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ヴァンパイア・パレヰド *12時頃更新  作者: 創作
第四章_真を真と云えるから

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51.黒幕

 落ち着きを取り戻した俺が目下の問題を考えよう——その刹那。


 途轍もない轟音と共に天井が波状に割れ、一帯が土煙に覆われる。やがて晴れる視界に映るは一人の乱入者。


 長身、痩せ型。肩まである髪に見るものに恐れを抱かせる深い闇を宿す真紫の瞳。地を引き摺る長いローブを旗めかせ、彼はゆらりと動いた。


 誰一人その場を動けない圧倒的な雰囲気オーラ。先ほどまでの和やかさはかき消され、空気は息が詰まるほどに張り詰める。


 音の存在を許さない静寂の中で、吸血鬼だった灰塊の山を掴み、男はポツリと呟いた。


 「エトワール…。そうか、貴様は負けたのか」


 手に積もる灰を掌を立てて崩すと、悠然とした足取りで新手はこちらに向き直る。


 「まさか『先祖返り』の…それも大戦時代にも比肩し得る逸材を殺す者が現れようとはな。…面白い。どいつだ、エトワールと殺りやったのは」


 好奇心と共に獰猛さを宿した瞳が俺を射抜く。


 「俺だ。…分かってるのに聞くなんて趣味が悪いな」


 相手を見据え、一歩も前へ。『影』から聖剣を呼び出し、その柄に手をかける。


 「何、単なる興味だ。くくっ、くははははは」


 男は突然、もう耐えられないというように腹を抱えて笑い出す。嘲りは周囲に伝播し、彼が自身の膝を手で叩く。


 …何だ、この耳障りな声


 声高に叫ばれる嗤い声が遠い記憶の扉を叩く。やがて辿り着くはいつぞやの『蒐集』のそれ。蘇るは、ロンギヌスを手にしたあの日、聖槍使いを倒した吸血鬼。


 「千智、気をつけて。あいつは『ロンギヌス使い』を破ってる」


 近くの彼女に耳打ちする。すると千智が固唾を飲むのが分かった。


 「はぁ……、笑った。このような劣等種、今日日そういまい。確か『同族殺し(エピュラトゥール)』と言ったか。その佇まい、全く嫌な奴を思い出させてくれる。…くくッ」


 額に手を翳し、隠れた顔からこちらを覗き見、口元には愉快げな笑みを湛える。


 「弱者が強者を破る。大いに結構!…だが、その報いは高くつくぞ、聖剣使いの吸血鬼」


 刹那、腕が平行に掲げられ、ローブが大きく翻った。それと同時に彼の『影』が後ろに伸び、拡大した影の中から次々と黒い炎が立ち昇る。消えると共に現れるは無数の人影。その数五十は下らない。


 …まずい


 俺はその状況に息を呑んだ。現れた新たな敵影は、その全てが最低『嗜好派』の『幹部』クラス、中には『最高幹部』と並ぶ強者も散見される。そしてそれを束ねる黒衣の男。あの質量を『影』に仕舞うなどその力は、先ほど倒した白髪の少女エトワールと比べても一線を斯くしている。


 …どうする


 いくら精鋭と云えど、手負いの部隊には荷が重すぎる。


 …こんなの真祖以前の問題だ


 頭を捻るも策は浮かばない。『活性アンプル』は残り二本。『ここに黙示録を再演す(アルス・ルシオン)』を使っても半数がせいぜい。間接視野で周囲を見る。表情は硬いが、まだ目に光がある。戦意は失っていない。祓魔師達はすでに武器を構え、隊列を組んでいる。


 絶望的な状況といえど、投げ出さないのは流石だ。


 …だが、気持ちでどうにかなる問題じゃない


 そもそも聖教が強いのは、祓魔師複数による高度な統率を得た戦術にある。閉所ではその力を遺憾無く発揮する事も難しい。


 「…考えているな、聖剣使いの吸血鬼。…いい、実にいい。貴様のような半端者がそう顔を歪めるのは実に小気味よい」


 …っ


 俺は、舌打ちを打つ。提示される選択肢はただ一つ。


 ——やるしかない

 

 「行くぞ、『同族殺し(エピュラトゥール)』!我が名は『ダニエル』!ダニエル・ストーカーだ!」


 覚悟した刹那、宣誓を終えた男は目の前にいた。一足で間合いを詰められたのだ。

 腰を深く落とし、鉤爪のように曲がった右手が振り抜かれ、俺は目を見開き、姿勢を後傾させながら左手の聖剣で迎え撃たんとする。


 だが、その瞬間は訪れなかった。突如として空間が裂けたのだ。比喩はない。底なしの虚空が口を開いていた。


 ガギンッ!


 俺とダニエルと名乗る吸血鬼との間に杖が挟まれ、僅かな拮抗の後、ダニエルの攻撃を弾いた。やがて腕が突き出され、虚空は広がり、その全身が現れる。


 目立つシルクハットに貴族然とした立派な燕服。片目を隠し、片方を掻き上げた非対称な白髪に、歳を感じる手に反して屹然とした出立。


 ——そこには、『穏健派』の創始者『ニコ・ブラッドフォード』の姿があった。


 遅れて、辺りに断続的に『影』の門が築かれ、数多の吸血鬼が姿を現す。中には見覚えの顔も複数。バラクラバの目差し帽に全身のタクティカルスーツにアーマー。統一されたその服装は到着した応援が彼直属の警務部隊『平穏を守る者シアン・ドゥ・ギャルド』である事を示していた。


 「…すまないね、綾人君。君には無理をさせてしまった。私はアレが出てくるのを待っていてね。あの男は最終戦争時、真祖の親兵であり、今回『彼ノ地』を襲撃し、真祖を復活に導いた『黒幕』だよ」


 俺の横に並んだニコ爺は、端的にダニエルの素性を語る。


 「所で綾人君。『エマニュエル』の理解は」

 俺は脳裏で作戦を想起する。超弩級砲台『ユスティノス』でもって真祖を葬るあの作戦。


 「委細、承知しています」


 「ならば良し。…綾人君、君は『イェグディエル』…千智さんと屋上に向かいなさい」


 目端で祓魔師達がいる方を見るとすでに警務部隊の一人が話をつけに行っている。


 「分かりました」


 俺は再び眼前を見据えて了承する。その場から身を引くとやや後方に控える千智の元に向かう。その時、何か思い出したようにニコ爺が口を開き、俺は僅かに足を止めた。


 「…綾人君、最後に一つだけ。帰ってきたらお茶をしよう」


 「ニコ爺…それ、フラグって言うんですよ。死なないでくださいね」


 俺はそれだけ言うと再び駆け出す。


 「…千智、聞いてた通りだ。行こう」


 「ええ…」


 千智は、初めて見る『穏健派』の代表に釘付けになった視線を外し、俺の後を追従する。その最中、一人の祓魔師がこちらに近づいてくるのが分かった。


 「千智!」


 それは明希だった。肩には縦長のハードケースが掛けられ、手には小さなバッグが握られている。


 「これ、あんたのドラグノフ、後は色々。何が役に立つか分かんないから、持てるだけ持ってきた。私はこっちで頑張るから、千智は真祖ぶっ倒してきな」


 「うん」

 こちらに打ち出された拳。千智はそれに自身の拳をコツンと合わせる。その時、双方に一瞬の綻びが垣間見えた。だが、次の瞬間には使命をその瞳に宿している。


 刹那、俺たちは走り出した。一人は今の戦場へ。二人は次の戦場へ。


 非常階段に差し掛かったその時、背後で轟音が鳴る。


 俺たちは止まりそうになる足を強引に動かし、上階へ向かった。



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