35.彼の地にて
「…終わったぁ?」
エバンだったものがダニエルの足元に転がり、砂となり空気の中に溶けゆく最中、エトワールが現れた。彼女の顔には不満の色が漂っている。
「…そちらは」
「エトはすぐだったよ。数だけだもん。あーあ、つまんない」
エトワールは足元に転がる小石に八つ当たりする。転がった先には戦いの跡が色濃く残っていた。『彼の地』はダニエルとエバン。超常の戦いでその様相を大きく変えた。
エバンが守護していた祭壇の中腹が最も手酷く、もはや崩れかけている階段を下に辿ると夥しい『赤』が顔を出す。それはこの場に祓魔師の生き残りが唯の一人もいない事を示していた。
静けさを増した『彼の地』にはただ彼らが階段を登るコツコツといった無機質な音だけが響く。
「そういえばさぁ、ダニエル様ぁ。ダニエル様は何でここの事知ってたの?」
エトワールは手を後ろで組んで体をクネクネと動かしながら、口を開いた。
それは『彼の地』の事だった。
正式名称:都営大江戸線/深部/東京都庁管轄/『真祖封印室』。
そう呼ばれる場所について。本来なら、代々ウリエルのみが知ることの許される特大の禁忌。聖教の上層部も存在は認知しているが、誰一人としてその場所を知らない。
今回は特例的にエバンが情報統制を解いたのだった。
するとダニエルは懐をゴソゴソと漁り出す。
「とある古書店でこれを見つけてな」
ダニエルは一冊の古びた手帳を取り出し、それをエトワールの前で左右に振った。
「あ!それ。ダニエル様がずっと見てたやつ!」
彼女は大袈裟な動きで指を差す。
「そうだ。これは元日本軍幹部の日記でな。こんな事が書いてある」
ダニエルは手帳を開くとそこには『GHQ主導ニテ『真祖ノ心臓』ヲ東京ニ輸送スル事ガ決マッタ』という一文があった。
「恐らくは、聖教と吸血鬼。その双方の勢力が強い西洋よりも聖教の浸透しておらず、主だった吸血鬼の組織のない極東に封じる方が安全と考えられたのだろう」
「ふ〜ん、そうだったんだ。ヨーロッパ探してもアジア探しても出てこない訳だ」
エトワールは納得したように声を上げる。
ダニエルの推論は当たっていた。
元はバチカンの地下深くに封じられていた心臓は、戦後国際会議で日本に輸送する事が決まり、その舵取りを担ったのがGHQだった。
戦後のゴタゴタをうまく使ったのだ。
秘密裏に運び込まれた心臓は以後、東京で管理を続けられ、今日日まで秘匿を貫いた。——そう今日日までは
階段を上り切った二人の前には複雑な魔法陣が刻まれた祭壇が現れ、その中心に鎮座する金属製の箱がある。『真祖の心臓』を封じた箱が。
「エトワール、同胞を出せ」
「はいはーい」
彼らは言葉を交わすと己が『影』を階下へと伸ばす。すると数多の人影が現れた。幅広の階段を埋め尽くさん限りの吸血鬼。ダニエルは外套を翻し、彼らの方へ振り返り、その声を張り上げた。
「同胞達よ。今宵、我らの悲願が叶えられる!『最終戦争』から四百年。余りにも長かった。真祖様を失った我らの力は陰りを見せ、祓魔師共に駆逐される日々。人間に屈し続けると言う耐え難い屈辱。良くぞ、耐えた我が同胞よ‼︎」
ダニエルが握り拳を作りながらの烈々な演説を終えるとしじまの後に、激声が響き渡った。




