34.守護者
「『取れ、これは私の体である』『これは多くのために血を流す契約の血である』——汝、聖餅と葡萄酒をその手に——」
「——『エウカリスティア』」
その刹那、エバンを中心に光の柱が現れる。天上を突く勢いで発生した光芒は突風を引き起こす。余りの奔流にダニエルも動きを止め、片目を瞑り、片腕を眼前に翳す。
…凄まじい闘気だ
ダニエルは迸る光をその瞳に映し、感嘆していた。とうに肉体の限界を超え、満身創痍と成った体に更なる鞭を打つ。
更には、己の底を踏み抜き、己が正義を遂行する、その『覚悟』。
一朝一夕のものではない。日々、磨き上げられた信念だけがあの祓魔師の体を突き動かすのだ。
光は徐々に中央に収束し、吸い寄せられるように発生した強風も収まりを見せる。
ダニエルは、光の中心を見据え、固唾を飲んだ。
そして、視線の先に現れたエバンの姿は神々しいものだった。
体は力無く浮遊し、頭上には天使を象徴する光輪。背には先程と同じく二対の翼、四肢は『結晶化』した神聖力に包まれている。それはさながら、鎧を纏った騎士を思わせた。
『神纏礼装:エリヤ』
『聖典使い』が理論上、至るとされる到達点。
「フ、フフ、フハハハハハハハハハッッ!」
ダニエルは額に手を当て、溢れるまま哄笑する。この『エリヤ』はあくまで理論上の形態。それを完成させた『ウリエル』は歴代の中でも数える程。
際限ない信仰と超克が成す奇跡。
目の前にある信じ難い光景に笑い続けた彼はやがて息切れし、その後一息と共に再び戦闘体勢に入った。
「今代のウリエルよ、その粋や良し。悦楽に浸っていた事をここに詫びよう。——さて、本気の殺し合いを始めようか」
『血傑統制:急』
ダニエルが自身の拳をより強く握ると、全身から真紅と漆黒を織りなす覇気が放たれる。
そして、エバンの力無い目とダニエルの視線が交錯——その刹那。
両者、敵に向かって突貫した。
接敵する刹那、エバンが大剣を掲げ、ただ一言を告げる。
『——エステル』
大剣が煌めき、ダニエルを囲むように無数の光刃が現れる。縦に構えられた大剣が平行から直角に変わった瞬間、それらはダニエルに波状攻撃を見舞った。
ダニエルは即座に縄状にした『影』を壁面に伸ばし、立体機動を行うが、光刃は複雑な動きを物ともせず、彼を追従する。
幾許かして、その性能に気づいたダニエルは血の刃を作り、光刃を迎撃。赤黒い爆発が起こり、その中からダニエルが顔を出す。
だが、遅い。
煙幕の中から脱したダニエルを捕捉するものが一人。大きく体勢を崩したダニエルに向かってエバンが大剣を振り下ろす。
体をくの字に曲げ、地面に叩きつけられるダニエル。彼の体が慣性により反発するよりも早くエバンが地に降り、大剣を地に突き刺した。
『——ラザロ』
瞬間、地面を突き破るように数多の光の槍が現れ、ダニエルの体を串刺しにした。
…やったか
エバンはボヤける視界で敵を見据えながら、息をする。だが、その呼吸は不規則だ。彼の肌は石のように硬くなり、亀裂が首元に覗いている。『再生の軌跡』でも追いつかない身体の崩壊。
…もう長くは持たない
エバンは地面に突き刺した大剣を構え直し、最後の一撃を叩き込むべく歩き出す。
その刹那、横たえるダニエルの体がどろりと黒々とした物体に変質した。
…背後……!
咄嗟に気づいたエバンは背に聖典を送り、盾とする。
「ほう…、完全に気配を消していた筈だが」
ダニエルが横凪いだ剣と聖典がギリギリと音を立てる。
「だが……、ウリエル。もう指の一つも動かぬだろう?」
問われたエバンはその言葉に呼応する。
——私が負ける
あってはならない。ここで敗北すれば、人々の安寧が瓦解する。何のための祓魔師だ。『七天の担い手』だ。
私は人々を守る『祓魔師/エバン・K・オリバー』だ。
朧げになる意識の中でエバンは奮起する。すでに感覚も乏しい手で柄を握り、大剣を振り翳す。
「おおっ‼︎」
「…呑まれたな、ウリエル」
かつてない速さで振るわれた攻撃をダニエルは足運びのみで躱す。本能的な攻撃を避ける事など造作もない。
『…いつまでのお前の実を食べるものがないように』
反射的か、意識的か。死気を悟ったエバンはたった一つの言葉を残す。その刹那、ダニエルが囮とした『影』が大蛇の形となり、その顎がエバンを噛み砕いた。




