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ヴァンパイア・パレヰド *12時頃更新  作者: 創作
第四章_真を真と云えるから

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53.弱き者の大成

 戦いは終始、ダニエル優勢に進んだ。吸血鬼としての能力差は言うまでもなく、相性が悪過ぎる。方や哨戒、暗殺を得意とする非戦闘者。一方は近接戦に秀でた一騎当千の猛者。しかもこの四百年でその練度にさらなる磨きがかかっている。


 「ニコ、先までの威勢はどうした!守ってばかりでは勝てんぞ」


 徒手空拳の嵐の中、ニコは防戦一方を余儀なくされていた。『影』の囮や『転移』、血で生成した飛び道具…持てる術の全てを使って、一撃また一撃とやり過ごす。側から見ても余裕がないのは明らかだ。


 …しまっ


 その時、ニコの視界が揺れた。脇腹に迫るダニエルの拳が当たる寸前ではたと止まり、一拍遅れて動き出す。僅かな反応の遅延。しかし、戦いにおいては決定的な間隙だった。捻れるように腹に減り込んだ攻撃は嫌な音を立てながら、ニコの体を曲げる。


 受ける刹那に身を引き、衝撃を逸らすも圧倒的な膂力を前には意味を為さない。体のあちこちを打ち、痛みで意識が遠のく中、ただ気合いで意識の喪失を堪えると、ニコは杖を地面に突き刺し、勢いを減退。そのまま床をのたうった。


 …たった一撃でこの始末とは


 ニコは杖を支えに片膝をつきながら、相手を見据える。殴打された腹にはくっきりと握り拳の跡がつき、内側から血が滲むのが分かる。


 …流石は時代を傾けた英雄と言ったところか


 彼は『最終戦争』の時代、真祖の右腕として名を馳せた吸血鬼の勇者と呼べる存在だった。


 ある学者は、ダニエルの登場はある種の『歴史的転換点』とも説いた。


 それまでも真祖の力は絶大だったが、それだけだ。たった一人の強者と有象無象。以前は統率というものがなかった。


 それをただ一人で成したのがダニエルだ。


 単独で聖教の旅団を壊滅させる事は勿論、戦将としての才もあり、吸血鬼の勢力拡大を加速度的に推し進め、ヨーロッパ全土を破滅寸前まで追いやった傑物——。


 遠くに響く剣戟音。その中を妙に響くコツコツという床を蹴る音が響く。


 「解らんな、ニコ。どうして勝てぬ勝負をする。ただの肉弾戦でこれとは。何が貴様をそこまで駆り立てる?」


 「無論、平和を恒久にせんがため。この戦いに勝てば、貴殿という『主導者』と、真祖という『象徴』を『嗜好派』は失う事になる。今は今後訪れることのない好機だ」


 ニコは迷いなく答える。真祖の復活は計画外だったとはいえ、『ダニエル』の事は常に探りを入れていた。生死不明の首魁。杞憂と割り切ることも考えたが、何よりニコ自身がそれを許さなかった。ダニエルの力を誰よりも知っていたのは真祖に仕えていた彼だった。時折、起こる『嗜好派』の蜂起。その中には時折、ダニエルの関与がチラついた。


 『嗜好派』吸血鬼の中で只一人、時代の天秤を狂わす可能性を持つ男。ニコはダニエルをそう捉えていた。


 現に彼は四百年の時を経て、真祖を復活させる問いう災禍を引き起こした。


 「ふっ、笑わせる」


 顔を俯けるニコを見下し、ダニエルは嘲笑する。


 「貴様が策を弄すれば万に一つの勝ちはあろう。だが、あの小僧と七天の娘が真祖様に勝てると思うか」


 その時にニコは不敵な笑みを浮かべた。


 「…彼、綾人くんは勇者さまによく似ている。貴殿も感じたのでは」


 「……」


 ダニエルはその言葉に顔を顰める。その脳裏に映るは四百年前、あの時代、自身を絶命の危機に陥れた唯一の相手。そこでダニエルはふと思う。何故あの邂逅の刹那、自分は『同族殺し』に『勇者』を幻視したのか。


 ニコは杖を支えに立ち上がり、言葉を続ける。


 「綾人くんは本当に勇者様とよく似ている。それは何も戦い方だけではない。底抜けなお人好しで、人のために怒り、悲しみ、平和を乱す者は許さない。その高潔さを私は信じている」


 ニコの瞳には決して疑わぬ意志があった。それは老人の戯言だろうか。それとも変革を見届け、長くを生きるが故の慧眼か。


 ダニエルは冷めた視線をニコに向ける。彼の中で瞳の奥には諦観と蔑み、そして苛立ちが同居した感情が湧き起こり、それらが拳に込められる。


 「詰まらぬ話だ。ニコ・ブラッドフォード。貴様の四百年はここに無為に散る。その幻想を抱いて死ぬがいい!」


 瞳孔を開き、目にも止まらぬ超速でニコに迫ったダニエルはその拳を再び振り翳さんとする。


 「——故に私も貴殿を葬らねばなるまいよ」


 ニコは腰元にホルダーから『活性アンプル』を打つと、痛む脇腹も気にもせず背を伸ばし、杖を鋭く突いた。


 …機は熟した


 『叛逆を許さぬ終の荊レヴォルティング・ソーン


 ニコは自身に近づく攻撃を最低限の動きで避け、続け様に放たれた回し蹴りも躱すと、ダニエルが舌打ちをしながら身を引いた。原因は彼の杖。正確にはその先端から放たれた数百の荊。


 無数の蔓は飛び退くダニエルを追尾し、彼は迎撃しながらの後退を余儀なくされる。ようやく全てを打ち砕いたダニエルが笑みを浮かべた。


 「やはり奥の手があったか、ニコ。ならば俺も本気を出そう。…何、四百年前の話が出来るのはすでに貴様を抜いて他にない。それ故、興が乗って——」


 その時、ダニエルが胸を抑え、膝を突いた。息は荒くなり、手に纏う装甲が剥がれ落ちていく。間もなく瞳が赤く充血し、体には腕を中心に毒々しい斑点という明らかな異常が表出した。


 「ニコ、貴、様…!」


 ダニエルはわなわなと震える口を開き、言葉を紡ぐ。ニコがコツコツと音を鳴らしながら、ゆっくりと着実に彼へと歩を進める。そして、ダニエルの側まで来ると身を屈めた。


 「私が何の策も無く、貴殿に挑むとお思いで。それとも策ごと打ち砕ける絶対な自信があったのかね」


 刹那、ダニエルの顔が酷く歪む。それは体を蝕む苦痛と『格下』と思い込んでいたニコにしてやられた事への憎悪から来るものだった。彼の『影』がはたと揺らめくがそれが形を成すことは無く、周囲に霧散する。相手の無力化を見てとったニコは彼に問うた。


 「ダニエル殿は知ってるかね。吸血鬼には文明初期、苦手とするものがあった事を」


 「……」


 返ってくるのは沈黙。ニコは構わず、言葉を続ける。


 「荊、唐辛子、ニンニク、そして杭。どれも吸血鬼の交配によって克服され、今ではそれらを苦手とする者はごく少数だ」


 ニコは指を立て、数えるジェスチャーをしてから、最後に人差し指を立てる。それからふと腰を上げ、身を翻すと手を後ろで組んだ。


 「私はここに目をつけ、ある仮定を導き出した。『現代の遺伝子操作技術を使って、対吸血鬼兵器を生み出せるのではないか』とね。長年研究したよ。


 何せ二十世紀後期からの計画だ。これは『真祖』様を始め、『嗜好派』内で権力を持つものを一掃するための技術。漏洩して対応薬を作られて仕舞えば、世話がない。ただ一人の孤独な研究さ」


 ニコは、眉を顰め、徐に天井を見上げる。彼は人の寿命ほどもある研究の日々を懐古していた。改めてダニエルに向き直り、その髪を掴み、無理やり視線を合わせる。


 「実は私自身にもこの毒を仕込んでいてね。知っているかな。毒は時間をかけて体に浸透させる事で、体内に毒そのものを宿す事ができる。貴殿と戦うとなると防戦になるのは分かりきっていた。


 だが、時間が稼げればそれで良い。私の血液を気化させた毒が貴殿の体を気付かぬうちに侵食し、身体能力を下げていく。…『叛逆を許さぬ終の荊レヴォルティング・ソーン』。あれは本来のダニエル様であれば、避けることは容易かった。…とはいえ、能力差は如何ともし難い——」


 その時、ニコはダニエルの体がドっと重くなるのを感じた。銀弾による真紅の灯火もない穏やかな死。ペンライトで死亡確認をしたニコは、一息ついてから立ち上がる。


 「さて、後は得意の騙し討ちでもしようか」


 遠くで未だ続く戦線を見据え、ニコは『門』を開き、虚空に消える。


 …あとは頼みましたよ。綾人くん、千智さん


 胸中で二人に思いを馳せ、ニコは再び戦場に身を投じた。


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