、龍砲を打ち砕いた。
一息つこうとしたその時、地面から立ち上る赤い砂塵を突き破って、紅の光が現れた。即座に『影』から盾を取り出した俺は、正面からそれを受けるとそのまま後方に流す。遅れて、何かが破砕される音が響く。
「…流石に不意打ちは効かぬか」
『綾人、射線から避けて!このまま真祖を狙い撃つ』
突如、入った無線に反射的に体を半回転。円を描くように走り出すと、青白い閃光が視界を覆った。
…あれが『ユスティノス』
横目に千智の方を見ると、幾何学的なデザインをした剥き出しの砲身に、砲手を守る防楯のついた砲台が目に入った。その銃口からは吸血鬼としては身震いする圧縮された神聖力が特大の出力で放たれている。粒子砲の作り出す光の帯は徐々に出力を弱め、線となり消えて行く。
向かうは前方の玉座。盾を剣に持ち替えた俺は正面に構える大階段を一足飛びに駆け上がり、煙の中に飛び込んだ。そして、感じる気配のままに聖剣を振るう。
ガギンッ。
…クソッ
俺は内心毒付いた。得たのは肉を割く重たい感覚ではなく、石を叩いたような反発。剣を切り返し、もう一撃。だが、それは起こらなかった。剣はぎりぎりと音を立てて、離れない。
やがて煙る視界が晴れ、全容が明らかとなる。眼前には半身を黒く焦がす真祖。だが、その創傷はじりじりと再生を始めている。剣身を受け止めるは、結晶化させた血液で伸長した右手。未だ真祖は健在。
俺は足を踏み鳴らし、『影』から武器を彼女に向けて突き立てる。受け止める刃をへし折り、間合いを脱する真祖。
だが、そこに電離気体を纏った弾丸が飛来する。真祖は迫る銃弾に左手を翳し、血液を圧縮させた一条で持って迎え撃つ。
何とか対応しているが、その動きには陰りが見える。行動も血液操作の速度も明らかに落ちている。『ユスティノス』の攻撃は間違いなく効いている。
…ここで押し切る
俺は『影』から大槌を取り出すと、腰を据え、慣性のままに振り翳す。結晶化させた右手ごと真祖をか殴り、吹き飛ばし、新たに槍を取った俺は宙に浮く彼女の体を突き刺し、地面から突き出した結晶建造物に縫い付ける。
瞬間、カッカッと地を蹴る音が響いた。大階段から飛び上がった千智はドラグノフを構え、引き金を引く。
ドンッ!
反動を受けて体ごとのけ反る千智。超至近距離で打ち出された弾丸の威力は計り知れない。螺旋を描き、心臓へと直進する魔弾。その時、真祖が口の末端を吊り上げた——ような気がした。
嫌な感覚に時間が引き伸ばされ、あらゆる物がゆっくりと進んでいるように感じる。
その刹那、体を強烈な衝撃が襲った。気づくと体は中空にあった。近くに舞った千智を反射的に抱き寄せ、俺は地面を転がった。




