37.招かれざる者
《——千智》
「…はぁ」
私はただため息をつく。どうしてこうなってしまったのだろう。
まだ彼らがルームシェアをしていた物件にいるのは確認済み。私は狙撃地点として選んだ近隣の雑居ビルの四階で暗殺の準備を始めていた。
正直、まだ決心はついていない。ただ坂口さんの言う通り、今回の件が露呈すれば私は居所を失う。
両親が死んだ時、私に身寄りはなかった。だから、私は孤児院に預けられ、適性を見出され祓魔師となったのだ。
仮に今回の件で聖教を辞めるにしても『七天の担い手』の脱退を周囲が見逃すだろうか。少し調べれば、綾人と私の関係など露呈する。別に隠していた訳ではない。
だから、私が社会で生きるために私は——彼を殺すしかない。
「……っっ」
ふと涙が頬を伝う。彼との思い出が走馬灯のように駆け巡る。だが、用意が止まることは決してない。熱感知による標的の位置の確認。愛銃の整備。そんなものは目を瞑っても出来る。
やがて全ての手配が終わり、私は二本の脚のついたスタンドをベランダの手すり壁に立て、ドラグノフを構えた。
——ごめんなさい
心の中で引き金を引こうとしたその時。
「さっすが、千智ちゃん。やっぱり狙うなら、ココだよね。君が優秀な狙撃手で助かったよ」
響くは中性的な声音。私は即座にドラグノフのストラップに手をかけ背に回し、腰元の拳銃を抜く。そこにあるのは幼い顔立ちに癖毛の金髪。海のように深く青い瞳を持った青年の姿——山形ミロ本人だった。
「おっと。戦う気は無いんだよ。マジで」
銃口を向けられた彼は塀に両腕を付いて凭れた姿勢を解き、ブンブンと音が出そうなほど激しく手を振る。
「…どうしてここだって分かったの?」
私は敵意を剥き出し、即座に打てるようトリガーに指をつけながら、彼を問い詰める。
「いやーさぁ、僕。いつもは綾人の…『同族殺し』の後方支援やってるのね。索敵とか…あと作戦立案とかちょっと」
彼は明後日の方を向きながら、指を一つずつ立ててジェスチャーしながら説明する。言の葉を止めたその時、彼の瞼と口角がふと沈んだ。
「——だから、狙撃兵がどこに陣取るか。分かるんだよ」
その瞬間、雰囲気が変わった。取っ付きやすい剽軽さは何処へやら。殺伐としたものが彼を包み込む。彼の立ち姿は変重心で粗雑だ。だが、私の勘が告げる。
アレは強い、と。
内に秘められた獰猛さ。吸血鬼の中でも上の上。あまりの変質に私は息を呑む。だが、反射的に引き金を引くのは堪えた。
「流石、『七天の担い手』だ。これに当てられても錯乱しない精神性、凄いね」
雰囲気はまた打って変わり穏やかになり、思わず警戒を解きそうになる。
…やりずらい
私は初対面の彼相手に厄介さを感じていた。揺さぶりが上手過ぎる。
「変な気起こさないでよ?君が思ってるように僕は強い。君とやり合っても同士討ちにするくらいはやって見せるさ」
彼は徐にジャケットのポケットに手を突っ込むと、中から赤いビー玉のような物を出す。
「これはある血を圧縮して作った丸薬。これを食べれば、『嗜好派』幹部もびっくりの力が出せる優れ物。ニコ爺がくれたんだよね。それに僕は血統が強い」
…急に何?
私が怪訝さを滲ませたその時、彼は深く息をついた。
「えーっと…何が言いたいかって言うと、僕と千智ちゃんが本気で戦ったら、ここら一帯は瓦礫の山になるって事ね」
——それでもやる?
彼は視線で持って私の目を穿ち、そう問うた。
「……ふぅ」
私は、銃を下ろす。近辺の住人と個人の事情。どちらを取るかは明らかだ。
「あれ、素直じゃん。下ろした時に僕が拘束するとか思わなかった?」
私はその言葉に首を振る。
「ミロ…くん。貴方は、そういう人じゃない。綾人からもたまに話聞くから」
「なんて言ってた?」
彼は興味津々に目を丸くする。
「『根は優しいし、気のいい奴だけど。家事だけは出来ないから、貰い手が早く現れないもんか』って」
「なんだそれ…」
彼は私の答えに頭を掻き、嘆息した。それから一息の後、「…アイツらしいよ」と呟く。その何処か懐かしむような顔からは昨日今日ではない綿密な信頼関係が伺えた。




