55.真紅の城
全四十八階層を抜けて、屋上に出た俺たちを出迎えたのは高所特有の強風と真紅の城だった。風が髪を煽りバサバサと靡かせ、あまりの強さに目を瞑りそうになる。だが、それも一瞬だった。天に突き出た真紅の結晶体が風除けとなって、止んだのだ。
「…そんな」
千智が絶句する。開けた視界に広がるのは赤い海だった。血染めの修道礼装と未だ白銀の輝きを残す聖武器がその『赤』が人であった事を物語っている。
…通りで通信が入らないわけだ
航空戦力、また降下部隊はこの領域に踏み入るや否や屍となったのだ。これは予測だが、この事態を察知した作戦本部は隠蔽を選択した。中の人間の士気を下げないためだ。
事実、展望台も苦戦を強いられた。只でさえ限界の中、味方の劣勢を知らされれば少なからず、指揮は乱れる。降下隊と地上隊。双方が双方を一縷の希望として、都庁戦とも呼べるこの戦場は成り立っていたのだ。
その時、カツカツと結晶体を打ち鳴らす音が赤の城に鳴り響いた。音の方に目を向けると、丁度、大きな台座の上に一人の少女が腰掛けるのが見えた。夜空を宿す漆黒のドレスに、血を象徴する真っ赤な双眸と艶やかな髪。
俺は直感した——彼女が『真祖』だ、と。
真祖は玉座で足を組み、肘掛けに左腕を乗せると、その手の甲に顎を据える。他者を前にあまりに不遜な態度。だが、それがあまりにも板についている。自身が絶対なる上位存在という圧倒的な自負。そこに『吸血鬼の女帝』と呼ばれる存在を垣間見る。
「ほう…、貴様。名は?」
徐にこちらを向く右手。その人差し指は俺を指す。何でもない問い。だが、有無を許さぬ圧があり、気づくと口が開いていた。
「犬塚…綾人」
自分でも驚くような呼気のような呟き。体は凍てつき、寒さを覚える。すぐに理解した。本能が畏怖を覚えている。立っているのもやっとな威圧感、それを肌で感じている。
隣にいても聞き取ることが出来ないような呟きを真祖は拾い、会話を続けた。
「綾人よ。貴様、吸血鬼だな。何故人に与する」
両手を組み、体勢を変えた真祖はこちらを睥睨しながら、またも問う。俺は体の震えを筋肉を収縮で、強引に抑え込む。それから一息吐き、言葉を紡いだ。
「『嗜好派』の蛮行は目に余る。野放しにすれば、数多の罪なき人が人知れず死していく。俺はそれを許せなかった」
「…なるほど」
真祖は得心したのか、表情を和らげる。そして考えるように首を傾げ、顔を歪ませた。
「綾人よ、聞こう。吸血鬼が人に行う蛮行とやらは、人が行う屠殺と大差ない。自然の摂理だ。貴様はそれでも人の社会を求めるか」
その考えに俺は刹那、戸惑いを覚える。視線が左右に動き、答えを探す。だが、千智が目に入った瞬間、その迷いは霧散した。吸血鬼の社会に彼女はいるだろうか。多くの人が平和を享受出来る世界だろうか。
答えは、否だ。
真祖にあって確信した。『吸血鬼の時代』はニコ爺の言っていた通り、強者だけが優遇される貴族社会。万人が恵まれた社会ではない。ノブレスオブリージュの精神はない。
真祖の社会とは、市民革命の——歴史の逆行だ。
俺は瞳を閉じ、意を決して口を開く。
「真祖様、俺は貴女のように強くない。それは多くがそうだと思う。吸血鬼も人も強き者は一握りで、その他が多くを占める。貴女の作る世界に平民の安寧はあるだろうか」
俺は『影』に意識をやり、一振りの聖剣を握る。そして剣を天に掲げ、切先を真祖に向けた。それは、叛逆の剣。俺は『同族殺し』。吸血鬼を狩る吸血鬼。ならば、その本懐はここにある。
「言うではないか。その意気やよし。ならば、吸血鬼らしく『力』でそれを示して見せよ」
刹那、真祖の内に秘められた狂気が波動となって放たれる。
「…綾人」
静観していた千智が耳打ちをする。半身で構えられた体はすでに臨戦体制であることを示している。
「…分かってる。千智は、砲台『ユスティノス』の起動を。俺は真祖を引き付ける」
言葉を背で受け、コンコンと無線の繋がるイヤフォンを叩く。千智が頷きを返し、斜め後方へと駆け出すのを横目で見ると俺は真祖に向き直った。




