44.戯れ
「『神聖力:最大励起』」
私は惜しむように言葉を紡ぎ、再び白雷を纏う。目の前のこの敵だけは意地でも葬らねばならない。強い覚悟を持って相手を睨み、剣の切先を向ける。
「そんな顔しないで。せっかくの美人が台無しよ」
エトワールは眉を顰める。だが、次の瞬間、彼女は凶悪な笑みを浮かべた。
「楽しも?千智。私、殺し合いは何よりも好きよ。内臓ってとぉっても素敵だと思わない?」
私はその問いに体が沸騰するのが分かった。すでに地は蹴られ、その身は敵前にあった。
…何が素敵、だ。人を殺す事に悦楽を得るなんてイカれてる
私は深く踏み込み、首筋に構えた聖剣を下から切り上げる。続いて振り切られた剣を切り返し構えると、横凪、右手だけを切り返し、さらに一閃。
…ちっ
だが、それらは空を切った。全て見えているのだろう。簡単な身のこなしだけで躱された。後ろに飛び、私から距離をとったエトワールは足を前後させ、ステップを踏み始める。
「…今度はぁ、エトの番♪」
何やら呟いたと思った刹那、彼女は一足で私に迫り、首を狙った手刀が放たれる。
私はそれを首を逸らして避ける。そして、左に重心を傾けたまま、剣を振り上げ、エトワールの体を掻っ切った。腹部から噴き出す鮮血。本来なら、致命の一打。
しかし、臓物は巻き戻り、傷口はみるみる内に塞がっていく。まるで何もなかったかのようにそこには陶器のような美しい肌が残っていた。
反転し、相対する。エトワールの顔には顰めっ面が浮かぶ。
「あ〜あ。これ、お気に入りだったのに」
ドレスを切り裂かれ、しゅんと落ち込み眉をへの字に曲げる彼女。しかし、次の瞬間には愉悦めいた笑みを浮かべた。
「まぁ、いいわ。千智、貴方との戦いとても面白いもの。地下の有象無象とは大違い」
私はその言葉に目を見開く。そうか、『彼の地』で術士団を壊滅させたのは目の前の怪物か。それならこの強さにも納得だ。
「みんな、エトの事。見えすらしないんだもん。だから〜、ちょっと本気出すね」
瞬間、彼女は立ち消えた。残るは赤の稲妻。私はその軌道上に剣を交差させ、掲げる。刹那、それを貫く衝撃。
——しかし
「あ、それ。ブラフだよ♪」
私の上体の斜め下。そこに身を屈めた彼女の姿があった。構えるは平手の手刀。鳩尾を狙って振り抜かれた攻撃と私の体の間に何とか逆手に持ち替えた剣を捩じ込む。
瞬間、剣の腹と手刀が交錯し、甲高い音を上げた。素早く重い攻撃をモロに受けた私はそのまま吹っ飛ぶ。
…片手持ってかれた
地面を打ち、転がりながら左の剣を突き立て勢いを殺す。無理な体勢からの防御。手首を内側に捻ってしまい、鈍い痛みに力が入らない。
「エトも〜武器使おっと」
顔を上げた刹那、三つの輪が私に高速回転して迫ってきた。私は即座に右手で拳銃を握り、発砲。金属音と共に内二つの軌道を乱し、最後の一つを転がって躱す。
円輪は私を通り過ぎ、直角に軌道を変えると綺麗にエトワールの方へと戻っていく。
彼女は人差し指を立てて小型の円状をしたそれを受けると、クルクルと回し始める。不規則に回る真円の刃。
…チャクラム
厄介極まりない。近接戦が得手なのは分かっている。それに加え、遠隔のチャクラム。先の動きを見るにあれは彼女の血で作られたもの。さっきの「ブラフ」と言われたのもこれだろう。
…速攻で決める
立ち上がった私はエトワールに向かい、突貫した。『最大励起』も残り僅か。この一瞬に賭けるしかない。それに全く策がないわけでもない。私は一対の剣を握り直すと小さく呟く。
「…『神聖力:最大励起——偽天使』」
二度目の詠唱。刹那、体は筆舌にし難い痛みに襲われた。




