2.神出鬼没の暗殺者
俺は二十分くらいで朝食を作り終えると、いつものようにテレビをつける。
「いただきます!」
「頂きます」
方や『パン!』と大きく鳴らし、方やそっと手を合わせると食事を摂り始めた。
俺たち吸血鬼は今や、ほぼ人と変わらぬ摂食ができる。ただそれは技術進歩の結果だ。
以前は人を襲わぬ吸血鬼…俺たちを含む『穏健派』は自殺者や犯罪者の手合いを収集し食していたらしい。
変革は二十一世紀初頭。
ヒトゲノムの解析終了に始まる。その副産物として吸血鬼が人の遺伝子の『何』を必要としているのかが成分単位で判明。
その栄養素を含んだ代替肉が発明され、俺たちは人を食さなくても生きられるようになった。
…生きられるだけ、だけだが
意図的に情報が伏されているのか。それとも解析が終了であり、完了でないからかは定かでないが、代替肉では吸血鬼としての能力の進化は起こらない。
それ故に人を襲う吸血鬼は後を絶たない。生きられるだけでは満足しない者たちも一定数存在する。
確かに人間優位のこの世界には不満を持つのは自然かもしれない。それが殺人、捕食という形となって表れるのも当然なのかもしれない。
…それでも、俺たち吸血鬼は誰かを犠牲にしなくても生きられるようになった。その現実で良しと出来ないのだろうか
「お、メディアは耳が早えな」
黙々と食事をしながら、考え事に耽っているとミロの声が耳を突いた。…どうしても過激派『嗜好派』と呼ばれる彼らを処した日の朝は色々と考えてしまう。
彼の声を受けてテレビの方を向くと液晶下部に『速報』という文字と共に仰々しい赤の文字列が目に入った。
『速報:嗜好派、上位幹部『キングヴォルフ』か。旧市街で吸血鬼の灰塊を発見』
するとカメラ上空の俯瞰映像から地上へと代わり、女性キャスターが映る。中継場所は昨夜、吸血鬼を狩った現場。
どこの局も報道しているのか、キャスターの周りで機材を持ったテレビ関係者が忙しなく動いている。
「聖教関係者によると灰塊のそばには神聖力の枯渇した聖剣が残されていたとの事。犯行は巷で話題の『同族殺し』でほぼ間違いないだろう、との事です。スタジオに戻します」
「はい、藤原キャスターありがとうございます。溝口さん、『同族殺し』についてどう思います?」
女性キャスターの声でスタジオに移った映像が司会者を経由しながらパンされ、コメンテーターの方へと向けられる。
「さあ、私も吸血鬼の文化研究を行う身ですが、現状『同族殺し』個人の動機は分かりません。彼か彼女は存じませんが、ここでは彼として置きましょうか。彼が表れる時は決まって『当該吸血鬼の行動が活発化し、人間に被害が及ぶ可能性が高まった時』です」
「と言いますと」
司会者が相槌を打ちながら一拍置き、研究者に続きを促す。
「ええ、実際、今回もキングヴォルフ含む一派の行動が苛烈になっていました。
人を襲っては拐かす。何を目的で連れ去っていたのかは定かでありませんが…。
近頃、彼らによって人攫いが活発になっていたのは確かです。ですからその抑制として、彼が動いたのではないでしょうか」
「抑止力、という事でしょうか」
研究者を名乗る男は考え込むように両肘を机に立て、一拍の後ゆっくりと口を開いた。
「…そうだと一概には言えません。
そもそも彼は『嗜好派』を長きに渡って追跡していますが…その動機は不確かです。
以前、吸血鬼『穏健派』の長、ニコ・ブラッドフォードに伺いましたが、彼も『同族殺し』については知らないようでして。自警団の中にも『聖武器を使う吸血鬼』などという奇怪な者はいない、と。
ここからは私の見解になりますが。彼は長らく単独で行動しているものと考えています。ですから抑止力という見方も出来ますが…私怨の方が強いような気がしています」
「私怨…ですか」
研究者の顔を伺うように呟く司会者。
「…あ。すみません。時間のようです。次のコーナーに移ります——」
司会者が研究者に何かを尋ねようとした時、不意に視線が動き、テレビ画面が再び切り替わる。
おそらくカンペか何かで巻きの指示が出たのだろう。番組は『旬の野菜を特集するコーナー』へと進んでいった。
『速報』の枠が終わると静観していたミロは前のめりになっていた姿勢を解き、両手を後ろに組んでのけ反った。
「あの研究者。なかなかいい筋読みしてたよな〜。実際、綾人の私怨が大元ではある訳だし。当てずっぽうかは分かんないけど、怖いね。頭のいい人ってのは」
「そう…だな」
片目を瞑って向けられた瞳に俺は困惑気味に返事を返す。
事実、俺が『同族殺し』となったのは完全な私怨だ。俺が『穏健派』の所属になったのはここ二年の話。
それも秘密裏に、だ。ニコ爺が公の場で存在を認めないのも当然。
『俺はお前を絶対に許さない。友達みんな殺したお前を。人を食べるお前を許さない‼︎』
その時、脳裏で怒声が響き、俺の意識は過去へと埋没していった。




