40.宣誓
私が本部に入ると、近寄ってくる職員が目に入った。要件は明らかだ。
「状況は?」
「はい。復活した真祖は東京都庁を占拠した後、犯行声明を出し沈黙。こちらも先遣隊を出しましたが、悉く撃墜されました」
タブレットを持つ彼は間的に回答する。先を急ぐためお互い歩調は早い。
「それに本件を始めとし、日本各地で『嗜好派』が蜂起。各支部が対応している状況です」
まずい。だが、そちらは任せるしかない。少なくとも胴元を叩くのは私の仕事だ。
「映像は?」
「こちらです」
映し出された映像は先ほどテレビで見たものとよく似ている。そう思った瞬間、真祖の姿を捉えたカメラが大きく揺れた。
ツル状に伸びた『赤』が画角の端から真祖に向かって伸び、レンズは急速に彼女へと物理的に近づいていく。
『ほう?これがカメラというものか』
真祖は初めて見るからか、レンズの方に顔を近づけたり、遠のいたりを繰り返す。そして、自身を画面に収めると、話し出した。
『——四百年の時を経て、今ここに我は蘇った。そして、宣言する。ここ東京都庁を拠点にこれより二十四時間の後に侵略を開始する。
今世の祓魔師どもよ、これは枷だ。貴様らに一日だけ時間をやる。せいぜい足掻くと良い』
真祖の獰猛な笑みを最後に映像は白黒のノイズとなった。恐らくカメラが壊されたのだろう。
「以上です」
「…民間人は?」
真祖の『赤』の巨城は、都庁全体を覆っていた。あそこには民間人の他、勤務している人も大勢いたはずだ。
だが、私の懸念とは裏腹に彼は顔を曇らせない。
「はい、それに関しては幸いでした。エバン様の判断が功を奏したようです。
都庁が『彼の地』であり、封印の要石を担っていることを上層部に周知したため、この災害時、建物内には誰一人いなかったようです」
事によると、人知れず都庁の立ち入りは禁止され、聖教と政府が半ば強引に動き、都庁の機能をここ二週間で別の場所に移管させていたらしい。
…よかった
私は、ほっと胸を撫で下ろす。だが、気を緩めている余裕はない。人命の無事は確認出来たが、『真祖』という災厄が復活し、人類の生存が脅かされる現状は変わらない。
「…聖教側は何と」
「…これより十時間後に全国から戦力を結集させ、総力戦を仕掛ける、と」
職員は表情を曇らせた後、閉口を解きただそう告げた。
…総力戦か
状況は刻一刻と悪化する。真祖が胡座を掻いている間に寝首を掻かなければ。四百年前の聖教ですら手を拱いた難敵に私たちはなす術がない。
唯一の手段である『神器使い』ももう…。
「エバンさんは」
「エバン様は、彼の持つ術士団諸共、殉教いたしました」
念の為と聞いたが、結果は推測通り。育ての親の死に悲しみ覚える——しかし、今は悲壮に浸っている時ではない。
…エバンさんは多くを守るために戦った
なら私も『七天の担い手』として、多くを守り通すという責務を全うする。ただそれだけだ。
瞬間、体が強張るのを感じた。
——『恐』
その感情が身体を蝕まんとする。私はそれをグッと堪え、胸の内にひた隠す。私が怖がってどうする。それが仮初であろうとも、私は屹然とし続けなければ。
私は緊張を解くため、深呼吸をする。気づけば、私は会議場の扉の前にいた。
「大丈夫…ではないですよね、千智様。お若いのに重責を担われているのですから」
連れ立っていた職員に声をかけられる。
「…顔に出ていましたか?」
私は思わず、頬を上下させる。見えを張ろうという時に不安の色が隠せぬなどいい笑い物だ。彼はゆっくりとかぶりを振る。
「いいえ、あなたはただ強くあろうとその決意を顔に刻まれていた。ただ私は自分がその立場だったら、何を思うか考えた、それだけです」
それから彼は「気休めかもしれませんが…」と私を見つめて言葉を続ける。
「私は怖くなった時、大切な人のことを考えるようにしています。そうしたら、不思議と怖い事にも勇気が沸くんです。
それが家族か、恋人か、友人か。人によるとは思いますが、『想う』という力は何事にも代え難いと、私はそう思います」
その言葉を聞いて浮かんだのは綾人の姿だった。これからどうなるかは分からない。だけど、この急場を乗り越えない事には先がない。
「お兄さん、ありがとうございます。頑張れそうです」
「はい。力になれたなら、何よりです」
私はその会話を最後に会議場へと歩を進めた。




