43.彼岸の向日葵
「あなた、面白いわね?」
私は反射的に体を反転。そのまま右手の剣を振り抜く。しかし、肉を割く手応えはない。乱入者が途轍も無い速度で身を屈め、避けたのだ。新たなる敵は脚部に溜まった力を放出し、今は宙を舞っている。
私は剣の一振りを鞘に納め、代わりにホルダーから拳銃を抜く。すぐさまセーフティーを外し、連射。だが、目の前の小柄な吸血鬼は空で踊るように銃弾を回避する。
しかし、それも限界がある。やがて明確に胴を穿たんと銃弾が迫ったその時、彼女の口角が上がった。
瞬間、驚くべきことが起きた。
彼女は自身に近づく銃弾の前に足を蹴り上げ、靴底に銃弾を当てその衝撃と共に落下の軌道を大きく変えたのだ。
宙で一回転した敵はゆるりと地に降りる。
時を同じくして、私を包む白雷が落ち着き、朧げな白の燐光となる。
『最大励起』が解けたのだ。
私は前を見据える。そこには一人の少女の姿があった。白く絹のように滑らかな髪。紫陽花を宿す丸くに見開かれた瞳孔。華奢な体にフリルのドレス。
お姫様を体現したような彼女。けれど、決定的に違う事があった。その手は数多の地に濡れていたのだ。表層の可愛らしさと奥底に眠る悍ましさ。その共存に体が震える。
…アレは強い
私は顔を顰め、二振りの聖剣を構える。『最大開放』は一日二回。おいそれとは使えない。私は長く息を吐き、ただ始まりを待つ。
「私、エトワール。楽しい事がだ〜い好き。貴方、面白そうだから、お城から来ちゃった。エトって呼んで?」
窓から見える真紅の城壁に目をやってから、手をくの字に曲げて胸元へやり、姿勢を正し、私を見据える彼女。勝手に自己紹介を始めたエトワールと名乗る吸血鬼。彼女は興味津々とでもいうように目を見開き、口元を緩め、無邪気さを湛える。
「あなた、名前は?」
「…千智。…神崎千智」
エトワールは胸元の手を離し、こちらに向けてその手を差し伸べる。私は内心に冷や汗を掻きながら、淡々と述べた。
幸い、すでに辺りに敵影はない。広場の至る所から剣戟音は絶えないが、先の攻撃で周辺は一掃できた。それよりも…。
…何なの。この怖気は
幹部吸血鬼をも凌ぐ圧倒的な迫力。私は気圧されそうになる心を内に止める。この水準の吸血鬼なら、『聖教』が何か知っていても良さそうだが、生憎、資料で見たことはない。
「あなたがあの『死神』?」
それに私はただ頷きを返す。すると彼女の顔がパッと明るくなった。
「まぁっ!素敵。私、貴方みたいな強くって綺麗な女の子大好き!特にね、その海を映す宝石のような目、素敵よ!」
胸の前で手のひらを合わせながら、エトワールは狂気を振り撒く。
「——だから
瞬間、彼女は私の前から消えた。気づいた時には目前に迫り、その手を私の瞳に伸ばす。
——頂戴。その目」
私は間一髪、体を僅かに後傾させる事に成功し、その半身をエトワールが抜けていく。
「あれ?避けられちゃった。ホルマリン漬けにして愛でたかったのに」
髪の毛先をくるくると指で回しながら、口を尖らせてぶすくれる少女。緊張がまるでない開放的な態度を続ける彼女に私は戦慄する。
…速すぎる
私の『最大励起』と同等かそれ以上。ただそれも本気ではない。遊ばれてて、これなのだ。
…この後には『真祖』
だが、出し惜しみはしていられない。ここを凌がなければ、次はない。
「『神聖力:最大励起』」
私は惜しむように言葉を紡ぎ、再び白雷を纏った。




