42.突入
『22Fクリア』
無線越しに聞く『敵影なし』の合図。先遣隊を追って、残った部隊が階上へと上がっていく。
時折、当たれば致死の罠や遠距離攻撃はあるものの、追撃はない。辺りは異様なほど静けさが立ち込め、今は私たちが階段を蹴る乾いた音だけが周囲に木霊する。
攻撃がないとは限らない。いつ襲撃されるかも分からない。
そんな漠然とした状態が私たちから確実に集中力を奪っていく。
…あと半分
都庁は全四十八階層。今の所、順当に各階のクリアリングを終え、上階を目指せている。だが、不穏なのは相変わらずの沈黙を続ける吸血鬼集団。
…仕掛けてくるなら恐らく、『展望台』
相手は玉石混淆。対してこちらは少数精鋭。一見、地の利を利用して徐々に武を削るのが最良に思えるが…実際の所、口減らしにしかならない。
それが分かってるいからこその『牽制』。どんな強者も不意打ちには遅れをとる。そして、集中にも限度が存在する。攻撃の可能性を摘ませない事によって、精神力を僅かに、けれど確実に削っていく。
一階から四十五階を経て集中を欠いた私たちを広間で混戦に導く。全くよく出来た作戦だ。卑怯で悪辣で狡猾な——されど、理に適った計略。
…分かっていても駆ける他ない
私は間接視野で仲間を捉えながら、顔を顰める。結局、どうにも首が回らなくなった時の解決法は『武』だ。圧倒的な力の前にはどんな謀も意味を成さない。
…とはいえ、それは相手も同じ
『真祖』という埒外の力に加え、聖槍『ロンギヌス』と聖典『マルティクス』の使い手を破った強者もいる。果たしてどこまでやれるか。
私の胸に不安が巣食っていく。しかし、私は濡れ髪から水気を飛ばすように首を振るい、感情を払った。やる、やれない。事はすでにそういう次元にない。
やるしかない。例え、不可能であろうとも万が一を起こさねばならない。
私たちが敗北すれば、再び『人の時代』は終わるのだから。
私は幾度も浮かび上がる恐怖という感情を理性という重しで持って深層に沈め、機関短銃を握り直した。
* * *
そして来る四十五階『北展望台』。四十六階に差し掛かろうというその時。目の前は真っ赤に染まった。眼前に煌めくは数多の地の刃。階段を覆うように立ちはだかった吸血鬼の攻撃を受けた私たちは、強制的に広間に弾き出された。
…っっ
転がるように攻撃を躱し、片膝を地面につき勢いを減退。背を味方に任せ、即座に反転。
…やはり
目の前に広がるはフロアを三日月状に覆う夥しいほどの吸血鬼。下卑た笑みを貼り付けて、こちらを見る彼らはまるで獲物を前に垂涎を垂らす肉食獣のようだった。
訪れるしじま。瞬間、ピピッと無機質な音が走り、私は体を深く沈め、姿勢を前傾させる。
『——レディ。3、2、1』
私はその後に続く合図と共に敵陣に突っ込んだ。神聖力の励起と共に足を振り抜き、瞬く間に四方八方が吸血鬼に埋め尽くされる。襲い来る吸血鬼、そして彼らを縫うように迫る血の刃、影の鞭。私は加速する知覚の中で瞳を目まぐるしく動かす。
…見切った
私は体を脱力。重力のままに体を倒しながら、P―90の引き金を引き、駆け回る。打ち出された弾丸は次々と敵の額へと吸い込まれていき、体を仰け反らせる。
五十発全てが射出され、体は地面に倒れ伏す寸前。その瞬間、私は体を捻り、強引に地面を蹴り、宙を舞った。
ズガガッ!
遅れて、私が先までいた場所を敵の攻撃が貫き、粉塵を上げる。マガジンを再装填した私は腰にあるもう一丁の機関短銃を引っ掴み、乱射。
鉛の雨が吸血鬼集団を襲い、『死』の証である赤色の焔が処かしこに上がる。だが、依然として敵の数は圧倒的。中空の私目掛けて、放たれる血の刃、槍、矢など武器の数々。
…白刃の方が早い
そう判断するや否や、私は両手の銃から手を離し、代わりに腰に帯びた一対の剣の柄を掴む。
飛んで来る攻撃を剣で逸らし、砕き、時に剣を押し当て、反動を利用し攻撃を躱す。そして、やっとの思いで地を得ると、その刹那に足を踏み込み、一足で敵陣へ。
振るった二本の剣から鮮血が迸るのも気に留めず、私は首を失った吸血鬼の心臓を貫く。
…止めれば、やられる
如何に早く数を減らすか。それが優位性を決定づける。やはり、個の力はこちらが圧倒的。なら、問題は数だ。
『神聖力:最大励起』
内包した天使の力が表出し、体表に青白い電離気体が立ち込める。湧き上がる力と共に敵集団を見据えた刹那、視界から色が消える。あまりの超速に世界から色が剥がれたのだ。
モノクロの中で私はただ吸血鬼へ致命打を与え続ける。胴体を袈裟斬り真っ二つにし、首を刎ね、心臓を穿つ。私の動きを追えている吸血鬼は——いない。
『最大励起』の持続時間は僅か三十秒。それ以上はいくら修道服礼装で武装しているとしても体に少なくない負担がかかる。
「あなた、面白いわね?」
その時、この場に即わない可愛らしい声が耳を打った。




