27.煮え切らない感情
綾人は——吸血鬼
その衝撃は鈍った私の頭に鮮麗さを与えた。体を覆っていた倦怠感はふつと消え、軽快さを取り戻す。
ロンギヌスを持っていた事。二十メートルを優に越える位置からの正確無比な投擲。そして、吸血鬼という事実。その三つの要素がある人物を想起させる。
——『同族殺し』
その思考が引き金となり、記憶の扉が開かれる。
エバンさんは言っていた。
『同族殺し』は自身の能力を補うために聖武器を使うのでは、と。
あの吸血鬼は言っていた。
『同族殺し』は私の一番近くにいる、と。
そして、私はこの気配を知っている。あの廃ビルで遭遇した黒衣を纏った聖剣使いの吸血鬼。
認めるしかない。彼は吸血鬼で——『同族殺し』だ。
「…吸血鬼が人を助けるなんてどういうつもり」
ふと出た言葉。私は力の入った拳を振り上げ、彼の背中に叩きつける。
「吸血鬼が人を助けるなんてどういうつもりだ‼︎」
口から自分とは思えない荒々しい声が溢れる。腹の底がぐつぐつと煮え、頭が沸騰しそうになる。
だから。——だから、だろうか。私は後ろに佇む誰かに気づかなかった。
「悪いな、千智ちゃん」
少年のようなあどけなさを残す声音。何処か優しさを滲ませるその声を最後に私の視界は暗転した。
* * *
《——ミロ》
…今の所は大丈夫か
万が一に備えて、近くの駅のカフェで控えていた僕は戦闘開始に際して、現場近くのビルへ移動していた。
今はそこからドローンを操縦し、戦闘状況をモニター。逐次、綾人に伝達している。
…綾人は、千智ちゃんがヤバくなったら必ず手を出す
そういう奴だ。僕はよく知っている。普段は飄々としている癖に情に熱い。
…あの時だってそうだった
小学生の頃に吸血鬼の少年に友達が虐殺された時だ。あいつは激情に駆られるまま躊躇なく相手を葬った。感情が昂った綾人は何しでかすか分かったもんじゃない。
思った通り千智ちゃんが危うくなると、綾人は即座に動き出した。
あいつは目の前に不意に現れた吸血鬼を難なく屠り、彼女の元へ。
そして、相対する吸血鬼を始末して撤収。以後は千智ちゃんとは交流を断絶する。
——そのはずだった
千智ちゃんの致命的な間隙。迫り来る死を止めるためにあいつは見たこともない出力の聖武器を使って倒れた。剰え、千智ちゃんに正体が露見した。
彼女自身も満身創痍だったから、無力化に成功したが、これからどうなる事か。
…近くにいたからよかった——か?
僕は自問する。そう、綾人が千智ちゃんの助太刀に向かう時、僕は嫌な予感を抱いた。勘だ。だが、その『勘』のおかげで僕はここにいる。
結果として、急死に一生を得る事が出来た。
…じきに聖教が来る
聖教と吸血鬼の小競り合いは綾人があの槍を投げた頃合いで収束している。間もなく祓魔師の集団と鉢合わせるのは明らかだ。
…それに
綾人の容体も良くない。あまりにも右手の聖痕が酷かった。
僕は脳裏に必要な事だけを羅列すると、綾人と例の槍を回収し、その場から去った。




