36.復活
「…いいの。ダニエル様。頑張ったの、ほとんどダニエル様じゃん」
雷鳴のように鳴り響く中でエトワールはダニエルに近づき、ひそひそと耳打ちする。
『真祖』無き後も力を磨き、四百年と言う途方もない月日の末、『神器使い』すら倒す実力をつけた。さらには独力で我の強い吸血鬼を纏め上げ、『真祖復活』までこじ付けた。
エトワールには、どうにも他がタダ乗りしているようにしか見えなかったのだ。
「良い。支配には数がいる。そして、組織には数と質が。吸血鬼の絶世を取り戻すには彼らは必要だ。それに気を見計らっていた者も少なからずいる」
ダニエルは小声で彼女を制すと再び祭壇の方へ向き直り、右手を小箱へと近づけていく。
「っっ!」
次の瞬間、ダニエルは苦痛に顔を歪めた。
何重にも張られた神聖力により結界が彼に牙を向けたのだ。
ダニエルは強い抵抗を受け、押し戻されそうになる手に体重を乗せ、『真祖の心臓』を手にせんと箱に近づいていく。皮膚が裂け、肉が剥き出しになり、やがて骨までが顕わとなる。ダニエルは自分が培った再生力を最大限発揮し、結界との押し合いを続ける。
やがて拮抗が解かれ、彼の手は届いた。蓋が外れると、枯れた心臓とそれに突き刺さる一振りの折れた長剣が姿を現した。
「真祖様に『血』を!」
声に呼応するようにその場の吸血鬼達が一斉に片手を掲げた。間もなく結集した『血』が巨大な球体と化すとそれはゆっくりと祭壇へと上がっていく。そして、箱の真上に至るとどろりと流れ落ちた。
——トプン。……トク、…トク、ドクッドクッドクッドクッ
拍動を始めた心臓は加速度的に生気を取り戻し、溢れんばかりの血液は胸を中心に体を形作っていく。骨、神経、筋肉、皮膚。やがて赤一色だった人型はその『生』を取り戻した。
幼なげな顔、赤褐色に瞳孔が縦に裂けた双眸。同色の長く伸びた髪。人成らざるを象徴する水牛のような一対の角。伸びやかな四肢。
…トタ
半ばから折れた剣をその手に裸体の少女が祭壇に降り立つ。そして辺りを見回し、ダニエルに目を付けた。
「————、——」
何やら呟きながら、彼女は祭壇から降りるといつの間にか跪いていたダニエルの前へ。刹那、彼女の右手がダニエルの頭に近づき、さも当然にように額から内部へ沈んだ。
「——、aaa、あああ、な、る、ほ、ど。——理解した」
それから暫く、彼女はダニエルから手を離す。すると発声の練習をするように声を出し始めた彼女は物の数回でこの国の言葉を話し出した。
「ふん、私は四百年も眠っていたのだな」
「左様に御座います、我が君」
返答を受けた真祖は腕の一振りで真っ黒のドレスや装飾品を虚空から紡ぎ出すと歩き始めた。眼下には階段の両脇に寄って、吸血鬼達が王の通る主廊を開く。
「さて、行こうか。そして始めよう我らが饗宴——『吸血鬼の饗宴』を」
声真祖が声高にそう宣言すると、周囲に喝采が起こる。その中を、悠々と真祖は降り始める。それに追従するダニエルとエトワール。
喧騒満ちる中、真祖は徐に剣身が半ばから無くなった剣を見つめる。血に染まった剣が彼女の顔を反射。そこには眉を顰めた悲壮が差していた。
「…勇者よ、貴様に今の世界はどう見える?」
万雷に掻き消されたか細い声には、何処か儚さが滲んでいた。




