19.迫撃
…嘘、だろ
戦闘現場近くで地に降り立ち、物陰から顔を覗かせた瞬間、俺は呆気に取られた。
見えない。
ただ紅蓮の歪な軌跡と白金の規則的な軌道。それらが相対していた。
神聖力励起時特有の燐光と能力行使時の影の歪な動きから、かろうじて戦っているのは聖教の誰かと吸血鬼という事がわかる。両者に差なく、戦いは拮抗しているように見えた。
…格が違う
俺は思わず、固唾を飲んだ
——その時。
戦いは突如として終わりを迎えた。片方が膝をついたのだ。黒い装束に身を包む祓魔師は得物の槍を突きながらも立ち上がる様子がない。
いや、立ち上がれないのだ。
びくともしないその様子は既に死している事を示していた。
ただ吸血鬼側も半死半生だ。体のあちこちに切創が走り、足元には傷口から滴る血で血溜まりが作られている。息も絶え絶え、立っているのも辛そうだ。
だが、その時。男は勢いよく両手を天に向かって広げ、高らかに声を上げた。
「ついに、ついについについに!私はやった!私は勝った‼︎」
背中越しでも分かる狂気に満ちた声音。きっと口元は際限なく釣り上がっている事だろう。
男は自分の傷を気にする事なく、飛び跳ねたり、腕を振ったりして享楽に浸っている。自らの血を踏み荒らすその様は狂喜乱舞を体現しているかのようだ。
…今が好機か
悦楽に浸る吸血鬼の男を見据え、聖武器を左手に携えたその時。背中に怖気が走った。
『決して手を出すな』
それは本能による警鐘だった。理性は今を機運と捉えているにも関わらず、体は地に釘が刺されたように動かない。そうした時は過去にもあった。嗜好派閥の最高幹部を騙し打ちした時だ。ただ、その時よりも遥かに感覚が重い。
これは…
自身でも初めて感じる感覚に困惑している中、例の吸血鬼は動き出す。
「ふふ、ふふふ、ふははははは。『最強』を倒せるという事はもはや我らに敵はない。今こそ、真祖様を招き入れる時…。私は向かわねばならない」
微かな笑い声とここからは聞こえない呟きを漏らしながら、不気味な雰囲気を振り撒く吸血鬼は歩き出す。そして突如として姿を消した。ニコ爺と同じ転移の類だろうか。
漸くして体が動くようになり、俺は物陰から戦闘直後の現場に向かう。屈強な祓魔師の男の心拍を確認したが、
——やはり死していた。
俺はいつものように両手を合わせる。その刹那か、右半身に冷気に晒され、酷く冷たさを覚えた。凍てつくようなそれ。しかし、今は早秋。それに今夜はここまで寒くはなかったはずだ。
正体はすぐに分かった。根源は祓魔師の持つ槍だった。感じた悪寒は冷気ではない。『神聖力』。これまで聖武器から感じた事もないような強大なそれが吸血鬼の本能を刺激したのだ。
…これは……
俺は恐る恐る件の槍に手を伸ばす。柄を掴んだ瞬間、全身を筆舌し難い痛みが駆け抜けた。槍から手を離そうにも体が痺れてそれ処ではない。
圧倒的なまでの神聖力に当てられた俺はその場に倒れ込んだ。その拍子に槍から手が離れ、俺は幸いにも痛みから解放される。
…厚手のグローブを貫通する程の神聖力
聖武器はもれなく微量の神聖力を放出している。ただそれはある程度の防護で対処可能であり、体の内側からの侵食を受けない(直接的な攻撃されない)限り痛手となることはまず無い。だから、俺も聖武器を武器として用いる事が出来たのだ。
…ただアレは違う
眼前に屹立する神聖力の塊とも云うべきその槍はただ触るだけで吸血鬼への打撃となる。つまり戦闘中、吸血鬼は全ての攻撃を避けることを強要され、短期決戦を強いられる訳だ。
…今までも時折、神聖力が桁違いに高い武器は稀にあった
だが、ここまでではない。
明らかに逸脱している。それにこの特性を加味すると戦っていた吸血鬼の耐性も異常だ。彼は全身に傷を負っていた。その上で拮抗を演じ、勝利を収めたのだ。
並大抵ではないのは明らかだったが、これ程とは。
祓魔師を襲撃すると言う事は『嗜好派』の可能性が高いが…あれ程の猛者にも関わらず、全く見当も付かない。
とりあえず、ニコ爺に一報入れておこうと記憶したその時、俺は体を駆け巡った痺れが取れかけている事に気づいた。
…いけるか
「…『影』よ」
俺は未だ気だるさの残る体を起き上がらせると地面に手をつき、影を延長させて例の槍を捉える。瞬間、ピリリとした感触を得た。
ただ幸いなことに能力の行使に支障はない程度だ。俺は祓魔師の持つ槍をゆっくりと影へと飲み込ませていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
自身に耐えられる痛みに沿って。暫くして完全に取り込むと内からドッと疲れが込み上げた。
「…はあ……」
一息ついた後、俺は図らずも立ち会った現場を物色し、残りの武器を回収。そして、その場を後にした。




